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イギリス 多様な教育と子どもたち 第10回
学校における民主的教育の実践

「民主的教育(Democratic education)」という言葉からはっきりとした教育実践を思い浮かべることは難しい。しかしその考え方や考えにもとづく実践は教育環境の変革に大きな役割を担っている。

この回にあわせ、この分野で活発に議論を展開されているバーミンガム大学国際教育研究センターのリン・ディビス教授にヨーロッパ諸国との比較も含めた議論を寄稿いただいたのでそちらも参照頂きたい。【原文(CRN英語版へリンクします)】 【日本語訳文】

ここではこの民主的教育について、その目指すところ、イギリス国内で見られる実践などについて述べていきたい。


1. 民主的教育とは?

「民主的教育」や「教育における民主主義(Democracy in education)というと、多くの人は「多数決で物事を決めていくこと」と最初に思い浮かべられるかもしれない。民主主義という言葉自体が日本語に翻訳されたものであるので分かり難いという点もあるが、英語においてもその言葉の曖昧さや誤解は似ている。民主的教育とは教員、生徒を含め「1人ひとりの声が尊重されるかたちの教育実践や教育風土」であると言える。その中でも生徒の声を教育実践に反映させること、日々の学校生活において様々な意思決定を生徒自身がすること、を重要視している。ハーバー(1995)は、偏見や固定観念を見抜いたり、議論したり、交渉したり、団体としての決定をしていく過程を体験したりすることも民主的教育の大切な要素であるとし、それは子どものエンパワメント(自尊心を養っていくこと)につながっていくと述べる。

英国は民主的な社会であるとしながらも、学校においては権威主義的な教育が占めてる部分も多くある。このようななか、真に民主的な社会を創っていくためには学校も子どもに権利と責任を与え、話合い、意思決定の機会をより多く提供すべきであるという民主的教育の議論は活発になりつつある。このような考え方はオルタナティブ教育(第6回参照)関係者や進歩主義教育者(Progressive Educationalists)、政治教育(Political Education)関係者にも共通して見られる。


2. 学校内での力の分配:子どもの声を取り上げる

学校教育の中で特に注目されるのは、生徒と教員の間でどのように力の分配が行われているかである。教育の受け手である子どもの声を聞いていくことは、まだ実践として少ないながらも、近年はその重要性が論じられている(Harber, 1995; Apple&Beane, 1999)。ある中学校長が12〜14歳の生徒に学校について学校生活について話を聞いた際、生徒たちが述べた意見を見ると子どもたちの鋭く、重要な視点が伺える(Trafford, 1993:19)。

「みんなが幸せで何もよくするところがないような完璧な学校を創ることは不可能だと思う。でもみんなの意見が聞かれ、それがまじめに考えられるようなシステムを創ることは可能だよね。もし生徒みんなのしたいことをすることが不可能でもそれを考えに入れた案が出されるべきだと思う。そうじゃないと生徒が自分たちは学校の一部じゃないとか、自分たちの運命に何の力も持っていないって感じるようになるから、、、。」

「先生は生徒ともっといい関係を創っていくように努力してほしい。もっとオープンな関係をね。」

「先生も生徒も学校での学習を両方からのプロセス(two-way process:両者の関わり)としてもっと見ていくべきだと思うよ。」

民主的に学校が運営されている場合、学校内のコミュニケーションはより効果的に働き、自分の学校や組織に対しても生徒や教員両方の責任感が増すと言われる。


3. 生徒会−子どもの声尊重の例

民主的教育の一面である子どもの声を学校運営に取り上げていく事例として注目されているのは児童会・生徒会(School Council/ Student Council)である。日本の学校では活発であれなかれ決まりごとのように存在している児童会・生徒会であるが、イギリスの学校、特に小学校においてはまだ存在しない学校が多い。2002年夏から導入となる市民教育(後の回で取り上げる予定)のカリキュラムにおいて、政府案も、生徒会活動が生徒の意見を吸い上げ民主的に決定をするよい機会を提供するとしており、それに合わせて生徒会を設立する学校もある。

むしろ活動として新しいからなのか、すでに生徒会を持っている学校の中でも、「実際に子どもの声を受け入れている活動となっているか」、「形式だけの生徒会になっていないか」などの気配りを含め多くの興味深い実践が見られる(Fielding, 2001)。

