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イギリス 多様な教育と子どもたち 第14回
人権を取り扱う教育活動

人権(ヒューマン・ライツ:Human Rights)と聞くと身構えてしまう、特別のことのように思えるというのは、日本と同じくイギリスでも多くの人にとってそうである。しかし人権の概念を世界に広めてきた国のひとつとして、人権という言葉はイギリスでより多く日々の生活の中、そして学校現場で登場してくる。

第3・4回(多文化教育)、8回(障害を持つ子どもと教育)、10回(学校における民主主義教育の実践)、12回(保護者の所得格差と子どもの教育)で取り上げた事柄も人権に関わる事柄であるが、今回は特にいじめなど子どもたちが日常受ける可能性がある人権侵害に対する取組みを通し人権を取り扱う教育活動について考えていきたい。


子どもの人権と課題

子どもの人権と教育の関係でまず思い浮かぶのがいじめである。いじめはイギリスの学校においても大きな課題で、ブリング(Bullying)と呼ばれている。イギリスでは、約150万人の子どもたちがいじめの被害者となっており、また子どもの頃にいじめを受けた経験は大人になっても癒されない心の傷を残す(BBC, 1998a)。1年に1万6千以上の電話相談を受ける民間団体の「いじめ反対キャンペーン」は、いじめは子どもを自殺にまで追いやることもあると報告している。いじめをする子どもも、「自分たちの怒りや心の傷を他の人にぶつけることによって心を静めようとする」ため、彼らも何らかの形で他からのストレスや人権侵害を受けている場合が多い。

人権教育、または人権に関する教育は、国際的な人権活動の動きと共に成長していき、1945年には国連において「全ての人々の人権を守るために人権に関する教育は欠かせない」とされた(British Council, 2000:2)。そして1948年に国連人権条約(Universal Declaration of Human Rights) が制定されてからは英国内でも人権教育の広がりが顕著になった。

条約の中で特に子どもたちに関係してくるものとしては「子どもの権利条約(Convention on the Rights of the Child)」(アメリカとソマリア以外の全国加盟)が挙げられる。これは、親や大人が子どもを管理していくという考え方では対応できない児童虐待、強制労働などの問題が各国で明らかになり、子ども自身に権利を与えることにより彼らを守っていくという考え方に基いている。

イギリス全体における人権教育の活動は、他のヨーロッパ諸国に比べそれほど多いものではないと言われてきているが、2000年にイギリス国内でも人権法(Human Rights Act)が制定されてからは人権という観点が学校、仕事場、社会全体により多く取り込まれることになった。アムネスティー・インターナショナルやユニセフなどの人権団体の存在も、イギリスの人権教育には欠かせないものである。


学校でどのような実践が行なわれているか

人権教育としてよく実践されることは、マーティン・ルーサー・キングやネルソン・マンデラなど、人々の権利を守るために戦った人物について学んでいくことである。また世界の人権課題や、子どもたちが抱える課題についても学ぶこともある。

「子どもの権利条約」は特に学校でも扱われることが多く、権利はみかけや生まれ、肌の色などに関わらず皆が持っているものであること、子どもとして保証されている権利があることを学ぶ。友達から差別を受けたり、大人からも不当な扱いを受けたりした場合に、「これも全て自分のせいなんだ」と思ってしまうのではなく、相手が自分の人権を侵しているんだとして捉えることができるようになると共に自尊心を養って欲しいという教育的ねらいがある。弱い立場にたたされた子どもに権利の概念を教えることは特に意味があるとされている。例えば「子どもには安全な環境を保持する権利がある」ことを教えながら、だから学校はいじめを許さない、いじめられている子の味方である、というメッセージを伝えることができる(Rigby, 1996:13)。

「人権の側面を持った教育プログラムは、友人関係や愛、ケアすることなどの基本的なテーマから始まる」(O'Cuanachain, 1998)と言われるように、上記のような知識などが主となる学習のみではなく、自分たちの気持ちや身のまわりの出来事を通しての学習も盛んに行なわれている。中でも生徒1人ひとりの自尊心(セルフ・エスティーム)を高めるために行なわれているサークルタイムという活動は国定カリキュラムに実践が指定されていないにもかかわらず、子ども、教員に人気があり広く実践されている。100年ほど前にスウェーデンで始まり、教員たち自身が開発していった活動で、1週間に少なくとも1回、小学校低学年なら10−15分、高学年なら20−25分ずつ程度行なわれる。特にこれが人権教育のみを扱うということではないが、いじめなど子ども1人ひとりの課題や気持ちに焦点が当たる活動、人を評価する多様な「ものさし」・見方を提供する活動として実践されている。

