トップページ サイトマップ お問い合わせ
研究室 図書館 会議室 イベント情報 リンク集 運営事務局


小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第6章「母乳哺育のすすめ・・お母さんのオッパイは自然のおくりもの−2」


母乳は母と子の共同作業によってつくられる

 母乳がでるメカニズムはあんがい複雑です。ジュースをのむようにストローでチューチューすえば口のなかに入ってくる、というような単純なものではありません。赤ちゃんの吸啜刺激が重要なのです。
 赤ちゃんが乳首を吸啜すると、その刺激が母親の乳首の敏感な乳輪の皮膚から脊髄に、そして脳に伝わります。さらに脳下垂体前葉が刺激されて、プロラクチンというホルモンが分泌されます。そのプロラクチンが乳房の中にある乳腺組織に作用して血液中の栄養分を使って母乳をつくるのです。
 しかし、母乳がつくられるだけでは、お乳は外へでてきません。プロラクチンと同時に、脳下垂体後葉からもオキシトシンというホルモンが分泌されて、乳房組織のまわりにある収縮細胞を収縮させるから、その圧力で母乳が外へ押しだされるのです。母乳分泌は、お母さんのもっている、まさに子育てのプログラムの代表です。
 このように母乳というのは、赤ちゃんが乳首をふくむことによって、母体の条件反射として分泌されるわけです。まさに母子相互作用そのものといえるでしょう。
 また、母乳の分泌はこのように一種の条件反射で行なわれますので、はじめて母親になった人のなかにはなかなかうまく反射がおこらない人もいます。
 赤ちゃんが乳首に与える刺激は、いったん脳に伝わりますから、母親の精神状態が不安定な場合には、脳で刺激伝達がブロックされ、反射がさきにすすまず、母乳がでなくなることもあるのです。産院や病院での哺乳はうまくいっていたのに、退院して家に帰ったとたんに、そんな理由ででなくなる人も少なくないのです。
 それは、夫に育児への理解がない、新しく母親になった妻に、やさしく助けたり、声をかけ勇気づけてくれる人が誰もいないというような状況のときが多いようです。赤ちゃんと2人きりだと、ついつい「私、いいお母さんになれるかしら」と、不安になったりもするものです。良いお母さんであればある程。そういう精神状態では赤ちゃんがいくら乳首をふくんで合図を送っても、お乳はでてこないのです。ですから、いわゆる新しく母親になった女性を優しく勇気づけるドゥーラ役の人の存在が重要なのです。エモーショナル・サポートが大切なのです。優しい勇気づけが必要なのです。
 考えてみると、母乳がでるというメカニズムが、赤ちゃんの吸啜行動を介しての母と子の相互作用であるということは、非常に重要なことだと思います。
 それはすでにみてきたように、心のきずなをつくる母子相互作用が、お互いの働きかけによって、少しずつ強くなっていくところに大きなポイントがあったことと非常によく似ています。母乳哺育も、乳首を吸わせて相互作用させなければ成功しません。
 母乳分泌のしくみをみるために、ちょっと細かい話になりますが、乳房の組織についてみてみましょう。
 乳首のところからたくさんの細い管の乳管がでていて乳管洞となり、その奥に乳腺組織があるわけですが、そのまわりは収縮細胞である平滑筋でとり囲まれています。神経や血管もたくさん集まっています(前頁の図参照)。
 赤ちゃんが乳首をすって、まずおこる反射は乳管の出口にある乳管括約筋がゆるむことです。そして、赤ちゃんは乳首をすうと乳頭が引っぱられて桜んぼのようになり、乳輪が引っぱられて枝のようになるのです。赤ちゃんは吸啜とともに乳首のもと、実の枝のようになった乳輪を歯ぐきで刺激します。その刺激が大脳に伝わりさらに脳下垂体を刺激して、プロラクチンとオキシトシンが分泌されます。前に書きましたように、脳下垂体前葉から出たプロラクチンは、乳腺組織に作用して母乳がつくられ、後葉から出たオキシトシンは、乳腺組織のまわりにある収縮細胞の平滑筋を収縮させるという反射がつぎつぎと連鎖的におこり、母乳が外へ押しだされるというしくみになっています。
 このように、いくつもの条件反射が組合わされておこる母乳分泌のプログラムは複雑です。ですから、赤ちゃんがそのプログラムのスイッチを入れたからといって、機械のように最初からスムーズに動かないのはあたり前です。人間のプログラムは、スイッチ・オンしたからといって最初から直ちに完全無欠には作動しません。
 赤ちゃんにそなわったさまざまなプログラムも、母子相互作用を積み重ねていくうちに、少しずつ本来の動き方をするのと同じように、母乳がでるというプログラムもだんだんにうまく動いていくものです。最初からうまくいかないからといって、少しも悲観することはありません。まず気軽に母乳哺育を楽しむことです。

母乳の出方は吸啜刺激に平行する

 母乳分泌のプログラムがうまく動きだすと、赤ちゃんが右の乳首をすっているあいだ、左の乳首からもお乳がもれるようなこともあります。それを利用して、反対側の乳房をうまく刺激して、乳頭の括約筋をゆるめ、そのポタポタと落ちてくる母乳の量を滴数で測った古いイギリスの研究があります。
 最初は、赤ちゃんもおなかがすいていますから、どんどんすっていきます。それにあわせるように、もう片方の乳首からもお乳がポタポタとしたたり落ちてきます。
 2分もたつと、おなかがいっぱいになったのか、中休みでお母さんになにか語りかけてもらいたくなったのか、口が疲れて、すう力が弱くなってきたのか、吸啜をやめたりします。すると、ポタポタと落ちてくる量も少なくなります。
 そこでお母さんが目と目を合わせて、「どうしたの? もう少しのんだら?」と話しかけると、また赤ちゃんはチューチューとすいはじめるのです。すると、またポタポタと落ちてくる量がふえてきます。
 次頁のグラフの4分から6分の間の比較的長い休みはそれを示しているのでしょう。そういうことを何回かくりかえした結果が、グラフの上ではいくつかの大きな山となってあらわされているのです。
 この章の最初に示した写真のように、赤ちゃんは乳首をすいながら、たいていお母さんの顔、とくに目をみています。比較的長く吸啜を止めているときには、前に申しましたように、お母さんがなにか語りかけてくれるのを待って目をみつめているのです。その証拠に、お母さんが「どうしたの? いい子ねえ」と話しかけると、待ってましたとばかり、赤ちゃんはまたチューチューとすいはじめるものなのです。
 このグラフはそういうやりとりをはっきりと示しています。赤ちゃんというのは、おいしい母乳をすいながら、お母さんとの対話を楽しんでいるわけです。お母さんのよびかけに対するレスポンス(反応)が、再び赤ちゃんのお乳を吸啜するという行動に示されているのです。
 そして、すうのをやめると母乳はでなくなります。ポタポタとしたたり落ちることもありません。母乳がでるというメカニズムが、いかに母親と赤ちゃんとのあいだの、人間的なやりとりに支えられているか、よくわかってもらえるものと思います。



このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。


Copyright (c) 1996-, Child Research Net, All rights reserved.
このホームページに掲載のイラスト・写真・音声・文章・その他の
コンテンツの無断転載を禁じます。

利用規約 プライバシーポリシー お問い合わせ
チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)は、
ベネッセ教育総合研究所の支援のもと運営されています。
 
掲載:2003/11/14