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イギリス 多様な教育と子どもたち 第15回
シティズンシップ・エデュケーション(市民教育)

政治への関心の向上、地域のために行動ができる人材の育成、多様な社会を結びつけていくための「市民」意識の育成など、市民教育はあらゆる目的を持って導入された。日本の総合的な学習の時間とほぼ同時期に導入されたこともあり、日本でも注目をされている科目である。

「イギリス 多様な教育と子どもたち」最終回は、今イギリスで最も注目を浴びる教科の一つである市民教育について取り上げる。市民教育の目的、内容、評価について見ていきながら、市民教育の持つ可能性とこれからの教育について考えていきたい。今回、グローバル教育に長年関わっておられるヨーク・リポン大学のマーゴ・ブラウン氏に市民教育実践について寄稿いただいた。そちらもご覧頂きたい。
日本語訳へのリンク英語原文へのリンク


市民とは? 市民教育とは?

市民教育は「シティズンシップ・エデュケーション(Citizenship Education)」といわれる。「シティズン」という言葉は古代ギリシャ時代のシティ(市)という語から派生したものであるといわれており、市に住んでいる人を指す言葉として使われる。しかしシティズンシップ教育で使われる「シティズン」にはある一定の価値が含まれているといえるだろう。つまりある基準で「いい市民」と呼ばれる像があり、市民教育はそれを反映しようとしている。

市民教育は近年のみならず、過去何度もカリキュラムの中に取り入れられてきた経緯がある。一世紀前の英国内そして旧植民地国においては、「シティズン」は絶えず、英国とその文化への絶対的な賛成と参加を意味した(Klein,2001:1)。国の一体化が唱えられ、学校では、『真の愛国心』や『勇敢な市民』などという教科書も使われていた。

1960〜70年代にかけて、中高等学校で「公民(Civics)」の授業が行なわれていたが、その授業では民主主義がどのように機能するかなど、議会と法のシステムの教授に重点がおかれ、それらのシステムを使うための知識が主に扱われた。

しかし年と共に市民教育の目的も内容も市民として求められる資質も変化していった。20世紀の後半には政治家や教育家たちが集まり、再び教育に市民教育を取り入れることを話し合い始めた。そして数年の議論を経て1998年に政府の市民教育助言委員会が「学校での市民教育と民主主義の教授(Education for citizenship and the teaching of democracy in schools)」というレポートを提出した。この中では授業に求めるものとして、知識のみではなく社会の課題を取り上げたり、社会のしくみ自体に疑問を投げ掛けたり、自分たちの意見をいうこと、課外活動に参加することが挙げられている。

市民教育は以下の3つの構成要素からなる。
  1. 責任ある社会的行動(social and moral responsibility)=学校の内外において、児童・生徒が社会的・道徳的に責任ある行動をとること。
  2. 地域社会への参加 (community involvement)=隣人の生活や地域社会に対して関心を払い、社会に貢献すること。
  3. 民主社会の知識・技能の習得・活用(political literacy)=上と同様に民主主義の制度・問題。実践を学び、国や社会生活の中でそれらを効果的に運用すること。
(QCA:職業資格・カリキュラム開発機関、訳:日本ボランティア学習協会2000:18より)


地球市民教育 (グローバル・シティズンシップ・エデュケーション)

1997年に市民教育の第一案が提出され、本案が1998年に完成する一年強の間、コンサルテーションの期間として、様々な会議が政府機関、民間団体、教育者の間で行なわれた。そのような話し合いを通して大きく変わったことの一つとして、市民教育に「グローバルな視点」が取り入れられるようになったことが挙げられる。イギリスにおいては、グローバル教育、開発教育、人権教育などといった地球規模の課題、そして自分たちの暮らしと他国の暮らしの繋がりを学ぶ教育活動が1970年代以降からさかんである。最終レポートの中では、このような教育要素も重要であることが盛り込まれた。1人ひとりの行動の影響が国境を容易に自然に越える現在、市民は市内、国内にのみおさまって捉えられるものではないという考えも広まりつつある(注1)


