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イギリス 多様な教育と子どもたち 第8回
障害を持つ子どもと教育

イギリスの学校特に小学校では、授業前になるとどこからともなく教室へしずしずと入ってくる大人の姿に出会う。授業が始まると1人の生徒の横に座りじっくり一緒に本読みをしたり、数人の子供を連れて別の部屋や廊下においてある机で勉強を手助けしている。

今回の「障害を持つ子どもと教育」では、特にこの様に一般校で縁の下の力持ちとなり障害を持つ子どもたちを支える学習援助助手(Learning Support Assistant)と呼ばれる人々について焦点を当て、その人々の活動から障害を持つ子どもたちを取り巻く教育環境について考えていきたい。


「特別な教育的必要性(ニーズ)」(Special Educational Needs)とは?

今回のタイトルは日本語で分かり易いよう「障害を持つ子どもたち」となっているが、現在の英国の学校では「障害を持つ子ども」という言い方よりも「特別な教育的必要性(ニーズ)を持つ子ども(Children with Special Educational Needs)」という言い方のほうが一般的である。これは1981年の教育法(1981 Education Act)が学習に対して難しさを感じているであろう生徒について以下のように述べたためである。

「ある生徒が身体的、知覚的障害、または情緒的、行動的な問題があったり、発達が遅れていたりする場合は、その子どもは特別な教育的必要性を持っている」


1981年以前は、子どもは主に身体的、精神的な「ハンディキャップ(障害)」によりのみ型にはめて意義付けられていたが、この教育法はその「障害」のみではなく「教育的な必要性」に焦点を当てた。そのことにより、教育的な必要性に応じた子ども個人の学びの計画が立てられるようになり、そしてより広い意味で学習に対して難しさを感じている子どもに対してサポートをしていく土壌ができた(Croll&Moses, 2000)。


歴史的背景

上記の教育法も含め1970〜1980年代は障害を持つ子どもとそのサポートが大きく変化した時であった。政府が発行したバロック・レポート(Bullock Report, 1975)とワーノック・レポート(Warnock Report, 1978)が、一般校での障害児教育の提供はそれぞれの子どもたちの日々の経験に深く結びつくべきであると提唱し、1981年の教育法にも大きな影響を与えた。

またクラスから障害を持つ子どもたちのみを引き離すのは「よくないこと」と見られた。理由としては生徒が特殊学級で受けるカリキュラムは限られた内容になってしまうこと、別の学級で学んだことが母体となっている学級で行われている体系的な授業内容に合わなくなる等が挙げられた。

そしてより広い範囲の教科内容を提供しようとする国定カリキュラムが導入となったことで(第7回参照)、障害を持つ子どもがフランス語を学ぶことのできる時間を無理に英語(国語)の遅れを取り戻す時間にするということは望ましくないこととなった。クラスでのサポートを高めていくという方向へ移るにつれて、1980年代に政府により使われていた障害児の「統合・調和(Integration)」という言葉も「融合(Inclusion)」という言葉に変化していき学校が全ての子どもを受入れる用意ができるべきだという方向へと進んでいった。

1981年の教育法は、
    「可能なところでは、特別な教育的必要性を持つ全ての子どもたちは一般校で教育されるべきである」
そして
    「統合が効率的にいくように、特別な必要性を持つ生徒は全て、またはほとんどの学校活動に参加しなければならない。全ての生徒に開かれている経験をすることがその生徒に教育的利益がある場合、その生徒は特別な手助けを受けることができる」
としている。


学習援助助手(Learning Support Assistant)とは?

このような中で、1970年以前から一般校にも存在した学習援助助手の数は特に小学校において急激に増え、その数は1994年(DfE 1994)の政府の調査によると2万人以上となった。養護学校においては伝統的にクラスで教員と共に働くケアスタッフの存在があったが、一般校でも子どもが本を読むのを聞いたり、様々な活動の手助けをする学習援助助手や保護者、そしてボランティアの存在も学校内で多く見られるものとなっている。

学習援助助手は学習援助が必要とされる子どもに関して地域の教育委員会が書く報告書とその中にある1人ひとりの必要性に添って活動の援助を行う。1971年のワーノック・レポートでは約5人に1人の生徒の割合で度合いに関わらず学校生活の中で何らかの形での特別な教育的必要性をもつ期間が長短にかかわらずあるだろうとしている。しかし実際にはその割合以上の子どもたちが何らかの特別な教育的必要性を持つ期間があると言われている。


学習援助助手の役割と教員の関わり

学習援助助手は多くの場合地域の教育委員会から派遣されたり、また近年では学校で直接に雇用される。資格保持の有無はコミュニケーション学習や教育についての資格や学位を持っている人からそうでない人まで様々だが、最近は資格や経験がある人が好まれるようになっている。柔軟性があり子どもや学校の状態に合せてもらいやすいこと、給料が教員に比べ安いこと、国定カリキュラムの導入で授業中にやることが多くなり、特別な教育的必要性のある子どもの手助けがより必要なことから多くの期待が寄せられている。研修は地域の教育委員会が行っていることが多い。

