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ヒレル・ワイントラウプ氏(Mr. Hillel Weintraub)

同志社国際中・高等学校


アブストラクトへ



何か悪いことをしているのだろうと先生に思われるたびに2年生だった私は先生の机の下に入れられて何時間も過ごしてきて以来、私は教えることと学ぶことについて考えてきた。このユニークな観察の場所で、また、以後半世紀に渡って生きて学んできた多くの場所で、私は考える生物として生きる我々に役立つ思想や哲学などの多様さや変移性を高く評価するようになった。

マレーシアのサラワクで、平和部隊ボランティアの一員として幼稚園から小学校までの子どもたちを教えて以来、ハーバード大学教育学部大学院で修士課程の学生を教えるに至るまで、様々な国であらゆる層の人々に教師として接してきた。この15年間は、京都の同志社国際中・高等学校で教えてきた。この学校は外国で過ごした経験が長く、バイリンガルでバイカルチャーな生徒のための特別な学校である。

教え学ぶ中で、3つの経験が特に私を影響を与えた。第一は平和部隊である。マレーシアのサラワクで2年間、マレー人、中国人、インド人、イバン人らと一緒に生活したことは、自分が成長する過程で深く考えることなく受け入れてきた多くの価値を見直す機会を与えてくれた。

第二の経験は、人間として、教師としての私に非常に大きな影響を与えるものだった。大学4年の時に4ヶ月ほど精神病院で患者たちと夜を過ごしてきたこと、そして数年後、ハワイの救世軍ホームでボランティアとして働き、いろいろな障害をもつ若者たちとクリスマスのお祝い劇を創作したり様々な活動をした経験である。彼らとの交友を通じて、私は正気・知能・心身の健康の定義や境界には根拠が無く、徹底的に模索していく意味があることに気付かされたのである。

第三の強烈な経験は、1989年から1991年まで、研究者としてMITメディア・ラボの学習と認識のグループに参加する機会を得たことだった。これは制度としての教育という点で、私がはじめて関わった真の「学習集団」であった。(学びと認識)グループに加わったことによって、京都の現在従事している学校でもそのようなコミュニティ集団を作るのに役立てるかもしれないと考えるようになったのである。

これらの経験を通して、他者とともに学び働くという私のねらいは、 生きる意味を吟味し、それに立ち向かい、作り出すこと

学習者集団の中でそのような活動を行っていくこと

である。

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