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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第3章「赤ちゃんのすばらしい能力-そのプログラムは体の成長、心の発達の原点 - 3」


赤ちゃんは話しかけたことばに身ぶりで反応する-コミュニケーションのプログラム

 赤ちゃんはことばがまだ話せません。だからお母さんが話しかけてもまったくわからないと考えるのが、ふつうでしょう。しかし、そうではないことがわかってきました。話しかけると、身ぶりで反応することがたしかめられているのです。
 あるいは、そういうことは当然ではないかという人がいるかもしれません。しかし、そういう人は、生後何カ月もたった赤ちゃんを想像しているのです。赤ちゃんは生まれて1、2カ月もたてば、あやすと笑うようになるからです。私が今問題にしているのは、生まれた当日、2日目くらいの赤ちゃんの能力についてなのです。
 生まれた翌日の赤ちゃんがほんとうに身ぶりで反応するのか? まずほとんどの人がそう疑問に思われるでしょう。たいていのお母さん方は、「この子はきのうまで私のおなかのなかにいたんですよ、なにを話しかけてもわからないんじゃないですか」とおっしゃるわけです。
 しかし、母親が赤ちゃんに話しかけるのをビデオで撮り、ビデオに映った赤ちゃんの手の動きを、コンピュータを使って細かく分析する実験を、もう二十年近く前になりますが、行なったことがあります。
 この実験は、当時東大工学部におられた石井威望名誉教授といっしょに、愛育病院におられた高橋悦二郎元部長、加藤忠明研究部長の協力によりはじめたものです。まず、コンピュータを使って、ビデオの画面を細かく碁盤のマス目状に切って、ビデオ画像に76440個のマス目をつくりました。これくらいの数になると、赤ちゃんの片手だけでも4千個以上になります。4×4の16の細かいマス目を、少し大きいマスにまとめて処理してマトリックスにして、手をモザイク・パターンにします。手が動けば、あるマトリックが明るくなったり、暗くなったりします。そしてその変化したマトリックを数えてみたというわけです。
 さて、この実験の細かなデータはここでは省略しますが、要するにこうした実験からわかったことは、生後2日の赤ちゃんであっても、「ママですよ、◯◯ちゃん」とか「ボク? ボク? お元気?」とか「どうしたの?」といったお母さんの語りかけに対して、赤ちゃんはちゃんと手を、その声のリズムと同調させて動かしているという事実でした。ただし、ちょっとおくれがありますが。この研究成果は、生まれたばかりの赤ちゃんでも、ことばは話せないのですが、手を使うなどの体の行動で、コミュニケーションすることが可能なことを示しているのです。
 しかも、雑音や、語りかけた声のテープをバラバラにして組みあわせて再びつくったテープの音声をきかせたり、ワァワァ騒々しくノイズを語りかけても、手は動きますが、同調はしませんし、同じことを何回もくりかえしたり、長い記録をとると、なれたり、意識が乱れたり、あるいは他のことを考えているのか、同調現象が消えたり、でたりと変わることまでわかってきました。赤ちゃんだって、同じことのくりかえしではあきてしまうのです。

信頼のきずなはまず話しかけること

 このように、生後二日目の赤ちゃんであっても、お母さんが独特のリズムやピッチ、そして抑揚で、優しく、愛情をこめてささやくように「◯◯ちゃん、◯◯ちゃん」と語りかけると、うまくそれに引き込まれて、しだいに同調して手を動かすようになることが証明されました。
 この現象をエントレインメントとよんでいます。話しことば(音声言語)に対して、手の動きや身ぶり、表情など体の動き(行動言語)のリズムが引きこまれるように同調することです。だからエントレインメントのことを「引きこみ同調現象」ともよびます。ことばのリズムと身体のリズムを同調させることによって、母と子の間には独特なコミュニケーションの場が出来るのです。それは、ボーイフレンドとガールフレンドがダンスしていて、そのリズムにのっているときの場と同じです。ですから母と子はその場で情報を共有することになるのです。このエントレインメントこそ、人間のコミュニケーションのはじまりだと考えられます。
 赤ちゃんは誕生直後から、こういうすばらしい能力をもっています。コミュニケーションのプログラムをもって生まれてくるのです。そのことを知ってか知らずか、お母さんというのは、赤ちゃんにいろいろなことを話しかけます。お母さんらしい調子で、日本人だったら日本語で話しかける、イギリス人だったら英語で話しかける、赤ちゃんはその人間的なやりとりのなかで、ことばを覚え、身につけていくわけです。行動のリズムと文化としてのことばのリズムを同調させて、文化としてのことばをとり込んでいくことができるのです。ですから、日本人の赤ちゃんでも、イギリス人に育てられれば、特別に教育しなくても、自然に、しかもちゃんと英語を話せるようになるのです。
 ここでおすすめしたいことは、赤ちゃんにはエントレインメントの能力があるのだから、お母さんは生まれたその日から、赤ちゃんが目を覚ましているとき、折にふれやさしく話しかけることです。あまり高くなく、ささやくように、自然に話しかけるのがよいのです。そのとき、話しかける抑揚やピッチ、リズムが大切のようです。どんなリズムが良いのかといわれると困るのですが、お母さん方は自然に体得しているようです。ですから、お母さんはわが子に語りかけるときは、独特のものになっているのです。これをマザーリス(母親語)と申します。
 ちょっとみたのでは、赤ちゃんの手の動きが話しかけることばに同調していることがたしかめられなくても、必ずエントレインメントすると信じて、やさしく愛情をこめて、いろいろ話しかけてみることです。そうすることにより、母と子はコミュニケーションの場を共に持ち情報を共有し、それによって母親から出てくる言葉を赤ちゃんは、とり込み、覚えて言葉を発達させているのです。
 母親が働きかけると必ず赤ちゃんは応じているはずです。その体験が、赤ちゃんにとって、母親を信頼し、母親とのきずなを切っても切れない、大切なものと信じる大きなきっかけのひとつになるものだといってもよいでしょう。
 こう話しかけを強調しますと、話しかけなければならないと、まくしたてるようにするお母さんがいらっしゃいますが、まず自然に、時をみて、ということを強調したいと思います。もちろん、赤ちゃんがねむくなったり、ねむっているときは、そのままねむらせてあげることが第一であることは忘れないで下さい。
 育児というと、子どもの健康ばかりでなく、われわれはすぐ「しつけ」とか教育などといったことばを思い浮かべますが、それがうまくいくかどうかは、ごく初期のこうした母と子がことばや手ぶり、表情などによってお互いにコミュニケーションして、どれだけ心のきずなをつくれるか、どうかにかかわっていると私は考えています。このようにして人生の出発点に人を信ずる、人生は平和であるという深い「基本的信頼」を築きあげることによって、子どもはすくすく育ち、「しつけ」もうまくいくのです。特に、3〜4歳になって「心の理論」、他人のふりみてその人の心を読みとる力が出来てからの「しつけ」が重要なのです。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。



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掲載:2002/05/10