サークルタイムでは文字通り子どもたちが輪になって座り(サークル)、学校であったこと、自分たちが不安に思うことなどの気持ちを表す。進行は、教員もしくは生徒が担当する。「私は食べ物の中で**が好き」と1人ひとり発表しながらお互いのことを知るなどの簡単な活動から、子どもたちがサークルタイムに慣れ、発表をしやすくなると、「私は**がこうでなかったらいいと思う」などと自分が悲しく思っていることについても順に考えを発表していく。

日本の学級会や帰りの会の実践と異なる点は、サークルタイムでは、ある出来事について誰がしたのかについては皆の前で言わないというルールがある場合が多いことである。話をする時は「誰か」という言葉が使われ、名指しである子どもが皆に非難される活動にならないように考慮されている。つまり活動は犯人探しやお互いの気持ちを疑うことに焦点は当たっておらず、その子の気持ちを皆で聞き、その気持ち自体をきちんと取り上げていくことが重要視される。特定の子どもたちが責められる可能性があったり、子どもたちが問題を言い出しにくい際は、教員が関連のあるお話を持ち出してそれについて話し合ったりする。またサークルタイム後にある課題について教員が数人の子どもと話す時間を取る場合もある。

他のルールとして、提示された質問について発表をしたくない場合は「パス」と言って、発言をせず次の人に回してもよい、そして人が発表をしている時には発表をさえぎらずきちんと聞く、というものがある。以上のようなルールにより、「自分が今悲しいこと」などについても将来的に1人ずつ無理なく言える環境を作っていく(注1)

また、お互いのいいところを言い合ったり、自分のいい部分を見つけたりする活動もサークルタイムには多く含まれ、クラスの中の1人ひとりを尊重する風土創りに役立っている。「サークルタイムは楽しい。なぜならいろいろ学べるし、他の人に自分の問題も打ち明けられる」「サークルタイムは好き。なぜなら、他の人の手助けができるから」(子どもたちの声、Mosleyより) 。

特にいじめに関して言えば、「いじめを許さないための学則」はほとんどの学校にある。またいじめは休み時間に運動場で起きることが多いので、そこに教員が常時いるようにしたり、生徒自身がグループを作り運動場をよくしていこうとする活動も行なわれている。運動場でのいじめが減る際には、学校外でのいじめが増えてしまうという状況も報告されているので、いじめをパトロールするという表面上の解決策だけでは完全とは言えない。教員や親が介入していじめを止めさせたケースは、全体の14%にすぎないと言われているが、一方その中の75%の場合において、完全にいじめは止まったという結果がでている。その理由としては、教員や親がいじめの問題を真剣に取り上げることで、いじめをしていた子どもが、自分たちの行動が相手に与える影響に気付き、いじめられる側の立場に立つことができるようになったからだと言われている(BBC, 1998b)。


教員の中にも人権意識が必要

しかし残念なことに、子どもの人権を尊重していないのが大人、教員である場合もある。1998年に行なわれた調査においては、カリブ海出身又はその親を持つ黒人の男の子は、白人の男の子に比べ学校を退学させられる確率が6倍近く高く、これは教員が無意識のうちに黒人は悪い子だと見てしまいがちなところにも影響していると言われている(Osler,1998)(注2)。これは教員の中にも意識的、そして無意識的に差別をする気持ちがある場合があることを表している。

子どもたちに関係するもう一つの大きな人権課題として、大人からの虐待がある。子どもの電話相談を受ける民間団体「チャイルドライン」によると2000−2001年にかけて約1万人の子どもたちが性的虐待、そして1万3千人の子どもたちが身体的虐待を訴えてきたと発表している。近年の調査では、推定5%−20%の女子、そして2−7%の男子が性的虐待を受けているのではないかという懸念もある(Childline,2002)。加害者の多くは、親や親戚など子どもたちが知っている人であることが多く、子どもたちが問題を表に出しにくい環境にいることが多い。

子どもの人権に関わる出来事についての対応の仕方や、自分自身の教育実践における子どもの権利の考慮などについて教員が深く学ぶ機会はまだ少なく、より多くの教員研修の必要性が叫ばれている(チャイルドライン,2002)。