市民教育の実践

市民教育は、授業枠をそのためにとって実践されても、各教科の中で少しずつ実践されてもよく(クロス・カリキュラム)、授業配分などは各学校に任されている。このような形では学校内で実際にどれだけ実践できているかということはまちまちになる危険性があるが、今までに市民教育と呼ばずに実践をしていたこと(生徒に学校内での意思決定の一部を任せたりすること等)を廃止せずにそれをそのまま市民教育と呼んで実践していくことができるというメリットもある。政府が提供する授業例の他、市民教育も様々な課題や活動を取り上げるが、いくつか例を挙げてみよう(注2)

ひとつには、過去から引き続き行なわれている「人と社会と健康の教育(Personal, Social and Health Education)」を土台にした、性教育、いじめやたばこに関する教育実践がある。また生徒の意思決定がまず学校という中の社会において反映されるように、生徒会などの形で生徒たち自身が学校内の課題を見つけ解決していけるような環境を創っていくことも行なわれている。

ケンブリッジ大学教育学部の協力を得て、ある学校の 9-13学年(13歳から17歳)の約15人の生徒と教員数人は、大学で一日研究調査方法についての授業を受けた。その後、生徒は教員の助けを借りながら、小さなグループに分かれて何を調査するか話し合いをした。取り上げられた事柄は、「生徒が意見を言える環境」、「学習評価」、「研修中の教員」、「給食」、「進路指導」、「ライフスキルの学習」、「ジェンダーの違い」などであった。その後、質問表などでの調査方法が決定され、学校で他の生徒に対して調査が行なわれた後、学校への提案書が提出された。生徒が提案した多くのことは実行に移された。給食メニューの幅は広がり、進路指導や生活に関する授業数も多くなった。実践まで3年かかったが、研修中の教員には生徒から授業についてのフィードバックが返されるようになった。学校の生徒たちは、「自分の意見をいう自信がついた」「全ての人が同じ意見を持っているわけではないということがわかった。その対立もいい結果に繋がることもあることを知った。」と語っている。(Alexander、2001:71より)


市民教育の評価

市民教育においてこれからの大きな課題になっていくのは評価であろう。市民教育の学習評価をどうしていくか。もしテストで不合格になれば、市民として失格ということになるのか?などが課題として挙がってきている。市民教育の実践の仕方も様々であるので、それぞれをどのように評価していけばいいかという課題もある。

最初に述べたように「市民」をどのように捉えるかにより目的や望まれる人間像が変わるため、評価の基準もそれにより左右される。約1世紀ほど前の市民は王室とキリスト教への忠心が求められたため、市民教育においては「神が女王さまを救う」という歌の一部分を引用できるかどうかがテストされ、それがよい市民であるかどうかの評価基準であった(Klein,2000:1)。

現在の市民教育は、他の科目のように8段階の到達度による評価はされない。その代わり目標の「達成に向かっている(working towards)」「達成した (achieving)」「目標以上のことをした (working beyond)」という形で評価がされ、評価法も学校や教員に任せられている。現在は、市民教育で子どもがどのようなことを学んだかを保護者に報告することしか学校に義務づけられていないが、2004年には1人ひとりの生徒の評価も義務となる。

伝統的な評価は、ある一定の知性の定義に基づいて行なわれ、その基準にあうように設定されている。しかし市民教育などの社会的な課題を扱う教育では、取り扱われる知性も複雑なものである。そして知識のみではなく、技能や態度を養っていくことも大切な教育目的になっており、それらの評価も求められる(注3)。そのためこれらをテストだけの方法で計ることは不可能であり、自己評価方法(自分の活動がどのようにうまくいったか、何を学んだか、改善点はどこか、次のステップは何かなどを生徒自身が見ていく)や、ポートフォリオ評価(様々な活動の結果をファイルに保存していくもの)など、他の評価法も扱われるようになっている(二つの評価の観点については注4参照)。ロー(2001)は、評価の方法例として次のようなものを挙げている。

