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小林 登文庫
小 論 ・ 講 演 選 集


医療・医学に関する小論・講演(2000〜2004年発表)

小児医療から成育医療へ−21世紀こそ子どもの世紀にしよう−
小児内科 Vol.32 No.12 2000-12

はじめに
 新しいミレニアムに入り、いよいよ21世紀を迎えようとする現在、社会はいろいろな局面で混乱している。生活廃棄物や産業廃棄物の山、花からペットまでの人工物、環境汚染から自然破壊、犯罪から子どもの問題行動の多発。われわれの生活のあり方を、何か新しいパラダイムで転換しなければならないと、誰もが考えている。
 それは、科学技術に支えられた「もの」の豊かさから、新しい哲学・倫理に支えられた「こころ」の豊かさへの変換であろう。それはまた、科学・技術の発展を支えにデカルトの自他分離から始まる要素還元論を否定することなく、関係・共生・共創さらには場・場所を考える統合全体論への転換でもあろう。要素還元論を否定すれば、われわれの生活ばかりか、科学・医療を支える科学・技術の基盤はなくなる。したがって、要素還元論を取り込み乗り越える新しい統合全体論が必要なのである。
 小児医療も、いろいろな意味で同じで、上述のようなパラダイムの転換が求められる。

T. 20世紀の小児医療の流れ
 我が国の小児医療は、19世紀後半明治政府が西洋医学を取り入れるまでは、漢方医学が中心であった。その後、大学病院、そして総合病院の小児科が中心となって、西洋医学の小児医療が始まったが、小児内科のみの状態であった。
 それは、1890年代の東京大学小児科学教室の創設から始まる。さらに、日本小児科学会も、ほぼ同じ頃組織され1997年第100回の学術集会を迎えた。したがって、わが国の小児医療の歴史は優に100年をこえ、その間小児科医は、小児医療のレベルの向上に努め、子どもたちの心と体の健康を守るのに情熱を捧げてきたといえる。
 その結果は、乳児死亡率の低下で明らかである。今世紀初頭、我が国の子ども達の多くは感染症で死亡し、乳児死亡率は160に近く、続いて最高200ほどにもなった。しかしながら、1920年代末から、国が豊かになると共に、小児医療の充実ばかりでなく、衛生環境の改善により感染症は減少し、乳児死亡率は急速に下がり、100を割るが、不幸にして世界大戦時代に入った。
 この第2次世界大戦を、我が国は敗戦で終わらせたが、国民の努力により荒廃から順調に復興することができた。戦後、社会は急速に豊かになり、アメリカ小児医学の影響を強く受け、小児医療の水準も急速に上がったのである。第2次世界大戦直後の乳児死亡率は約80であったが、その後低減し、1970年代には10を割り、最近は3〜4と世界最低になったことはそれを示す。
 一方、小児科ばかりでなく小児外科・小児耳鼻科・小児眼科などを統合した小児総合医療は、国際小児科学会が東京で開かれた1965年に、国立小児病院が設立されて始まった。欧米に比較すると100年ほど遅れている。しかし、地方自治体の努力により、小児病院さらにそれに準ずる施設は現在25ほどになっている。

U. 20世紀の小児医療が抱える問題
 小児医療が進歩・発展し、またそれが総合医療化されることによって、子どもたちの健康は大幅に増進され、その結果、疾病構造は大きく変化した。すなわち、子ども達は、感染症では死亡することがなく、事故とか悪性腫瘍で死亡するようになったのである。そのうえ、社会の豊かさばかりでなく、子ども達の少死とともに、世代の価値観も変わり、少産・少子化も進んで、子ども達の数は激減している。現在小児医療の現場には、感染症に代わり、子どもの心の問題がいろいろと多発し、小児医療も大きな転機を迎えている。現在の小児医療、特に小児総合医療に求められるものを整理して考えてみよう。

