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イギリス 多様な教育と子どもたち 第7回
カリキュラム変化と教育の動き

イギリス(注1)には13年前(1988年)まで、国によって定められたカリキュラム(注2)がなく、教員たちが独自に生徒や学校の状況に合せて教授内容を決定、実践をしていたということは他国の多くの教育者を驚かせる事実である。

定められたカリキュラムがなかった時代から、国定カリキュラム(注3)が導入された過程には、よい意味においても悪い意味においても大きな「ショック」が伴った。今回の連載のためにアリスター・ロス教授が、過去約10年間のカリキュラム変化とそれに伴う教育の動きについて述べてくれるので【原文(CRN英語版へリンクします)】 【日本語訳文】、ここでは特にその変化が教室内でどのように具体的な影響を与えたかについて見ていく。


国定カリキュラムの導入

1944年の教育法で全国的に定められていたのは「宗教教育を学校で実施する」ということのみで、教師は授業内容や教授法について多くの自由度を持っていた。特に試験などが課せられていなかった小学校ではその傾向が強かった。

1988年の教育改革法(Education Reform Act)において「広く、バランスのとれた」カリキュラムの提供、「標準を上げる(Raising Standard)」という目的で1998年に国定カリキュラムが5歳から16歳における教育内容に適応されるようになった。教育基準と目標が設定され、生徒が同じ事を幾度も習うことの回避、生徒と教員が学校を移った際に直面していた学びのギャップを解消した。


教員へのプレッシャー

しかしその一方で国定カリキュラムの達成目標にどれだけ生徒が近づいているかをテストしたり、その達成をレポートに書き提出したりなど、授業外での教員の仕事が大幅に増えた。そのため「本当の」教育の部分とみられていた授業計画や創造、生徒の声に耳を傾けたり、展示物を作ったりするようなことをする時間がなくなり、創造力のある教員はやる気を失ったともいわれている(Polland, 1994)。

「子どもを中心とした教授の楽しみはどこかへ行ってしまったわ。子どもたちが教室へ運んできてくれる事柄に対して取り上げる時間がありません。」
「教員として子供に学びかたを教えたり、質問をすることを励ましたりすることができなくなりました。自分が教えないといけないことがありすぎて。」
(教員のコメント、Cox 1994, Cox & Sanders, 1994)


教員と生徒の関係

子どもの興味関心(又は教員の興味関心)から始まっていた授業から、達成するべき目標へ子どもを近づけていく授業へとの変化の中で、教室における教員と生徒の関係も変化していった。

国定カリキュラムが導入された直後の1991年から1996年にかけて行われた研究において以下のような興味深いデーターがある(Pollard et al, 2000より一部抜粋)。

「教室の中で子どもたちが誰と学習をしているか」
(観察した授業時間全体を100%として)

1人で グループで 教員を含め全体のクラスで
1991年 26.6% 13.0% 30.6%
1993年 44.3% 5.4% 25.9%
1996年 44.9% 8.1% 24.3%

「教員が教室で行っていること」

説明をする 指示を与える 励ます
1991年 32.7% 35.8% 5.1%
1993年 46.5% 31.6% 4.3%
1996年 63.4% 20.9% 1.1%

この統計を見ても分かるように、内容をより多くカバーしていく為に、子ども同士がお互いに学び合う機会が減り、教員が説明を行う時間が年々に増えていっている。

また、はっきりと繋がりが証明されているものではないが、国定カリキュラムからのプレッシャーが学びについていけない子どもたちにやる気を無くさせ、それが退学に繋がる可能性があるとも言われている(Berkeley, 2001)。


これから

小学校に導入された「読み書き(Literacy)」と「計算(Numeracy)」の時間も含め、国定カリキュラムが基礎的な学力向上に貢献しつつあるという見解もあり、枠組みの急激な変更は現在のところ見られない。基礎や標準を大切にしていくのか、それとも子どもたちや教員の創造力を伸ばす機会や個人差を大切にしていくのか。それ以外の様々な要素も含め、国定カリキュラムの成果と弊害、これからの方向性についての評価が多く必要とされている。

総合学習の時間のように、日本において学校や教員にまかされるカリキュラムが導入される一方、その様なカリキュラムを長年持っていた国は、「基礎」を固めるための全国的なカリキュラムを推進める。子どもたちにとって「よりよい」教育機会提供のために両者がおちあうのはどの地点なのだろうか。



(注1)今回の内容ではイングランド地方とウェールズ地方の教育法のみを指す。

(注2)カリキュラム−カリキュラムの定義には様々ある。ここでは、生徒の学習の必要性や、望まれた教育ニーズに合うよう教育機関により開発されたアイデアやアクティビティの全体構成についてを述べる。その他、教えられる内容についてのみを単に指す場合、教育手法やどのように生徒の達成度について評価されているのかを含む場合、また根底にある理論や教育哲学についてを指す場合もある。

(注3)日本でいうと文部科学省の指導要項に近いものである。詳しくはロス氏の論文を参照。



より深く知りたい方へ
ウィブサイト<英語>
National Curriculum Online [国定カリキュラム オンライン]
http://www.nc.uk.net/home.html
教科ごとにそれぞれの国定カリキュラムについて掲載がある。掲載教科は、言語(英語)、数学、科学、デザイン&技術、情報コミュニケーション技術、歴史、地理、現代外国語、芸術&デザイン、音楽、体育、宗教教育、市民教育

Office for Standards in Education (OFSTED) [教育標準オフィス]
http://www.ofsted.gov.uk
1992年に設立された政府から独立した機関で、独自の報告書やレポートを書くことによって学校や教育水準を上げることを目的としている

The Qualifications and Curriculum Authority (QCA) [資格とカリキュラムに関する機関]
http://www.qca.gov.uk
国定カリキュラムの内容、テスト、評価などについての情報が提供されている



参考文献
Berkeley, R. (2001) Excluded or Empowered: The National Curriculum and Exclusions. in Cullingford, C. and Oliver, P. (eds)(2001) The National Curriculum and Its Effects. Hampshire: Ashgate Publishing Limited. ISBN 0 7546 1278 3

Cox, T. (ed)(1996) The National Curriculum and the Early Years: Challenges and Opportunities. London: The Falmer Press. ISBN 0-7507-0601

Cox, T. and Sanders, S. (1994) The Impact of the National Curriculum on the Teaching of Five Year Olds. London: The Falmer Press. ISBN 0 7507 0251 6

Farrell, M. (1999) Key Issues for Primary Schools. London: Routledge. ISBN 0-415-18262-X.

Hacker, R. G. and Rowe, M. J. (1998) A longitudinal study of the effects of implementing a National Curriculum project upon classroom processes. in The Curriculum Journal Vol.9, No.1. British Curriculum Foundation. ISSN 0958-5176

Polland, A. and Triggs, P. with Broadfoot, P., McNess, E. and Osborn, M. (2000) What Pupils Say: Changing Policy and Practice in Primary Education - Findings from the PACE project. London: Continuum. ISBN 0-8264-5062-8

Polland, A., Broadfoot, P., Croll, P., Osborn, M. and Abbott, D. (1994) Changing English Primary Schools?: The Impact of the Education reform Act at Key Stage One. London: Cassell. ISBN 0-304-32923-1



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