まず、市民としての権利や義務、そしてどのようにして法が作られたり変えられたりするかについての理解をみるための知識に関するテストを行う。しかしそれだけではなくて、この知識を現在の政治的、社会的、道徳的そして政治的な事柄に(例えば野生行動の狩りや移民についての議論)に当てはめていくことができる能力があるかについても評価をする必要があるだろう。また、新聞記事(実際のもの、または簡易にしたもの)を与え、権利や責任、法の観点からその話について議論することを生徒に求めたり、他人の経験を想像する能力を生徒が示す機会を与えることもできる。テストもまた生徒にとってついあきやすく、様々な回答が出せるようなものにするといいだろう。


また評価をする人も1人である必要はない。様々な教科を越えて市民教育が実践された場合、それぞれの教員が評価に関わるようになる。その際には、評価や報告のシステムについて学校全体で話し合う必要性が出てくるが、様々な教員の意見が反映されるようになるだろう。そして教員のみでなく上に述べたように、生徒自身の評価、生徒同士のお互いの評価、学校外の活動に参加した場合は教員以外の大人の評価、そして生徒からサービス(ボランティアなどで)を受けていた人からの評価など、様々な視点を含んでいくことも可能である(ACT, 2002)(注5)

市民教育の評価については今後も検討が重ねられていくだろうが、まず評価は子どもたちを比べるためにあるのではなく、1人ひとりの学習者がよりよく学べるようにするための方法の一つであることを認識することが大切だろう(Weeden et al. 2002)。そのため評価は子どもたちにとって分かり易く、自分が達成できた点、できなかった点はどこだったのか、どのように達成することができるのかについても提示していけるものでなければならない。学校や教師が評価をそのような観点から扱っているかどうか、また扱っていける環境にあるかどうかについても今後注目をしていかなければならない。


おわりに

市民教育は、「教育は何のためにあるのか」、「私たちは教育を通じてどのような子どもたちを育てていきたいと願っているのか」という教育根本に関わる問いを絶えず教育者に投げ掛ける。このような点で、教育全体の議論にとって市民教育は大変刺激的な科目となっている。そして子どもたちには、疑問を投げ掛ける機会、社会で起こっている事柄について学ぶことができる絶好の機会である。

これまで15回に渡り書かせて頂いたように、イギリスの教育は様々な課題にぶつかりながらも、多くの新しい試みに取り組み、教育と社会の関係について模索している。今後も日本と英国のお互いの教育がそれぞれの活動や哲学を刺激しあっていくことを願う。

最後に、連載を読んで下さった方々、アドバイスや励ましの言葉を下さった全ての方々に感謝の意を表したい。皆さまのお陰で私も多くのことを学ばせて頂くことができた。連載を通じて支えて下さったチャイルド・リサーチ・ネットの小林所長、所さん、そしてスタッフの皆さまにここで心よりのお礼を申し上げたい。



(注1) 筆者は現在、バーミンガム大学にて地球市民教育の研究事業に関わっている。この事業では、教員が地球市民教育を教える際にどのようなことが難しいと感じるか、そのような壁をとりのぞくにはどのようなサポートが必要かが研究される。また、子どもたちが地球市民をどのように見ているか、何について学びたいかについても調査される。研究事業は2004年の春に終了予定。

(注2) 政府からの市民教育の授業例としては以下の様な内容が扱われている。
「導入:シティズンシップって何だろう?」「犯罪」「人権」「イギリス:多様な社会?」「法がどのように動物を守っているか−ローカル・グローバルな視点に立った学習」「政府、選挙と投票」「地域の民主主義、地域における娯楽とスポーツ」「社会におけるメディアの影響」「シティズンシップと地理:地球的課題についての議論」「シティズンシップと歴史:なぜ世界において平和を保つことが難しいか」「シティズンシップと歴史:なぜ人々は選挙権のために戦ったか、今日における投票の意味」「シティズンシップと宗教教育:どのように争いを取り扱っていくか」「民主的な社会参加の技能の発展」「犯罪と安全性の意識向上−学外の団体も含んだ学校全体での活動」「人権:学校全体でのシティズンシップ活動」「姉妹校提携」「学校の校庭利用について(より多くの生徒が楽しめるためにはどのようなことが必要か)」「市民教育学習を振り返って」「人々の関心があることは何だろう」「人と環境」 http://www.standards.dfes.gov.uk/schemes2/citizenship/?view=Unitsより

