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イギリス 多様な教育と子どもたち 第9回
チャリティー(民間団体)の教育における貢献

イギリスの多様な教育について語る際に欠かすことのできないことの1つに民間団体(チャリティー)の教育への貢献がある。教育政策提言、学校の運営から保護者のサポートまで様々な教育活動を提供している「チャリティー」の存在と政府との関係を見ながら、様々な子どものニーズにあった教育提供について考えていく。


1. チャリティーとは?

イギリスで活躍している民間団体は、NGOという呼び方よりも「チャリティ−(Charity)」と呼ばれることが多い。「チャリティー」には、日本語で「チャリティー・コンサート」と使われるようにキリスト教の言葉からくる「愛」や「慈善」という意味がある。しかしイギリスで団体自体を指す場合には、多くの場合宗教的な意味はなく、「他人の利益のために活動する法人や団体組織」(オックスフォード英語辞典)の意である。その法的な立場は異なるが、日本でいうところのNGO(Non Governmental Organisation:非政府組織) や、NPO(Non Profit Organisation:非営利組織)にあたると言える。チャリティーはイングランドとウェールズ地方のみにおいても現在約20万弱あり(188,116団体:2001年)、その中で実に多くの団体が様々な教育活動、サービスの提供を行っている。チャリティーの財源は様々であるが、主に会費や寄付金、財団などからの事業助成金、カードや出版物販売、セミナー開催などからの事業収益から成り立っている。約6割ほどのチャリティーは約180万以下の年間収益で運営されていることが多いとされるが、20万のチャリティー全収益を合せると年間4兆8000億円ほどになる。


2. 「チャリティー」の教育への関わり

モリス(1996:1)は「学校教育の歴史を通して変わることのないテーマはボランティアセクターと、地域や中央政府組織、そして学校運営委員会の間に生まれるパートナーシップである」と述べる。チャリティーの教育における貢献の仕方は主に2つの種類に分かれる。

2-1. 学校運営を通した教育の提供
チャリティーには、現在では経済的に余裕のある家庭の子どもたちが多く通う「パブリック・スクール(Public School)」と呼ばれる私立学校も含まれる。この「パブリック・スクール」は元々、ストリート・チルドレン(Street Children:路上で住む子どもたち)や貧しい子どもたちに読み書きなどの教育を提供するために、1600年代頃から設立され始めたものである。それらは1600年代以前から存在していた皇室や貴族の子弟子女のためだけ、または主に宗教を教えるための「プライベート・スクール(Private School)」と意を異なるものであった。イギリスにおいて政府の行う全国規模の公教育が始まったのはようやく1870年代になってからで、他のヨーロッパ諸国と比べると遅かったことを見てもこの「パブリック・スクール」の重要性が理解できる。現在では、チャリティーである「パブリック・スクール」も「パブリック(公の)」と呼びながらも授業料が高く、選ばれた子どもたちだけのものと変化しているが、独自の教育実践や教育政策への提言などの点において政府との交渉の上で大きな力を持っている。また、近年設立されている「スモール・スクール」や「フリー・スクール」と呼ばれる両親や地域が設立した学校もチャリティーである(第6回参照)。


2-2. 学校外や学校教育のサポートを行う団体
学校運営そのもの意外に、教育サービス提供や政策提言に貢献をしているチャリティーは数えきれないほどある。その中から、いくつかの形を見ていこう。

・保護者が引っ張っていく団体
チャリティーといっても規模は様々で、地域で保護者同士が集まってその子どもたちの教育に関する活動を行っている形もある。例えば英語が母国語ではない子どもたちに放課後、学校外で英語や母語のクラスを開いたり、障害を持つ子どもの保護者が、地域の学校では提供できない教育の機会を子どもたちに与えたりする活動を行っている。また地域がばらばらでも、インターネットなどでのネットワークの形で繋がりあい、情報を分かち合っているチャリティー団体も多い。例えば「エデュケーション・アザワイズ(Education Otherwise)」と呼ばれるチャリティーは学校へいかない子どもたちの教育を支える保護者たちのネットワークとして活動している。

・ユース・ワーカー、コミュニティー・ワーカーの団体
地域の子どもたちのニーズや課題をよく理解している人として、ユース・ワーカーやコミュニティー・ワーカーは大切な存在である。地域の教育委員会へ所属している人々もいるが民間団体に所属して、担当の地域で教育活動を行ったりカウンセリングを提供する人々も多い。麻薬・たばこについてや性教育では特にコミュニティーワーカーが学校へ直接入り、授業を行うこともある。また電話相談センターや、ドロップイン・センター(Drop in Centre:予約なしで入っていって相談にのってもらうことができるセンター)、子どもの放課後のクラブ活動(日本ほど学校で行なわれることが多くないので)などの運営にも様々なチャリティーが関わっている。

