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女性1:
 育児雑誌のライターをしています。各先生方の興味深いご発言どうもありがとうございました。特にフリードマン先生のお話の中で、「子どもの保育経験よりも、その家庭の所得や母親の学歴、両親がそろっていること、母親の離別の不安、母親の気分的落ち込みなどの家族と家庭の特徴のほうが母子相互作用の質に深く関係している」とありました。これはアメリカのみならず日本にも当てはまる部分があるのではないだろうかと思います。それで、母親一人ではどうにもならない部分があると思います。それこそ子育てをチームでやるということ、周りの保育士の方々やドクターらがサポートしていかなければならない部分だと思います。この点をどのようにお考えになっていらっしゃいますか。各先生にお伺いできればと思います。よろしくお願いします。

今井先生:
 私は、授業のない日の午前中、子ども家庭支援センターや保育園などで母親たちの育児支援に携わっています。支援センターにくる母親たちに、センターにくる前にアンケートを採りますと、先ほど高木先生がお出しになったデータよりも育児に対する不安が非常に大きい数値が出ました。非常に育児に不安を持っている、という人が平均して6割近くいます。ところが、そういうセンターでお友達が出来たり、相談を気楽に出来たりして、通うようになると、時々まだ不安だけれども育児が楽しくなった、と逆転するのです。
 私はこの数値を実際に採ってみて、孤独感がどんなに強いものなのかわかりました。ですから、保育所だけではなくて、いろんな市町村で子育て支援センターのようなものがもっと作られることが大事だと思います。出産以前に子どもとの接触経験が非常に不足している、まさに育児の伝承が行われていない母親たちに対して、どうして子どものことをもう少しみてもらえないのか、と正論を言って追い詰めていったことがかつてあったような気がします。だいぶ若い頃ですが、私は子どもの代弁者なんだという意識で、子どもの立場を母親たちに訴えていって、随分押し捲ったものです。
 そういうときは子育ての主体者である母親自身と好ましい関係ができませんでした。しかし今は、いろいろなことが分かってきて、母親たちが、私とは違う、大変な時代を生きているんだと、母親たちのしんどさや悩みが理解できるようになりました。そして、とにかく何でも話してもらって、一緒にやっていきましょうよ、という姿勢を持ちますと、母親たちが何でも本音を話してくださいますね。
 例えば、母親は喧嘩をとても嫌がるんですが、ビデオを見ていただいたりして、喧嘩って大事よ、と話したりします。また、子どもがモノを嘗め回したり、センターに来ておもちゃ棚のものをみんな落としたりすると、それはやっちゃいけません!と非常に禁止が多いんですね。でも、そういうことを一つ一つ、子どもって今こういうのを落としたがる時期でね、とか、ベッドから落とすとお母さんが拾ってくれて、また喜んで落とすでしょう、落とすことがとても好きなのよね、とか。そういう話を気楽にできるようになると、母親たちも子どものことをよく分かってくれるような気がします。ですから、私は育児の支援をみんなでしていくことがとても大事なのではないかと思っています。

松本先生:
 私自身の経験から申し上げます。先ほどご紹介しましたように私どもの福岡市医師会方式の乳児健診はによるデータ解析はいわゆる前方視的な方法でやっております。それで分かったことの一つが、母親の育児感情を計量化して検討した結果、第一子が一番育児不安が強いということです。第二子、第三子になるに従って、子どもの数が増えるから育児不安が強くなるのではなく、逆に反比例してどんどん低下していくことがはっきりデータに出ました。そこで、育児不安を強く持ちやすい第一子を持った母親だけ集めて、私は月に一回育児教室をやっております。そのときに、育児は楽しいですよという意見がある一方、育児は本当に苦しい、首をしめてしまう、などといろいろな話を率直に伺うことができます。その際、育児を決して一人で悩まないこと、そして育児サークルや保育所など地域の様々な資源を利用することなどを、私どもはいろいろな面から提案してきています。

内田先生:
 松本先生のお話と関連しますが、子どものことがわからない、特に第一子で不安が大きいようです。いまの母親は活字に強い人が多いので育児書を随分みるようですが、目の前の赤ちゃんが本の通りに育っていかないとなると、ああ困った、と思い、発達の進んだ赤ちゃんを見ると、不安がますます高くなるという状況があるようですね。
 そういうときに、今井先生も言われましたが、何らかの形で育児を支援するような雰囲気づくりを、もう少し私たちの社会で意識的に取り組むとよいですね。そして、保育に対する投資はアメリカだけではなく日本も非常に少ないと思います。
 以前、幼児教育調査を何ヶ月間か数カ国をまわって行ったことがあります。ロンドンの市役所での取り組みですが、「午後一時のクラブ(One O'clock Club)」というものを組織していて、遊びの専門家であるソーシャルワーカーが車にいろんなおもちゃを積んで地域の集会所を巡回しておりました。これは行政が用意したものでした。社会福祉士の専門家がそこに行って、子どもを持った母親たちに、幼稚園にまだ行っていない子どもたちの遊びの時間を設けるというものです。公報で巡回時間を知った母親と子どもたちが時間になると集まってきます。異年齢の子どもたちが交われるように遊びの専門家が一緒に遊んでいる間に、キッチンエリアでは母親たちのほか子どもを持ってない女性たちも混じり、それぞれが家で焼いたクッキーなどを持ち寄って紅茶を飲みながら、先輩お母さんからアドバイスをもらっていました。このような制度として利用できるものをみたときに、子どもに対する考え方が随分成熟した文化なんだなって思ったわけです。
 今、日々の暮らしをみていて残念なのは、他人の子どもだと一切危ないことをしていても声もかけない、叱らないということがありますね、それは母親自身が閉鎖的になっていて他人からの言葉を受け入れない頑なさを持っているからかもしれないし、守りに回ることで人に後ろ指を指されないようにしたいという気持ちを持っているのかもしれません。そのようにさせてしまう、社会の側の子育ての意識の低さみたいなものに、私はちょっと危機感をもっています。子どもが今少なくなっていますし、きちんと文化や人間を大事にするという価値観を受け継いでいけるような子どもを一緒に育てられる工夫ができないかと。それから、先ほどフリードマン先生もおっしゃっていましたが、例えば高校や中学の家庭科や保健の時間にでも、家族や家庭を営むことについて学習する機会を積極的に取り入れていったほうがいいのではないかとも思っています。

牧田さん:
 ありがとうございました。他にご質問、ご意見などありましたらお願いします。


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