イギリス 多様な教育と子どもたち 図書館へ ホームへ ●HOME●
●図書館へ戻る●
●イギリス 多様な教育と子どもたちへ戻る●
LINE

学外施設訪問を通じた教育活動

1つの絵の前で熱心に説明を聞き質問を投げかける小学生たち、植物の写生に励む中学生たち。目を輝かせて何かに取り組む子どもたちの集団は、博物館や美術館などの学外施設でよく見かける光景の一部となっている。

 今回は教育上大きな可能性を持つ学外施設を取り上げ、イギリスではどのようにそれらが教育活動に生かされているか、又子どもたちの受入れ側がどのような工夫や手助けをしているかについて見ていく。学外施設には図書館、コンサートホールなど様々なものがあるが、ここでは特に、かつて専門家だけのためにあった博物館などの施設が、現在はどのように学校や子どもたちに利用されているかに焦点を当てた。

なぜ学外施設を利用するのか

 学外施設における教育活動は様々な教育利益を子どもたちに与えるといわれている。博物館教育がさかんになりはじめた1970年、ハリソンは著書で以下のように述べている。
もちろん展示物や並べられ方や、博物館の雰囲気などにも左右されるが、すべての展示物はそれぞれの程度において、証明と真実の感覚を与える。それらは想像力を掻き立て、そして基準を定め、視野を広げ、集中力、探求力、そして観察力を発達させる。(英訳:山下)
 「現在の子どもはいろいろな面で実際の経験を通しての学びが少ない。バーチャル・リアリティー(仮想現実)が普及すればするほど、実物からの学びも大切になってくるのではないかと思います。」とロンドン大学大学院で博物館教育を研究中の井上由佳氏は述べる。「学外の施設では、大人から教えられるのみではなく、自分から学びや対象にアプローチしていく事ができます。」 また、公共の場での社会的ルールを学ぶ、学校外にある広い世界を知る機会を与える等も、学外施設訪問を通した活動の利点としてあげられるであろう。

学外施設を利用した教育の現状

 しかし一方、英国で行われたある調査によると、実際に教育的サービスを提供している施設は、博物館では全体の約50%であり、政府はより多くの施設に教育サービス提供の必要性を説いている(Department for Culture, Media and Sport, 1999)。また、博物館利用者の30%が子どもであるのに対し、教育担当者はスタッフの5%程度にすぎない(Hooper-Greenhill, 1994)。

 歴史的にみると、学外施設、特に博物館、美術館、植物園などは絶えず一般大衆によって利用されていたわけではない。19世紀にパリのルーブル美術館が大衆のために開かれたことが、それらの施設がより多くの人のために開かれたものとなる始まりであった(Hooper-Greenhill, 1994)。それまでは、博物館や植物園は珍しいものを集め、保存し、手入れをする専門家や研究者のためのいわば「倉庫」であり、今もこの性質を引き継いでいる施設は多い。

 現在、学外施設が教育上の役割を充分に持っていながらも、それを生かすことが全ての施設で行われていない理由としては、1.元来の展示や施設が専門家向けのものであり、それを子どもにも分かりやすいものにしていくことが難しい、2.学校のニーズがよく分からない、3.スタッフに施設や展示物と教育活動を結びつけることができる人がいない、4.予算がない、などが挙げられる。

 以下で、チェルシー薬草庭園と大英博物館を取り上げ、どのように学外施設が教育活動に生かされているのかについて見ていこう。

チェルシー薬草庭園 (Chelsea Physic Garden) の事例

Photograph by Sue Shell

Photograph by Michael Holland
 ロンドン中心地に隠れるようにしてあるこの薬草庭園は、1673年に国内外の植物を集め研究、及び医学生たちが治療に用いられる植物について学ぶために設立された。約6500種以上の植物があり、その多くは現在でも科学や医学研究に使われている。年間に約2000〜2500人の子どもたちを迎えるという園の教育担当者は2人。「子どもたちに植物と自分たちと関係、そして植物の大切さを理解してもらいたい。」と教育担当のマイケル氏はいう。

 園訪問はおもに生物や科学そして環境教育の一環として利用されている。この薬草庭園の魅力は、子どものニーズに合わせた「特注」のプログラムが提供されている点である。生徒訪問の前に教師は園に招かれ、生徒に何が一番必要な学びとなるかを園のスタッフと共に話し合う。教育担当のドーン氏は、「先生やクラスをベルトコンベアに乗せるように決まったものを与え次々とこなしていくのではなく、それぞれ様々な経験を持っている人々として接し、意見を分かち合う環境づくりに努めている。」と語る。

 押し付けではなく訪問者が持っているものを大切にしようとする精神はプログラムの中にも生きており、子どもたちが自由に自分の気に入った場所を選び、植物とゆっくり対話できる時間があるなど自分から物事を発見する機会が多く与えられている。

 また、世界中の植物を集めた薬草庭園としての特徴を生かし、小学校高学年の生徒とは世界の人々や先住民の知恵、そこから現在の薬や化粧への繋がりなども考えるプログラムもある。現在では、特にロンドンという都会において子どもたちが自然と触れ合える場としても、学校や子どもたちに活用されている。