・団体の専門性を生かした形で教育活動に関わる団体
それぞれ専門性を持った団体が、その特性を生かし教育活動や政策提言を行う形もある。例えば、バーナルドズ(Bernaldo's)は子どもの権利を守るための様々な事業を展開しているチャリティーであり、同時に子どもの権利などについての教材や、障害を持つ子どもたちやいじめをうけている子どもたちが学校でより学びやすい環境を創るための学校への提言、ガイドなども発行をしている。また、オックスファム(Oxfam)などの国際協力団体は国外での活動が主であるが、イギリスと他国の繋がりや国際的課題をどのように教えるかについての教材を作ったり、より国際的で開かれた視点を教育へ取り入れていくための政策提言を行っている。

近年、政府から公立学校のために教育委員会や地域へ与えられていた資金の一部が個々の学校へ直接入るようになったことにより、学校側がチャリティーのサービスを「買う」という形での繋がりも多く生まれてきている。教材やセミナー、学校内での教員研修など各学校に合った形でチャリティーと関わる形がとられている。


3. チャリティーと政府との関わりと教育政策への影響力

英国においては、新しい教育政策が施行される際、チャリティーや政府以外の団体が政府へ招かれたり、またはチャリティー側が政府の政策決定者と合同で会を持ったりしながら、政策を形作っていくことが多い。そして政府とチャリティー、そして市民を含んだ形での協議 (コンサルテーション)の期間は長い。例えば2002年夏から国定カリキュラムに導入される市民教育(Citizenship Education)が政府からの案として提出されてから最終的なレポート、実施案が提出されるまで約2年間費やされた。お互いに協議会や学会や、セミナーなどを開き意見を交わし、国際協力団体や環境、子どもの権利団体などを含む多くのチャリティーがそれぞれ子どもたちに必要であるだろうとされる点を政府に提言しその教育の枠組みや実践枠はより広がりのあるものとなった。

きちんとした政府との協議の機会が多くなったのは、過去20年ほど前からであると言われる。政府がより多くの協議の機会を持つようになった理由としては、1)チャリティーの行う教育研究の情報や結果を得られ、財政的に安上がりとなること、2)政策をよりきちんと型づくっていく際の手助けとなること、3)新しい政策施行後、その実践のパートナーとして協力していくことができること等が挙げられる。また政策を、民間団体や市民の声を聞いた上で形作っていくことによって、民主的な政治の行いを公へ示していくこともできる。チャリティー側も政府との関係を保ちながら、提言、協議、実施の3点において自分たちのターゲットとしているグループの子どものニーズにあった活動を行っていく姿勢を取っている。(表1:政策のサイクルとチャリティーの持つ影響力のグラフ

より多くの人が教育に関わることによって、子どもの変化や地域の違い、特定の課題に対応でき、また一番必要なところにいち早く手が届く。そして政府へ新しく取り組む必要のある教育課題を提言し、その話合いや実践に関わる団体が多い。もしチャリティーの存在がなくなってしまったならば、イギリスの教育の多様性や魅力はたちまち失われてしまうだろう。

教育を「教育者のすること」としてではなく「自分のこと」として捉え、社会全体が子どもの教育に関わっているという意識を持てる環境。より多くの民間団体の支援や政府との関係づくりも含めて、このような活発な動きが生まれる土壌を日本にも創っていきたい。



より深く知りたい方へ
ウェブサイト
チャリティー・コミッション(Charity Commission for England and Wales)
http://www.charity-commission.gov.uk
イングランドとウェールズ地方のチャリティーの登録を行っている団体。規模、収入などについての統計や検索機能もある。

コミュニティーサービス ボランティアーズ(Communiy Service Volunteers)
http://www.csv.org.uk
現在45000人の若者のボランティア経験の機会を提供、支援しているチャリティー。

バーナルドズ(Barnardo's)
http://www.barnardos.org.uk
貧困、虐待、差別など子どもの人権侵害を予防、解決するために活動する英国で最大の子どものためのチャリティー。国内で300以上の事業を運営。学校での退学の防止や障害を持つ子どもたちの教育機会を広げること、子どもの安全などについての教育プログラムも持っている。

オックスファム(Oxfam)
http://www.oxfam.org.uk/coolplanet
国際協力を行うチャリティー。この教育のページには子ども用のページと大人用のページがある。自分たちの活躍している海外の現場からの情報も使い、英国内の学校のための教材づくりや教員セミナーも作っている。

エデュケーション・アザワイズ(Education Otherwise)
http://www.education-otherwise.org
学校外で教育を受けている子どもを持つ保護者や支援者のネットワーク団体。

メンキャップ(Mencap)
http://www.mencap.org.uk
知的障害を持つ人々、子ども、親、その関係者でなるチャリティー。教育政策提言、教育事業なども積極的に展開している。



参考文献
Chitty, C. (2000) The changing role of the state in education provision. in Lowe, R. (2000) History of education: major themes. London and New York :Routledge/Falmer. ISBN 0-415-14048-X

Jones, M.G. (1938) The charity school movement: a study of eighteenth century Puritanism in action. Cambridge: Cambridge University Press.

Morris, D. (1996) Schools: an education in charity law. Hants and Vermont: Dartmouth Publishing Company. ISBN 1-85521-444-X

Powell, J. (1991) Kenilworth at school: education and charity 1700-1914. Warwick: Warwick Printing Company. ISBN 0-9515147-3-3

Vincent, A.L. (1969) The grammar schools: their continuing tradition 1660-1714. London: John Murray.



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