  1. 少産・少子も関係して、子宮内に芽生えた貴重な生命を守る周産期医療とともに、出生前治療を目的とする胎児医療の向上と充実も求められている。
  2. 子どもの行動問題の多発への対応が求められている。それには、育児・保育・教育と小児医療とのリエゾンが必要である。
  3. 小児医療の進歩による小児難病の成人化への対応が求められている。先天性疾患ばかりでなく、多くの慢性疾患のキャリーオーバー問題である。新生時期に複雑な心奇形、胆道閉鎖を手術した子ども達、肝炎ウィルスのキャリアになった子ども達、幼児期からインスリンを打ちつづけている糖尿病の子ども達、このような子ども達が大人になり、女性なら妊娠する。この傾向は、今後ますます大きくなるも
    のと思われるが、現在のその医学的対応は果たして充分だろうか。
  4. 生活パターンの変化による生活習慣病(成人病)の若年化に対する医療、さらに心身ともに悩む思春期の患者が増加し、病棟や外来のあり方を含め思春期の特性を十分配慮した思春期医療の充実が求められている。
  5. 子どもを希望する夫婦すべてに子どもを授けることが可能ならば、出生数は10万増加するという。したがって、少子化に対応して生殖医療の向上と充実も求められている。それは、胎児医療、周産期医療と裏表の関係にある。とくに、不妊医療による多胎児の増加が、現在新生児・未熟児医療の大きな問題であることは周知のとおりである。

V. 21世紀の小児医療は成育医療を柱にして
 上述を解決するには、ライフステージの中の小児医療を、ライフサイクルの中で捉え直し大きく展開し、新しい医療体系として位置づけなければならない。したがって、人間発育の流れの小児医療を、胎児期と思春期と拡大し、さらに母性期を取り込み、生命のバトンタッチまでを取り込み統合する必要がある。
 考えてみれば、子どもが「育つ」こと、子どもを「育てる」ことの医療支援に情熱を傾けてきた小児科医にとって、それは統合全体論からみても当然の帰着であろう。この新しい医療体系を、「成育治療」とよぶ。
 「成育治療」の「成育」という言葉は、新生児・未熟児医療などでは、「成育限界」として用いられている。たとえば、新生児の中で、ある体重以下では、育つ力が弱く、現在の医療技術をもってしても育てられない場合、これを「成育限界」という。成育は、「育つ」と「育てる」の両者を統合する概念といえる。
 具体的に述べれば、成育医療とは、生殖医療、胎児医療、周産期医療(産科医療と新生児医療を統合)、小児医療、思春期医療をカバーする小児総合医療の新しい体系である。
 さらに、現在の小児医療を広くみると、小児病院や大学病院小児科、さらには総合病院小児科などの難病を中心とする小児総合医療、小児の救急医療、実地医家などによる診療所中心の外来小児医療、および育児相談、予防接種、成人病予防などの小児保健とに大きく分かれる。そのうえ、子どもの問題行動への対応をするため児童精神医学を柱にして育児・保育・教育と小児医療のリエゾンも考えなければならない。
 したがって、21世紀は難病を中心とする小児総合医療を成育医療として体系づけ、外来小児医療、小児救急医療さらに小児保健とのネットワーク化が重要となろう。とくに、難病の子ども達の成人化を考えると福祉も取り込む必要もある。これらそれぞれが分離しているのでは、子どもの健康を守ることができないことは明らかである。

まとめ
 20世紀冒頭スウェーデンの女性思想家・教育学者のEllen Keyが「児童の世紀」を出版し、世界に感銘を与えた。しかし、20世紀は、その前半に2つの世界戦争、その後の20世紀後半では、発展途上国の局地戦などを除けば、それなりに平和が続いたが、豊かな先進国では心の問題、そして貧困に悩む発展途上国では、依然として体の問題を中心に、子ども達の心と体の健康は充分に守られず、「子どもの世紀」ということはできない。
 しかし、1989年国連による子どもの権利条約の締結は、われわれに新しい力を加えた。小児医療の現場でも、単に治療すると言うことだけではなく、子ども達の闘病生活のQOL、また、教育などの問題も、子どもの基本的な権利として無視できない。したがって。長期にわたり入院を、さらには反復する入退院をくり返さざるを得ない子ども達には、年齢に応じて幼稚園・保育園、さらには学校などに準ずる教育を含めたサービス病院が用意する責任も出てこよう。
 勿論、子どもはたとえ難病であっても、原則として医療は家庭生活の中で行なうべきで、もしそれができないなら、病院の近くに宿泊して外来治療を受けることも可能にする体制も必要となる。成育医療では、特に考えるべき点である。
 21世紀を「子どもの世紀」にするひとつの考えとして、まず子ども達の医療を成育医療を柱にして、外来小児医療・小児救急医療・さらには福祉・保健と構造的にネットワークを組む必要がある。また、子どもの権利条約の立場から子ども闘病生活のQOL、とくに「あそび」とか「学び」など教育も視野に入れて新しい医療のあり方を考えなければならない。勿論、21世紀に向け、育児・保育・教育の立て直しに、小児科医も加わる必要もある。


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キーワード: 小児医療 掲載: 2003/11/21