IT教育 〜小学校〜 |
1985年:107人→ 1995年:19人→ 2002年(目標):8人 これはイギリスの小学校で一台あたりのコンピューターに対する生徒数である。 ICT−Information and Communications Technology−教育(注1)はイギリスで英語(国語)、数学、科学と共に教育の柱の一つになりつつある。政府の目標は、2002年までに次のような教育目標を達成することである。
一方コンピューターは、子どもの学びに大変必要であるものとして学校に導入され始めたのではないといわれている。まずそれが教育にとって「よいもの」と映ったこと、そして政府や政治家が教育機器を目に見えた形で提供でき、そのコンピューターを寄付する産業団体にも分かりやすい形であったため導入に拍車がかかった(Ager, 1998)。その分、学校において教員が必要性や教育的意味を理解して実践しているというよりも実践の義務感が先行しており、ICT教育の役割や意義についての議論が重要視されている。(Goldstein 1995-6)。 |
1. コンピューターの学校内での役割の変化 コンピューターは、マーガレット・サッチャーの政権下において各学校に一台ずつ設置され始めた。当初コンピューターは数字を扱い、計算を早くできるものであり、算数の時間に扱われることが多かったため、授業は「コンピューティング(Computing)」と呼ばれることもあった。 その後、コンピューターが進化し、CD-ROMなど大きなデータベースを使って、情報を整理、保存、分析、探索することが可能となった。その頃からIT教育つまり「情報」技術の教育と呼ばれるようになり、あらかじめある様々な情報をどのように扱い利用していくかが中心になっていった。 そして近年、Eメールやインターネットの普及により、情報を扱うのみならず、コンピューターを使って人と対話をする、又誰かが発信したもの(ホームページなど)を見たりそれに反応するという「コミュニケーション」の側面が強くなった。 |
2. ICTが広げる教育の機会と可能性 小学校で学ぶコンピューターのプログラムは、子どもたちが成長する過程において古くなりそれほど役に立たないものになる可能性も高い。しかしICTを学ぶことはプログラムの使い方以外に、問題解決能力やコミュニケーション能力など将来に必要な技能を育てていくのに役立つといわれる(Meadows and Leas, 2000)。特に小学校では教科の壁が中学校ほどはっきりなく、学びは一時間ごとの教科内容の進度よりも、全体としての子どもの理解度が注目点になりやすいこともICT教育実践に向いている(Equal Opportunities Commission, 1983)。 2-1. 個人の能力にあった学びの環境づくり ICTによる学びは、一人一人のスピード、能力、反応を大切にし、1つの教室内での様々なレベルの学びが可能になる。「僕はコンピュータ−を使うことが好き。(学ぶ毎に)自信がついてくるから。」(子どもの声、Leask,2001より)。言語学習における「言語的に豊かな環境」−刺激的で、挑戦があって、楽しい環境−もICTにより一人一人に提供することができる。 2-2. 相互作用性が高い(インタラクティブである) CD-ROMやオンライン学習プログラムは生徒の出した答えに、回答とフィードバックをすぐ返すことができ、学習が刺激のあるものとなりやすい。又、難しい概念も図や画像を使えば子どもたちにとって理解がしやすいものとなる。 ICTにおいてはコミュニケーションの対象も先生やクラスメイトだけではなく、世界に広がっていくことも特徴である(Ager, 1998)。英国でも学校同士を繋ぎ学び合うプログラムも数多く行われている。「コンピューターではたくさんの情報を使うことができる。そしていろんな人と話すこともね!」(子どもの声、同上) 2-3.障害を持つ子どもの学びを広げる ITはアクセスと子どもの能力拡大において、障害を持つ子どもにとって多くの貢献ができる(Loveless, 1995)。スペルチェックはもちろんのこと、コンピューターを個人の能力が生かせるところに合わせてキーボードやコンピューターを設定することによって様々な学習活動が可能になる。例えばこれは中学校での例であるが、目の見えない生徒が通うロンドンの学校では、目の見える生徒と共に行なわれる授業で、点字や声が出る機械でインターネットを使えるようにするなどして学びの幅を広げている。 |
3. ICTに関わる課題とその対応 イギリスの小学校でのITCの課題として議論になっていることについて3つの点を取り上げ、その課題と試みを見てみよう。 3-1. 経済格差による教育機会の不平等 特にイギリス都市部の学校において言えることであるが、ICTの導入により家庭の経済状況が子どもの能力を育てる家庭の教育環境づくりに直接に反映されていきやすくなったことが挙げられる。また親にICTの知識があるかどうかも子どもの学習の手助けに少なからず影響を与える。今後は学校と、特に経済的に困難な家庭との連携がますます大切になってくる。すでに学校において子どもが放課後使える施設開放や親も交えたコンピューター教室などの取り組みが始められている。 3-2. 男女差の傾向 小学校において男子生徒は場所を陣取ったり、他と競争する傾向もあり、女子生徒は活動の際に押しのけられてしまいがちである。「コンピューターは男子のものでも女子のものでもあるべきよ。いつも男の子ばかりがやるのはずるいわ。」(Equal Opportunity Commission レポートより) またコンピューターが数学とそしてそのイメージが男子に結びつけられやすいことによりICTに関わる男女差が生まれてきている。特に中学校における選択授業では、男子生徒が圧倒的にICTの授業を選択する傾向がある(Farmer&Farmer, 2000)。 