 園スタッフのフットワークの軽さも印象的である。彼らは教育活動をさらに利用しやすく意義あるものにするため、地域の植物園や環境センター、国内における植物園教育グループ、世界的な植物園と教育のネットワーク(Botanic Gardens Conservation International)との繋がりを持ちながら学びを深めており、その学びをニュースレターとして教員に提供するサービスも手がけている。

大英博物館 (The British Museum)の事例

 朝10時。子ども用の待ち合い室に行くと、既に6つの学校から来た約200人の子どもたちで賑わっていた。1日に1000人の子どもが使えるように設計された部屋も予約がなしでは入ることができないほどだ。

 大英博物館には教育提供を担当する教育部(Education Department)があり、10年前には3人だったその担当者は現在43人。学校のみではなく、家族連れ、生涯学習コースなど様々な教育サービスを提供している。学校に対しては、ワークショップ、教材の提供、教員研修、展示物の貸し出し、学校への出張事業等を行っている。

 博物館は、歴史、美術、地理、社会学、宗教教育など、学校で学んでいることに合わせて利用される場合が多い。教育担当者が増える以前から多くの学校に利用されていた大英博物館であるが、現在は特にそのグループを連れてくる教員のサポートに力を入れている。その所蔵物は教育的価値のあるものが多い反面、展示の仕方が学術的であり、それを楽しむにもある程度の専門的知識が必要とされる。博物館では多くの教師サポート用資料が配布され、教員が子どもたちに分かりやすく興味深い形で展示物と向き合うことができる機会を提供できるように配慮されている。

 『大英博物館ができる手助け (How the British Museum can help you)』 という出版物には、イギリス国定カリキュラムで取り扱わなければならない教科課題と共に、それと博物館内の展示の該当部分、博物館が提供している教材やサービス(ツアーやワークショップなど)が掲載されている。古代ギリシャやエジプトなど、カリキュラムの中で必須となっているテーマについては、教員用ガイドや生徒用の作業帳も出版、活用されている。

 また、触ったりできないものが多いことも、古いものを集めている博物館共通の特徴である。以前、ハンズオン(子どもたちが直接触る事ができる)の展示を多く持つ博物館で働いていたリチャードさんは、現在大英博物館の「博物館先生」として訪問した生徒に30分「授業」を提供している。しかし、その本当の目的は引率の教員にどのように「近寄りがたい」展示物を子どもとより楽しむかのヒントを与えることにある。彼が子どもたちに彫刻の説明をする際には、一緒に彫刻と同じ格好をしたり、その周りをぐるっと回りながらいろいろな角度で見たり、その表情から気持ちを考えたりと様々なアプローチの仕方がされた。

 引率の教員の1人は、「ここでの学びは本当に生きた学びです。教室で学んでいることがイキイキとしてきます。子どもを学校から連れ出すのはいろいろと大変ですが、ここでは本当に何倍ものことを学びますから。」という。スプーンや食器などが並んである一見つまらなさそうに見える展示場を、もう1人の「博物館先生」キャサリン氏の説明を受けた子どもたちは作業帳を片手に、皿はこれだ、あ、スプーンはここだと楽しそうに走り回っていた。

これからの学びの場

 英国でこのような施設における現在の焦点は、「社会的包括(Social Inclusion)」と「アクセス(近づきやすさ)」である(Department for Culture, Media and Sport,1999)。専門家や知識がある人のみではなく、より多くの人にとって魅力のある場所となり、そして様々なニーズを持つ人々が施設や展示物と対話しやすい環境を創っていくことが大きな目標とされている。

 日本でも、新しい学びの場として今まで以上に学外施設に注目が集まり、博物館や美術館もその存在自体が、「行きたい人が行く場所」から「より多くの人のための教育の場」へと変革していくことが求められている。一方、学校側も総合学習の時間、また「開かれた学校」として、地域へと子どもが出る機会、より広い社会について学ぶ機会の提供が望まれている。

 学校や子どもを受入れることで学外施設が変わり、学外施設を利用する事で学校での学びが変わる。あの冷房の音だけが聞こえる寂しげな博物館や美術館の光景を、楽しげな声のこだまする教育の場へと変えていく力になるのは、子どもたちかもしれない。



より深く知りたい方へ
大堀哲編著 『教師のための博物館の効果的利用法』 1997年、東京堂出版
博物館が提供するサービスやその利用の仕方について。博物館関係者と教員の共著。

チェルシー薬草庭園 Chelsea Physic Garden http://www.cpgarden.demon.co.uk
楽しく音や写真で綴られる庭園の紹介と、文字のみの形式のものとがある。

大英博物館 The British Museum http://www.thebritishmuseum.ac.uk
オンラインコレクションも見ることができる写真が多いサイト。古代エジプトなどについてオンライン学習のページもある。

博物館・美術館委員会 Museums & Galleries Commission http://www.museums.gov.uk
英国の博物館、美術館の課題、方向性などについてのニュースを見ることができる。


参考文献
British Museum Education Service (1998) How the British Museum can help you. London: British Museum Education Service.

Department for Culture, Media and Sport (1999) A Common Wealth: Museums in the Learning Age. London: Department for Culture, Media and Sport.

Harrison, M. (1970) Learning out of school: A Teachers' guide to the educational use of museums. London: Ward Lock Educational.

Hooper-Greenhill, E. (1991) Museum and Gallery Education. Leicester: Leicester University Press.


LINE
Copyright (c) 1996-, Child Research Net, All rights reserved.