子ども学研究会(2002年6月11日)
安藤寿康(慶應義塾大学教授) レクチャー

「子ども学は、行動遺伝学を救えるか?」
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 要するに、そのときの環境の影響力というのは確かにあるのだけれど、それは一緒にいる、そこの場所にいることからしか出てこなくて、そこから離れてしまうとなくなってしまうということを意味する。ということで、発達とともに遺伝の影響は大きくなる、家庭環境の影響は小さくなって、それは基本的には一緒に生活しているときだけの影響、ということから三つ目のタイトルに行きます。

 「環境というのは今が大事」これもけっこう受けるんですけれども、今そこにいるときの環境は確かにあるんだけれど、それは一生の財産にはならない。過去の栄光におぼれてはいけない、過去の不幸にとらわれてもいけない。というような話をします。

 そもそも遺伝と環境というのはすごく複雑な関係を持っています。例えば女性の飲酒量に及ぼす遺伝の影響というのが、結婚前と後とで変わるという研究があります。これもちょっとクイズですけれども、女性の方が多いので、伺いますが、結婚をする前の方が、いわば自分の、おのれの本能に従って酒を飲みたいという人は飲むし、飲みたくない人は飲まない、という傾向が強いか、それともむしろ結婚した後になった方が、人目を気にせず自由に、自分の己の本能にしたがって酒を飲む、あるいは飲みたくない人は飲まないか、どっちだと思いますか?結婚前の方が自由に酒を飲めたか、あるいは結婚後の自由に酒を飲めたか。結婚前の方が自由だったと思う人手を挙げてください。結婚後の方が自由だと思う人は?自由といいましたけれど、基本的にそちらの方が、遺伝率が高くなるんですね。これは、未婚者の方が高い、遺伝率が60%と40%くらいの程度の差があって、未婚の人のほうが、遺伝的に酒を飲むのが好きという人は飲んでおり、そうじゃない人は飲まなかった。おそらく結婚すると、配偶者の影響などを受けて、飲みたくないのに飲まされるとか、飲みたかったのに飲ませられなかったということが起こってくるんじゃなかろうかと思われる。

 全然違う研究ですけれども、子どもがその場にどれだけよく適応しているかというのを観察評定するという手法を使って、子どもがみんなで一緒に心理検査をやるみたいな、ちょっと統制された場面と、自由に自分の好きな遊びをやっていいよという、どちらの方がより環境に適応していると評定できるか。これも遺伝率が関わってきまして、どっちのほうが遺伝率が高いか。どちらでしょう。これは、自由遊び場面の方が高いことが示されています。こういったことから、基本的に遺伝の現れ方というのは、決して遺伝だからといっていつも必ず同じように出るというわけではなくて、環境によって出たり出なかったりすることがあるらしい。

 他にも色々な例を挙げるのですけれども、より遺伝的な素質に合った環境の方が学習成績が良くなるというような実験を、僕は自分のドクター論文でしたりして、それの話もして、結果的に一つの格言として、自分の遺伝的素質に合った環境選びというのが大切なんですよ、で、特に今紹介した事例でも読み取れるのは、きっと自由な環境の方が遺伝的な素質を開花させる可能性があるんじゃないか、ということがいえるのではないかということです。

 最後のトピックです。行動遺伝学というのは決して遺伝の研究だけをやっているのではなくて、遺伝もいわばメガフィルムとして、遺伝のことを統制することによって環境の影響というのを逆に浮き彫りにすることもできるのです。その方法論なのですが、そこでひとついわれていることというのが、親の影響というものに対しての、行動遺伝学者からすると、根強い誤解というものを暴く、という話です。子は親の鏡と言えるのだろうかと。

 子は親の鏡というのは、どの国でも、親がああだから子がこうなるという、遺伝とは違った意味で、親がこういう育て方をするから子どもはああなっちゃう、という言い方がよくされます。例えば最近でも「子どもが育つ魔法の言葉」のような本がベストセラーになって、ここで言われているのは、例えばけなされて育つと子どもは人をけなすようになる、とげとげした家庭に育つと子は乱暴になる、不安な気持ちで育てると子も不安になる、というような、一般化すると、Xという育て方をすると子どももXになるという、単純な図式がよくいわれ、そうしないようにしましょうね、ということが言われるのですけれども、本当にそうでしょうか。

 これも双子の研究で、一緒に育った双子と別々に育った双子を比較するという研究があります。もし同じこの親に育てられれば、例えば不安な気持ちの高い親に育てられれば子どもも不安になるとすれば、一緒に育てられた一卵性の双子の方が、別々に育てられた一卵性の双子よりも類似性が高くなるはずですよね。本当にそうなるか。だいたい100組ずつぐらいの研究、これは、ブシャードというミネソタ大学で別々に双子を研究している人たちのデータですけれども、まず同環境に育った一卵性の類似性。0.4ぐらいです。で、もし別々に育った子、親が神経質だから子どもも神経質になるというものだとすれば、別々の環境に育った双子の類似性はもっとずっと低くなるはずなのですが、どうなるかというと、こうです。基本的にこの差は有意ではありません。むしろ二卵性との差の方がはっきり現れています。ということは、基本的にきょうだい間でこの程度類似する理由というのは、一緒に育ったからではなくて、遺伝的なものが共通だったからということになります。
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