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−対 談−
シナプスの微量物質が心と体のバランスを支配する
小林 登×持田澄子

4  地球上のすべての生き物に共通する神経伝達物質
小林 抹消神経の伝達といった、非常に微細な研究であっても、その研究をしたことによって、生き物を見る目が深くなったり、広くなったりということはありますか。例えば、実験でいろいろな下等動物の動きを見ていて、どういう神経系統があるのかなと思ったりするんですか。
持田 動物を見て、そこにどんな神経が走っているかとか、そういうことはあまり考えないんですけど、実験に下等動物を使うのは非常におもしろいことだなと思います。例えばアメフラシは、おなかを開くと、外に出ている口があって、口から消化管につながっていて、あとは神経だけという、非常に単純な構造です。神経も、中枢神経や口を動かす神経、それにエラを動かす神経など、ほんとに単純なものしかない。その単純な神経を研究することによって、人間の仕組みを考えるわけです。
 人間はあまりにも複雑過ぎて、その一つ一つを見ていてもわからないですよね。それを、単純な系の動物を見ることによって明らかにしていった。下等動物を使うことを思いついた昔の人はすごいと思います。
 ゾウリムシ一つでも、動く方向をちゃんと考えている──「考える」と言うと語弊があるんですけど、ある方向に繊毛を動かしたとき、嫌いなイオンがあったらそれと反対の方にちゃんと動く。かわいいですよね(笑)。すごいですよねと言った方がいいのかな。
小林 進化の歴史から考えた場合、人間と人間以外の動物とでは神経伝達物質に大きな違いはあるんですか。
持田 神経伝達物質に関しては、下等動物から人間まで同じようなものを使っています。例えば昆虫はグルタミン酸を伝達物質として使っていますし、電気生理学実験によく使われるイカもそうですね。2000年に生物学者のエリック・カンデルが記憶のメカニズムについての研究でノーベル賞をもらったんですが、アメフラシが反射的にエラを引っ込めることを覚えさせる使用する神経の伝達物質がセロトニンであることを明らかにしたんです。
小林 ほほう。進化のレベルはあまり関係ないんですね。
持田 そうみたいです。
小林 先生は実験ではどんな動物を使われているんですか。
持田 ラットです。生後一週間のラットの神経細胞を培養して、それを一か月から一か月半ぐらい置いておきます。神経細胞を培養するときには、酵素処理してばらばらの細胞にしてしまいますので、そこでシナプス結合が全部切れてしまいます。その状態にしてから、培養皿の中で培養してみますと、シナプスが再形成されます。その培養皿の中でつくられたシナプスを使って、伝達物質がどのように放出されているかを研究しているんです。
小林 酵素でばらばらにしたときには、その神経細胞が使う伝達物質はもう一個なら一個に限られてしまうんですか?
持田 私が使っている自律神経細胞は、普通だったら体の中ではノルアドレナリンを伝達物質として放出するんですが、細胞をばらばらにして培養皿に入れてシナプスを形成させると、伝達物質がアセチルコリンに変わってしまうんです。まったく違う伝達物質を放出するようになる。それはとてもおもしろいことで、私はそれ自体を研究してはいないんですが、伝達物質を変えるファクターを探す研究をしている人もいます。
小林 まだまだ、かなり研究の広がりのある分野ですね。先生が最終的に目指していらっしゃるものは何ですか。
持田 今のところは、シナプスでの伝達物質の放出の機構が、まだ完全には解明されていませんから、そのことを見極めたいなと─見極められないまま終わってしまうかもしれませんが、やってみたいなと思います。
小林 ぜひ、がんばってください。本日はどうもありがとうございました。
持田 こちらこそ、ありがとうございました。

2003年12月25日東京医科大学 第一生理学教室にて
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