仕事の内容は学校やその子どもの教育的必要性の違いにもよって異なるが主には、生徒の必要とする部分を理解すること、個人の生徒にあった学習プログラムを作成すること、そして授業において直接的にその生徒をサポートすることである。以下は助手がする様々な仕事の一例である。
  • 教員によって与えられた指示について説明する
  • 教員と相談のうえ、ある生徒のための教材やワークシートを作成する
  • 1人や小さいグループの子どもたちに話を読み聞かせたり子どもが読むのを聞く
  • 1人または少人数とゲームをする
  • 後の学習に必要なノートをその生徒が取るのを手助けする
  • 生徒の解いた問題を見て間違いなどを一緒に考える
  • 体育の時間の着替えを手伝う
  • ある生徒の学習に必要なテープレコーダーなどの機具の準備
  • 生徒が学びをすすめているのを見守り、1人ではできない時にだけ手助けをする
  • 成功や難しさについて教員と話し合う
    (Fox,1998より一部抜粋)
また学習援助助手は、指定された1人または数人の手助けのみではなく、クラス全体そして教員のサポートとしての役割もになうことが望まれている。そのため、教員との打ち合わせや授業計画や準備を共に行なったり、そして各学校の特別な教育必要性コーディネーター(Special Educational Needs Co-ordinator:SENCO)の担当となっている教員との強い繋がりもある。


学習援助助手とクラスの子どもたち

このように助手はクラスの中では微妙にバランスがとれた役割を担うことが望まれている。クラスに紹介される際にも
    「こちらはスミスさんです。アンドリューの特別ヘルパー(援助者)よ。」
と紹介され、生徒のアンドリューが「特別」とされたり子どもたちに「この人はアンドリューの担当者だ」と限定されてしまわれることは避けるべきだとされる。よい紹介のされかたは
    「こちらはスミスさんで皆がよく学べるように私と一緒にあなたたちを手助けしていく仕事をしてくれる人よ。スミスさんはクラスの1人か二人と勉強することもあるし、小さなグループで勉強するときもあります。」
という形ということになる(Fox, 1998:9)。

障害をもつ子どもたちの保護者自身が学習援助助手となって自分の子どものクラスへ出入りをすることもよくある。しかしその際には、他の子どものことも気を遣えているか、自分の子どもと他の生徒のやりとりを妨げる原因となっていないか、また教員が行うことに対して親としての個人の意見をぶつけすぎていないかなどクラス全体の子どもとよい関係を保つための多くの考慮点が挙げられる。


子どもたちの視点と今後

様々な能力や体や精神的な状態を持つ子どもがなるべく同じ学校で学べる環境を創ろうとしているイギリスであるが、障害や教育的必要性の高い子どもたちにとって一般校で学んだほうがいいのか、養護学校で学んだほうがいいのか、そして他の生徒との関わりはどうか等という議論は日本と同様に尽きない。

また学習援助助手の需要と供給のバランスがまだ取れていないことも課題である。学校側も様々な学習に対して困難を持つ生徒にあった教育を提供できる体勢を持つことが望まれているが、現在までも特に軽い教育的必要性や障害がある子どもの場合、「親が心配しているだけだ」と思われ、学校側の反応が遅くなったり、いったん学習援助助手の必要性が認識された後でも、学校側の予算ぐりがうまくいかず助手の配置に時間がかかることがある。このような点が改善され、1人ひとりの能力や学習プログラムにあった教育を行っていくことを目指すことは、現在教育的必要性がない子どもたちも含め、全ての子どもたちの教育にとって大きな意義のあることである。

今後重要性をましていくであろうことは、障害を持つ子どもたちの教育について考える際に、子どもたち自身の意見をより多く取り入れていこうとすることであろう。子どもたち、特に教育的必要性があるとされる子どもたちの声は、大人により聞かれ、それが学校内の実践やより大きな政策に反映されていくきっかけとなるということはまだ少ない(Wolfendale,2000)。

子どもたちの声を聞くことは、子どもの「聞いてもらう権利」を保障し、また自分の教育的達成度や将来の方向性を知るという教育的な面において、そして大人と対等に話し、自分の学びに積極的になる機会を持つという精神的な面においても多くの価値があることである。特に障害を持つ子どもにとっての教育の選択が多くなっていく際、また今後ある特定の選択肢を増やす可能性を探る際にも子どもたちの声により多く耳を傾けていくことが望まれている。



より深く知りたい方へ
関連ウェブサイト<英語>
教育省のサイト(Department for Education and Skill)
http://www.dfes.gov.uk/sen
保護者、学校、教育委員会それぞれがよく使うであろう特別な教育必要性(SEN)に関する政策書類が掲載されている。

学習援助助手の役割や効果について研究されたレポート
http://www.canteach.gov.uk/research/grant/98-99/Barbara_Lund.doc

メンキャップ(Mencap)
http://www.mencap.org.uk
知的障害を持つ人々、子ども、親、その関係者で成っている民間団体。教育政策提言なども積極的に行う団体。どのような教育的サポートサービスがあるかについても掲載されている。

アフター・シックスティーン(After 16)
http://www.after16.org.uk
政府が運営している障害を持つ若者向けのサイト。特に義務教育が終わった後の様々な選択肢や、お金や法律などのアドバイスが分かり易く丁寧に説明されている。



参考文献
Croll, P. and Moses, D. (2000) Special Needs in the Primary School: One in Five? London: Cassell. ISBN 0-304-770564-0

DfE (1994) The Code of Practice on the Identification and Assessment of Special Educational Needs. London: Department for Education.

Fox, G. (1999) A Handbook for Learning Support Assistants: Teachers and Assistants Working Together. London: David Fulton Publishers Ltd. ISBN 1-85346-475-9

Lorenz, S. (1998) Effective In-class Support: The Management of Support Staff in Mainstream and Special Schools. London: David Fulton Publishers Ltd. ISBN 1-85346-505-4

Wolfendale, S. (2000) Profiling early years and special needs: Celebrations of practice. in Wolfendale, S. (2000) Special Needs in the Early Years: Snapshots of Practice. London: RoutledgeFalmer. ISBN 0-415-21388-6



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