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−対 談−
シナプスの微量物質が心と体のバランスを支配する
小林 登×持田澄子

1  人間理解に重要な神経伝達の仕組み
小林 神経伝達物質というのは、きわめてミクロな現象に関わるものですが、人間の複雑な生命現象を説明する上で重要な物質であることがわかってきました。人間の気質や心の病、さらに子どもの発達障害とも密接な関係があると言われています。ですから、本日は持田先生のお話を聞くのを楽しみにしてまいりました。
持田 私は末梢神経の研究をしているだけなので、最終的に人間の複雑な神経回路網の仕組みが分かっているのかどうか、自分で疑問に思うこともありますけれど、分子レベルの現象は脳の中でも同じように起こっていると思いますので、わかっている範囲のことならお話できると思います。
小林 持田さんは、ずっと伝達物質の研究をされているんですか?
持田 そうです。シナプスについてずっと研究をしていまして、最初の十年ぐらいはシナプスの後細胞の伝達物質の受容メカニズム、それからそれが電気応答にどうつながるかについて研究していました。その後、フランスに留学する機会がありまして、神経終末から伝達物質がどういうふうに出てくるかということに興味を持ちました。このところはその問題をずっと研究しています。
小林 神経伝達物質もたくさんありますが、今いくつぐらいあるんですか。
持田 例えば膓内で見つかっているペプチドなども脳内で伝達物質として使われていることがわかってきていますので、そういうものまで入れるとかなりの数になるのですが、教科書的には四十から五十くらいです。
小林 そんなにあるんですか。我々が勉強したころは、まだ五つか六つぐらいだった(笑)。
持田 そうですね。昔はアセチルコリンがメインでしたが、今はもっぱらアミノ酸で、とくにグルタミン酸の研究が進んでいます。
小林 神経の信号の伝わり方は、シナプスでは伝達物質を介した化学信号なわけですが、それまでの神経細胞、その突起の神経線維の中を走っているときは電気信号ですよね。どうしてこんな仕組みになっているんでしょう。
持田 私もそれがとてもおもしろいと思うんです。今年の四月に亡くなったバーナード・カッツという学者が、そのことをずっと研究してノーベル賞をもらっています。
 神経の信号はご存じのように電気信号で、通常は神経細胞の中がマイナスに帯電しているのですが、それが崩れてプラスに変わることで伝わっていきます。その信号が神経終末に行きますと、そこに細胞の外からカルシウムが入り込むんです。それが引き金となってシナプス小胞に入っている伝達物質の放出が起こります。そこで電気的信号から化学的信号に置き換わります。(図1)
小林 カルシウムが伝達物質を引き出すんですか。
持田 はい。伝達物質が放出される引き金になるわけです。
 神経で信号が発生するということは膜が脱分極するということなんです。ただ、それだけでは伝達物質の放出は起こらなくて、カルシウムの流入が大事なんです。流入したカルシウムによって、シナプス小胞の中の神経伝達物質がシナプス間隙に放出されてくるんです。
 それがどのようなメカニズムで起こるのかは、十年ぐらい前までは理解されていませんでした。それがわかるきっかけとなったのは、80年代の後半から神経終末内にいろいろなたんぱく質があることが確認されてからです。たんぱく質同士がインタラクションする、つまり結合し、また離れるということが、入ってきたカルシウムによって起こります。最終的には小胞が神経終末の膜と融合して、中のものが外に放出されることがわかってきたんです。
小林 電気信号に戻るときにはどうなるんですか。
持田 シナプス間隙に放出された化学伝達物質が、今度はシナプス後細胞の伝達物質の特異的な受容体に結合します。そうしますと、多くの場合は受容体そのものが、イオンを通す筒と言ったらいいんですか、イオンチャネルとして働くということがわかってきています。化学伝達物質がその受容体にくっつきますと、それまで閉じていたチャネルが開いて、細胞にイオンが出入りすることによって電気信号が作られるわけです。(図2)
小林 伝達に関係する化学物質は神経細胞によって一つに決まるんですか。
小林 かつては、決まっていると言われていました。デールの法則といって、1936年にノーベル生理・医学賞を受けたヘンリー・デールが提唱したことですが、一つの神経は一つの伝達物質しか持っていないと言われていたんです。ただ、その説は崩れつつありまして、今は一種類だけではないと言われています。例えばアセチルコリンやグルタミン酸は速く信号を伝える伝達物質であり、ペプチドはゆっくり情報を伝えるのに使われています。一つの神経が速い伝達物質と遅い伝達物質を持っていることがわかってきました。
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