ブリストル市にある中高一貫校では、生徒会自体が7万円ほどの予算を持ち、自分たちで皆に一番いい使い道を決めたり、教員の雇用に生徒会の生徒の意見が反映させられたりしている(イングランドの学校では教師が学校ごとに雇用される)。また学校に給食を作りに来てもらう会社が、政治的汚職や倫理的に賛成できない活動にも取り組んでいる会社であることを発見した生徒たちは、学校に違う会社との契約を求め、実現した。教員と生徒の関係は始終「上下」ではなく、ともに学校を良くしていくためのパートナーとして見られている。学年が下の場合でもその例はある。筆者がロンドン市内の小学校の児童会設立の話合いに参加した際、5〜6歳の最小学年生も学校の中の問題ややりたいことについて活発に手を挙げて発言をし、その意見は受け入れられていた。

また1999年に行われた研究によれば、生徒の問題について真剣に取り上げていく生徒会の存在は、生徒の退学率を低くすることにも少なからず貢献しているとされている(Davies, 1999)。


4. 学校に広がる民主的な風土

民主的な教育の実践において、一番の課題となるのはその実践が学校内においてどれだけ学校全体のもの、そして風土となっていけるかどうかである。生徒会などの日々の活動は民主的になり、生徒の声が反映できるようになったとしても、学校内にある伝統や構造が生徒に知らず知らずのうちに、どのように振るまうべきかを教えているということもある。これは「隠れたカリキュラム(Hidden Curriculum)」と呼ばれ、「人は正義や力関係、尊厳、自尊など多くのことを隠れたカリキュラムから学ぶ」(Apple&Beane,1999)とされている。例えば、生徒会はあっても実際に子どもが何かを変えようとすると上からの力が働きストップしてしまったり、学校の中で平等や民主主義を説きながらも教員内の差別があったり、お茶を汲むのがいつも女性職員であったりする場合などである。学校全体が、差別や権威主義に対抗し、1人ひとりを大切にする実践、生徒に見えない(と思われる)場所での民主的な実践も伴っていかないと、民主的教育は「風土」とはなっていかない。このため学校内でも様々なレベルでの取り組みが望まれている。

学校全体が民主的教育を実践している学校は、教員、こどもともに1人ひとりが尊重され、学びや学校生活の状況をよくしていくことができる力とその変革に関わっていく場を提供する。生徒の声がより取り入れられる学校運営への政府からの手助けと共に、個々の学校においてもまだ様々な取組みが必要とされている分野であるが、今後の新しい学校のあり方を問う重要な視点を多く提供している。



より深く知りたい方へ
ウェブサイト
ブリティッシュ・カウンセル:市民教育と子どもの民主主義のサイト
The British Council(Citizenship education and pupil democracy)
http://www.britishcouncil.org/governance/jusrig/human/citizens/am.htm
子どもがどれくらい学校において声を発する機会が持てているかを含め、各国の市民教育と子どもの民主的な教育への参加についてレポートされている。掲載国:オーストラリア、ボツワナ、カナダ、コロンビア、デンマーク、イングランド/ウェールズ、ヨーロッパ(全体として)、ドイツ、ガイアナ、オランダ、香港、インド。

スクール・カウンセル UK
(School Councils UK)
http://www.schoolcouncils.org.uk
児童会・生徒会設立をサポートする民間団体。児童会・生徒会の設立の仕方やそれを持つことのメリット(利益)などが紹介されている。

シティズンシップ・ピーシーズ(Citizenship Pieces)
http://www.citizenship-pieces.org.uk
ロンドンのタワーハムレット地域にあるヒューマニティーズ教育センターが作成した市民教育についてのサイト。その中のスクール・カウンセル(生徒会)のサイトが充実しており、生徒会の役割や生徒のエンパワメントについてなどの記事が掲載されている。



参考文献
Apple, M. W. & Beane, J. A. (eds)(1999) Democratic schools: lessons from the chalk face. Buckingham: Open University Press. ISBN 0-335-20387-6

Davies, L. (1999) School councils and pupil exclusions: research project report. London: School Councils UK.

Fielding, M. (2001) Students as radical agents of change. in Journal of Educational Change Vol.2 No.3 July 2001.

Trafford, B. (1993) Sharing power in schools: raising standards. Derby: Education Now Publishing Co-operation. ISBN 1-871526-12-4

Harber, C. (ed) (1995) Developing democratic education. Derby: Education Now Publishing Co-operative. ISBN 1-871526-22-1

Harber, C. and Meighan, R. (1989) The democratic school: educational management and the practice. ISBN 1-871526-01-9



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