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イギリス 多様な教育と子どもたち 第6回
オルタナティブ教育

イギリスには親が子どもを「学校」へ行かせる義務はない。英国教育法(1944年版第36条、現1996年版第7条)は、「義務教育の年齢に達している子どもを持つ親はその子どもにあったフルタイムの教育を(中略)学校へ定期的に行かせることまたはその他の方法で与える義務がある」としている。'またはその他(or otherwise)'の部分は、王室や裕福な家庭では子どもを学校へやらずに家庭教師をつけていたことなどから付け加えられたといわれるが、この2語のおかげでその後の様々な形の教育が行いやすい環境ができている。例えばイギリスでは現在も最低5人の子どもが集まった時点で学校として教育省へ登録することができる。

オルタナティブ教育の哲学

「学校絶対視からの脱却」という意味において1970年代から80年代にかけて北米、英国を含むヨーロッパで「オルタナティブ教育−Alternative Education」と呼ばれる教育活動が盛んになった。オルタナティブ(Alternative)とは英語で「代わりの、別の、代替の」という意味である(注1)。

「産業社会」から「脱産業社会」に入った時期に、イリイチなどの近代文明批判と結びついた脱学校論が注目されるようになった。そして近代の制度としての学校が、過剰に制度化された近代システム社会の病弊を象徴するものとして取り上げられた(吉田、1999年)。

オルタナティブ教育における哲学は、オルタナティブ技術を提唱した「スモール イズ ビューティフル」の著書で知られるシュマッカ−や、ジャン・ジャック・ルソー(注2)、ジョン・ニール(注3)、ジョン・デューイ(注4)、ルドルフ・シュタイナー(注5)などの考えに影響を受けている。

様々な実践の形がある中で、オルタナティブ教育の実践者に多く共通している考え方してはミラー(1992、吉田1999年にて引用)が以下の4つの点を挙げている。

(1) 教育を、人格の全体性(ホール・パーソン)−すなわち知性的、身体的、社会的、倫理的、創造的、精神的なレベルの統合されたシステムとしての人間の全体性−の成長を促進するものであると理解すること。
(2) 教育は、「いのちへの畏敬」に根ざすべきものであり、子どもの中でこれから開花しようとしている「いのち」への驚きと敬意から出発すべきものであること。
(3) 教育は、(教師中心でも児童中心でもなく)学習者と教育者の相互的な関係性があってはじめて成り立つこと。
(4) このような教育を実践しようとすると、必ず現在の社会との間で葛藤が生じるため、現在の社会を変革していくことと同時進行で教育をすすめること。

イギリスにおいても国定カリキュラムの導入やテストの増加など、一律の型にはまった教育が形作られていくにつれて、それに疑問を感じる親や教育者たちが子どもを家で教育したり、自分たちで小さな学校を設立していくようになった。


オルタナティブ教育の形式

オルタナティブ教育においては決まった形式はない。親たちが集まって設立する小さな学校「スモール・スクール」や特定の信仰に基づいた教育グループ、明確な独自の思想を持つシュタイナー学校やモンテッソーリ学校もある。親やそのネットワークが地域の公園や図書館など様々な場所を使いながら主に家庭において教育していく「ホーム・エデュケーション」の形もある。教えられるカリキュラムも様々で国定カリキュラムに添って授業を進めていくグループもあれば、全く独自の方法で教育を進めていくグループもある。

形は異なっていても以上に述べたような哲学に基づき、子どもと大人の関係を大切にした教育活動が行われること、そして子どもが多くの主導と選択権を持つ実践が行われていることが特徴である。例えば日本にもよく知られている「フリー・スクール」であるサマーヒル・スクールでは、スタッフと子どもたちが同等に発言権を持ち、学校の運営や問題の大部分について話し合う。また、他人の自由を侵さない限り、自分の自由は保障され、授業の出欠席も自由である。

子どもが自分で自分の行動に責任を持てる環境を創ることは、子どもの成長段階において重要な要素の一つである。サマーヒルの生徒の1人はこう語っている。
「とても自信がもてるようになったよ、初めてここに来た時は本当にはずかしがりやだったから・・・重要な人たちのためだけのもので、自分はできないんだと感じたりもしないよ。」(サマーヒルのリーフレットより)


活動における課題と今後の展開

多くの子どもたちに精神的に安定し独立できる教育環境を提供してきたと共に、多くのオルタナティブ教育の試みには絶えず資金面の問題がつきまとう。デンマークやオランダなどとは異なり英国においてはいわゆる「私立」の学校には政府から資金的援助がない。1982年デボン地域の親たちにより開校された「スモール・スクール」も絶えず資金に困り、その後に続こうとする学校も開校後、数年で閉校してしまう場合が後を経たない。

またオルタナティブ教育は経済的に貧困である家庭や、教育を十分に受けられなかった保護者が実践していくことが難しい点があり、多くの子どもが通う「オルタナティブでない学校」も同時に変わらなければ、社会全体においてその教育的価値を高めていくことは難しい。

そのような中で近年挙げられる興味深い活動としては、英国でオルタナティブ教育に関わってきた人々や団体が、既存の「学校」にその哲学や成功を吹き込もうとしていることである。(これについてはフィオナ氏の論文をお読みいただきたい 【原文(CRN英語版へリンクします)】 【日本語訳文】)。

