イギリス 多様な教育と子どもたち |
第12回 保護者の経済・情報格差と子どもの教育 |
子どもには平等に教育を受ける権利がある。しかし、貧困は教育の壁であってはならないという姿勢を政府が取ってはいるものの、教育機会の多さや質は保護者の経済力に拠ることも多々あり、イギリスの教育においても大きな課題となっている。今回は、保護者の経済力や情報と子どもたちの教育の関係にどのようなものがあるかについて取り上げていきたい。
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子どもたちの状況 政府の調査によると、1970年後半以降より英国の貧困層は3倍となり、1999年には約3割のイギリスの子どもたち−400万人以上−が貧困ライン以下の生活を強いられていると言われている(Guardian, 1999)。 イギリスの場合、地区ごとに経済の格差がある場合が多く、貸し家が空いたままになっている(あまり人が住みたがらない)地区においては、「4人に1人の子どもが教育資格(GCSE)を1つも持たずにおり(国の平均は20人に1人)そして学校をさぼりがちな生徒は平均の4倍となっている。」(同上)。 そして学校の成績と保護者の経済力は深い関係があるとされ (Payne,2000)、教育省が「落ちこぼれている(Failing)」としている学校のほとんどでは、学校で給食費の免除を受けている子どもが多い。 |
保護者の経済や情報量による子どもの教育への影響 保護者の経済力が子どもの教育に影響する形としては、授業料の高い私立に子どもを就学させることがまず一番に思い浮かぶ。しかし、経済格差が子どもの教育に影響するのは公立校の場合でもある。 1980年代に、親が学校を選択する権利をよりよく保証する手段の一つとして全国の学校の成績表(リーグ・テーブル:School League Table)の制度が導入された。これには、その学校のどのくらいの生徒が全国テストでいい成績を取っているかが掲載され、保護者が、学校の様子を知ったり、子どもを他の「よりよい」学校へと移動させる際の判断材料となった。学校の善し悪しを計る1つの「手段」の一つだった成績表だが、学校の中にはこの成績表の上位に入ることが「目的」のようになってしまうところもある。この成績表は現在の教育に良くも悪くも大きく影響を与えている。例を挙げてみよう。
このような全ての過程において犠牲になっていくのは子どもたちで、他の保護者の選択によりどんどん悪化していく学校の状況の中に置き去りにされてしまう場合もある。筆者が研究をしていた都市部貧困地区の中学校では、2001年夏当時20人の先生が不足していた。子どもたちは臨時の教員が見つけられない、教室がどこか分からないと右往左往するうちに学習意欲を失っていく傾向が見られた。「先生たちは僕たちをほったらかしにした (They abandoned us)」と残念そうに語る生徒もいた。 家賃が安い地区に集まる保護者たちの中には移民も多く、親がイギリスの教育制度、学校への申込みや、何かあった際の学校や教員への連絡など、教育制度について多くを理解するまでに時間がかかることがある。このため、子どものなかには始業時期や、就学年齢が遅くなる場合もある。 近年、学校でのテストが多くなったため家庭教師をつける家庭が増えてきた。もちろんこれにはお金が関係してくること、そしてこれが教育機会の格差を広げることになるのではないかという議論も高まっている。 |
政策としてどのようなことが試みられているか 政府は、貧困や保護者の経済力不足、情報不足が与える子どもへの教育の影響を少なくするための政策として以下のようなことを試みている。 一つは公立や貧困層の子どもたちによりよい情報提供やアドバイスができるように、学校へラーニング・メントー(Learning Mentor:学びの相談役)と呼ばれるスタッフの配置を多くし始めた。コネクション(Connexion)という新しい教育事業では特に教育上「問題のある(Disaffected)」とされる13−19歳の生徒に対して個人アドバイザーをつけ、進路のこと、家庭での問題などについて話ができるようにしている。(将来的には全ての生徒に個人アドバイザーがつく予定。) また親や周りの知り合いが大学に行ったことがあまりないような生徒たちに、大学という環境を経験し、就学への自信をつけてもらうためにサマースクールを設ける大学もある。事業は政府に推進され、将来は貧困地区にある約450校から生徒がサマースクールへ参加する機会を提供する予定だ。 資金面では、教育補助金(Education Maintenance Allowances)が導入された。経済的に苦しい家庭の子どもが16歳以上(義務教育以上)の教育を受ける際には、その子どもに週に40ポンド(約8000円)の資金が与えられる。学びの目標を達成できたらボーナスの50ポンド(約1万円)もある。この政策は、約5%の貧困層の子どもに高等教育を続けていく機会を与えた(Guardian, 2001)。しかしまだ高等教育にいくことは、親の収入が低い家庭ほど「リスク(危険)」として捉えられる上、学校へ行くために借金をする若者も多い。イギリスでは、75−80%の16−19歳の子どもは学校へ行きながらアルバイトをしており、また13歳以下の25%、13歳の35%もアルバイトをしている。この中には家庭の状況から働くことを余儀なくされている子どもたちが多く含まれている。 保護者の経済格差や情報格差による教育差をなくそうという政策がある一方、学校の選択の権利や家庭教師の雇用についてなど、教育に親の経済・情報力が多く影響してしまう分野はまだまだ多く残されている。今後の様々な教育事業とそれらの評価が望まれる。 |
より深く知りたい方へ |
ウェブサイト |
ガーディアン紙の記事 ・貧困が鍵−言いわけではなくPoverty is the key - not just an excuse http://education.guardian.co.uk/search/article/0,5606,3901607,00.html BBCニュース ・都市部貧困地区学生のための大学事業University scheme for inner city pupils http://news.bbc.co.uk/hi/English/education/newsid_533000/533049.stm ガーディアン紙の記事 ・教育援助資金について A school sweetener http://education.guardian.co.uk/schools/story/0,5500,484847,00.html コネクション (Connexions) http://www.connexions.gov.uk 学びの相談役や個人アドバイザーを若者に提供する政府の事業 ロンドン・メトロポリタン大学(旧:北ロンドン大学) 教育政策研究所 Institute for Policy Studies in Education (IPSE), London Metropolitan University http://www.unl.ac.uk/ipse/ 階級、性別、人種など関する教育社会学、教育政策を中心に取り組んでいる研究所。 |
参考文献 Archer, L. and Yamashita, H. (forthcoming) 'Knowing their limits'? Identities, Inequalities and Inner City School Leavers' Post-16 Aspirations. Metcalf, H. (1997) Class and Higher Education: the participation of young people from lower social classes. London: The Council for Industry and Higher Education. Payne, J. (2000) Progress of low achievers after age sixteen: an analysis of data from the England and Wales Youth Cohort Study. Department for Education and Employment: London. |