ICT導入の際に科学や技術の先生がICT科目を担当したという経緯もあって、中学校では男性のICT教員が多い。女子生徒が中学校で受ける「ICTは男性の科目である」というイメージを払拭できるように小学校での対応も求められている。お手本となる教員が男女バランスよくいるか。男女同じくICTに興味が持てる環境か。ICTの持つイメージについて生徒と話し合いがなされているか。教員にいじめや男女差別に向かっていく姿勢があるか、などが挙げられる。 3-3.人との繋がりなど社会的技能の発達を妨げる? コンピューターが教育に導入され始めるころからの議論として挙げられることにコンピューターが人との繋がり、社会的技能の発達を妨げるのではないかということがある。とりわけコンピューターを使った教育の初期にはICTの持つ1つの側面−どのようにコンピューターを使うか、情報検索をするか等の技能面のみに学習がとらわれてしまったせいもある。 しかし近年においてはICTが問題解決能力や思考力を育てるという研究もなされている(Ager, 1998)。ICTのコミュニケーション側面を活用する授業が行われればそれは可能である。例えば先日のニューヨークでの事件のような、ある出来事について国内外の様々な人々の意見や視点についてインターネットで調べたり、それを元に自分たちの考えをクラスメイトと話をしながらまとめたりするような学習である。様々な国のイスラム教徒の子どもたちとユダヤ教徒の子どもたちがネット上で話をしながらお互いに理解を深めていく試みもあるように今まで対話しにくかった子どもたち同士の相互理解の機会提供も可能になってきている。 |
まとめ コンピューターの進歩により学校におけるその役割も変わり、子どもたちの学びの形はイギリスでも着々と変化している。それと同時にコンピューターを使えるようになることがICT教育の第一の目的ではなく、コンピューターを使いどのようなコミュニケーションを取っていくか、様々な考え方や課題をどのように扱っていくことができるかに焦点が置かれるようにもなってきている。世界に開かれた姿勢を持つ子どもたちの成長の場をICT教育はより多く提供しようとしている。 (注1) 情報コミュニケーション技術。国定カリキュラム2000(2000年8月以降)からITはICTと呼ばれるようになった。また一般的にもICTと呼ばれることが多くなってきている。 |
より深く知りたい方へ BECTA− the British Educational Communications and Technology Agency http://www.becta.org.uk 英国コミュニケーション技術会。ICTに関するニュースやカリキュラムについて情報提供している。又、経済的に貧しい地区においての教育活動例も紹介されている。 European School Net http://www.eun.org ヨーロッパ学校ネット。学校同士のリンク事業やその為の助成金などについての情報提供。子どもたちが直接メッセージを書き込んでペンパルを募るコーナーもある。 TeacherNetUK http://www.teachernetuk.org.uk 教員の情報交換のサイト。アドバイス、ICTコースなどの情報も掲載されている。 |
参考文献 Ager, R. (1998) Information and Communications Technology in Primary Schools: Children or Computers in Control? London: David Fulton Publishers. ISBN 1-85346-543-7 Beynon, J. and Mackay, H. (1993) Computers into Classroom. London: The Falmer Press. ISBN 1-85000-645-8 Equal Opportunities Commission (1983) Information Technology in Schools: Guidelines of good practice for teachers of I.T. London: Equal Opportunities Commission. Goldstein, G. (1995-6) Information Technology in England Schools: A Commentary on Inspection Findings. London: NCET/OFSTED. Leask, M. and Meadows, J. (2000) Teaching and Learning with ICT in the Primary School. London: Routledge-Farmer. ISBN 0-415-21505-6 Loveless, A. (1995) The Role of I.T.: Practical Issues for the Primary Teacher. London: Cassell. ISBN: 0-304-33217-8 Williams, L. (2001) ICFT: Information, communication and friendship technology. in Leask, M. (eds)(2001) Issues in teaching using ICT, London: Routledge-Farmer. ISBN 0-415-23867-6 Farmer, M. and Farmer, F. (2000) Supporting Information and Communications Technology. London: David Fulton Publishers Ltd. ISBN 1-85346-626-3 |