オルタナティブ教育が公教育の改革にどのように影響を及ぼすか。反学校、脱学校の姿勢を越えて、学校をどう再構築していく力となるか。型にはまった「学校」を、その型を破った形での実践で成功をおさめている人々が自ら変革していこうとしている。



(注1) 「オルタナティブ教育」の定義について
「標準的な'公立'または'国家コントロール'を受けた学校が提供する'伝統的'な教育よりもむしろ、特殊な教育方法やプログラム、活動や環境を求める子どもや家庭のためにデザインされた学校」国際教育辞典(The International Encyclopaedia of Education、1994年)より。フリー・スクールやインフォーマルで構造的でなく、地域に根差した「脱学校」の型をとる。普通学校で実践されている場合は、進歩主義教育の側面を打ち出した形であることが多い。

(注2) ジャン・ジャック・ルソー(1712−1778年)
フランス出身の哲学者。教師は子どもの学びたいという気持ちを大切にし、教科書よりも子どもたちの身の回りにあるものから自身が感じながら学んでいくこと、学習者が中心になった学習の場を提供することの大切さを唱えた。後の進歩主義教育運動に影響を与えた。

(注3) ジョン・ニール(1884−1973年)
スコットランド出身の教育学者であり、進歩主義教育運動の先駆者。ドイツ、オーストリアで教鞭を取った後、イギリスで自らの教育哲学に基いたサマーヒル・スクールを設立。生徒自身が規則を作り実践すること、生徒の自由を大切にすることをモットーとしている。

(注4) ジョン・デューイ(1859−1952年)
アメリカ出身の哲学者、教育学者。相互関係、振り返り、経験を大切にし、地域との関わりと民主主義に重点をおいた教育哲学を唱え、自ら実践した。

(注5) ルドルフ・シュタイナー(1861−1925年)
オーストリア出身の哲学者、科学者。ドイツのウォルドフたばこ工場で働く人のために学校を設立。以後、子どもの経験や神秘的、宗教的な感覚を大切にする彼の哲学に基く学校が世界中に500校以上設立される。学校では主に担任が同じ子どもを9年間受け持つ。



より深く知りたい方へ
関連ウェブサイト
<日本語>
東京シューレ http://www.shure.or.jp
日本のフリー・スクールの先駆的存在。ホーム・エデュケーションについても詳しく掲載されている。

ホームスクーリング・ネットひめじ http://www2h.biglobe.ne.jp/~hsn-hime/
ホームスクーリングに関する基礎知識や、ホームスクーリングを実践している家庭からのレポートを紹介している。毎月発行するニュースレターの一部や、開催するイベントの様子も閲覧することができる。

フリー・スクール全国ネットワーク http://www.freeschoolnetwork.org
全国のフリー・スクールへのリンクや、世界のフリー・スクール紹介のページもある。イギリスのサマーヒルについてのレポートもあり。

<英語>
ヒューマン・スケール・エデュケーション(Human Scale Education)
http://www.hse.org.uk
小さな学校(スモール・スクール)や小さなクラスを推進していく任意団体。オルタナティブ教育を行う学校や新しく始めようとする保護者への情報や研修を提供。政府への「人間的なサイズでの教育」の呼びかけも行っている。

エデュケーション・アザワイズ(Education Otherwise)
http://www.education-otherwise.org
主に英国の会員が母体になっている任意団体。学校外で教育を受けている子どもを持つ保護者へのサポートと情報を提供。英国教育法や「学校は義務ではない」などの記事も掲載。

サマーヒル・スクール(Summer Hill School)
http://www.s-hill.demon.co.uk
ニールにより設立されたフリー・スクール。生徒の自由と学校の民主的な運営が特徴。世界各国から研究者の訪問が絶えない学校。

サンズ・スクール(Sands School)
http://www.sandsschool.demon.co.uk
生徒と教師が共に学びの場を創造していくことを目指す学校。1987年に設立。65人の生徒に対して7人のスタッフがいる。

フリー・レンジ・エデュケーション(Free Range Education)
http://www.free-range-education.co.uk
家庭で教育を行っている保護者に対するサポートや、近隣のサポートグループ(保護者のネットワーク)などについての情報を提供している団体。

エデュケーション・レボリューション (Education Revolution)
http://www.educationrevolution.org
世界中のオルタナティブ教育についてのニュースや情報を掲載



参考文献
シュマッハー、齋藤志郎訳『人間復行の経済』(原題『Small is beautiful スモール イズ ビューティフル』)佑学社、1977年

吉田敦彦著『ホリスティック教育論―日本の動向と思想の地平』日本評論社、1999年 ISBN 4-535-56128-1

Carnie, F. Large, M. & Tasker, M. (1996) Freeing Education: Steps towards real choice and diversity in Schools, Gloucestershire: Hawthorn House. ISBN 1-869-890-825

Darling, J. (1994) Child-Centred Education and its critics. London: Paul Chapman Publishing Ltd. ISBN: 1-85396-2252

Husen, T. & Postlethwaite. T. N. (eds)(1994) The International Encyclopaedia of Education: Second Edition. Oxford: Pergamon. ISBN 0-08-041046-4

Spencer, R. (1999) 15 Small Schools, Bath: Human Scale Education.

The Hillcole Group (1997) Rethinking Education and Democracy: A socialist alternative for the twenty first century. London: The Tufnell Press. ISBN: 1-872767-45-1



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