ある研究によると子どもたちは教員に特に以下のような要望を出している。
  • 生徒の声に耳を傾けてほしい
  • 起こったばかりの暴力的な振る舞いについてのみを取り上げるのではなく、その原因となっている深い問題を面倒くさがらず取り上げてほしい
  • 生徒間において、いじめ、人種差別、性別によるからかいが本当の問題であることを理解してほしい
  • もっと生徒に気を配り、大事に思ってほしい
  • 叱る前に、本当のことをよく調べてほしい
  • 生徒に対して尊敬の念を示してほしい
(Osler,1998)

近年では、学校内の人権に関わる実践において、人権教育という言葉よりも市民教育という言葉が使われ、大きな枠で括られることも多くなってきた。しかし、人権の概念、要素は教育において忘れてはならないものとして絶えず意識されていくことを願う。


(注1) サークルタイムのルールの例としては以下のようなものが挙げられる。
(1)他の人が話している時はしっかり聞く
(2)パスをしてもいい
(3)名指しであなたはこうするべきだということは言わない。
他の実践の例では、
(1)一度にひとりだけ話ができる
(2)皆が楽しめるようにする
(3)誰も他の人の楽しみを奪ってはならない
というルールが創られていた。

(注2) イギリスの学校では義務教育においても退学のシステムがある。これらは特定の子どもが、他の生徒の学習や学校生活の妨げになるとされる場合に学校が決めるものである。そのような対応を受けた子どもたちは、他の学校へ転校することとなるが、その学校でもまた退学の処分を受けてしまう子どもたちも少なくない。そのようなことが繰り返されると学校での教育を受ける機会が全く閉ざされてしまう可能性もあるため、この制度の十分に思考を重ねた上での適用が望まれている。
退学の詳しい統計や議論などについては、
http://www.socialexclusionunit.gov.uk/young_people/school_exclu.htm

より深く知りたい方へ
ウェブサイト
人権教育のための国連10年 ・行動計画仮訳 (日本語)
http://www.hurights.or.jp/database/J/gaimusyo/10_zinken10nen.htm

子どもの権利条約(日本語)
http://www.unicef.or.jp/kenri/joyaku.htm

サークルタイム(記事。実践事例が掲載されている)
http://www.positivelymad.co.uk/pd/se_circle_time.htm

サークルタイムって何?(記事)
http://www.luckyduck.co.uk/whatiscircletime.html

子どもの虐待はどれくらい起こっているのか?(チャイルドラインによる記事)
http://www.childline.org.uk/Howcommonischildabuse.asp

ブリティッシュ・カウンシル ・人権教育のサイト
http://www.britishcouncil.org/humanrights
人権教育と市民教育について書かれた3部の冊子がダウンロードできる(Citizenship Education and Human Rights Education 1. 2. 3.)

イングランド子どもの権利連盟(Children's Rights Alliance for England)
http://www.crights.org.uk
子どもの権利条約条項の実践をしようとする180の団体会員をまとめている団体。研究や子どもたちの声を意思決定期間に届けるための活動、研修などを行なっている。

アムネスティー・インターナショナル
http://www.amnesty.org
イギリスの弁護士が始めた、国境を越えて世界人権宣言が守られる社会の実現を目指し活動している団体。ノーベル平和賞受賞。人権教育の活動も行なっている。(日本のアムネスティーのアドレスは、 http://www.amnesty.or.jp )

ユニセフUK(UNICEF UK)
http://www.oneworld.org/unicef
イギリス国内で国連の子どもの権利条約を推進するために活動をしている。無料で学校へ入っていき、教員に研修を行なったり、子どもたちに権利条約や権利についての学習の機会を提供している。(日本のユニセフのアドレスは、http://www.unicef.or.jp )


参考文献
BBC (1998a) School bullying leaves scars.
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/81228.stm

BBC (1998b) What makes one child a bully and another a victim?
http://news.bbc.co.uk/1/hi/education/59711.stm

British Council (2000) Citizenship education and human rights education 1: Key concepts and debates. London: British Council.

Childline (2002) How common is child abuse?
http://www.childline.org.uk/Howcommonischildabuse.asp

Mosley, J. (1996) Quality circle time in the primary classroom: your essential guide to enhancing self-esteem, self-discipline and positive relationships. Cambridge: LDA. ISBN: 1 85503 229 5

Osler, A. (1998) School exclusions: a denial of the right to education. The Development Education Journal, Volume 4, Number 2, February 1998. London: Falmer Press and Development Education Association.

Rigby, K. (1996) Bulling in schools and what to do about it. London: Jessica Kingsley.



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