(注3) QCAの提示する学習目標は、以下のようなものである。大まかな枠組の目標となっている。http://www.qca.org.uk/ca/subjucts/citizenship/citizenship_ks1_4.pdfより

キーステージ3の14歳最後までには、ほとんどの生徒は:
  • 学習した時事的な事柄について広い知識と理解を持つ − 権利、責任、市民としての義務、ボランティア団体の持つ役割、政府の形態、公共サービスのしくみ、犯罪や法のシステムなど。
  • どのように、そしてなぜ市民が情報を得るかについての理解を示す − どのように意見が形創られ表現されるか(メディアを通しても含む)、どのようになぜ社会の中に変化が生まれるのかなど。
  • 学校や地域での活動に参加する − 自分や他の人に対する態度を通じて個人や団体の責任について表明するなど。
(注4) 評価においてもEvaluationとAssessmentで二つの異なった観点があるといわれる。
(日本ボランティア学習協会、2000:41)
<二つの評価の観点>
Evaluation(ふりかえりによる評価)自己評価
自らの活動をみずからが振り返り、自分自身の変容や獲得した物事を確かめるという学び手自身による学び手のための評価である。この評価には、体験に関わった周囲の人々からの評価も含まれる。周囲の評価も受け止めてそれらを包含して、自己のふりかえり(評価)を行う。

Assessment(同意した基準にもとづく評価)社会的な意味付けによる評価
学びの意義を社会的な役割や意義など、あらかじめ合意した基準によって評価を行なう。評価の基準の明確化、客観化がどこまで図れるかが課題である。


(注5) 生徒を評価をする機会については以下のようなものが挙げられている。

評価をする機会には、生徒が以下のようなことをする機会が含まれる:
  • 発表やプレゼンテーションをするための準備を通じて自己の理解を表す
  • 展示物やホームページをデザインする
  • 日記や記録またはポートフォリオを作成する
  • 議論やディベートに貢献する
  • 自分より年少の生徒への資料を作成する
  • ロールプレイやシュミレーションへの参加を通して技能を表す
  • クイズやボードゲーム、カードゲームを作成する
  • 地域の役員や政治家に手紙を書いたり、学校や地域の新聞に原稿を書いたりする
  • イベントをビデオで記録したり、クラスや学校の委員会の会議に参加する
  • 地域の人たちとのインタビューを録音する
  • 訪問を計画したり、誰かに学校で話をしてもらうためのアレンジをしたりする
  • 芸術的なプロジェクトや他のテーマに関わるプロジェクトに参加する

より深く知りたい方へ
ウェブサイト
アソシエーション・オブ・シティズンシップ・ティーチング(Association of Citizenship Teaching )
http://www.teachingcitizenship.org.uk

インスティチュート・フォー・シティズンシップ(Institute for Citizenship)
http://www.citizen.org.uk

シティズンシップ・ファンデーション(Citizenship Foundation )
http://www.citfou.org.uk

シティズンシップ21(Citizen 21 )
http://www.citizen21.org.uk

以上4つは、市民教育を実践していくための教材提供、サポートを行なっている団体。どのサイトにも多くの情報が掲載されている。

シティズンシップ教育:グローバルな視点(Citizenship Education: the global dimension )
http://www.citizenship-global.org.uk
イギリスの開発や環境、地球的な課題を扱う団体が集まって作成したページ。様々な団体が掲載している教材などに多くのリンクが繋がっている。Recommended Sitesには、「民主主義に関連する団体」や「多様な社会を推進する団体」「持続可能な開発に関わる団体」など項目に分かれて団体が分かり易くリストアップされている。

開発教育協会(日本語)
http://decj.on.arena.ne.jp
開発、環境、人権などの課題を取り上げる教育を推進している協会。参加型学習や総合的な学習の時間に役に立つ情報や出版物が掲載されている。

スキーム・オブ・ワーク(Schemes of work)
http://www.standards.dfes.gov.uk/schemes2/citizenship/
英国政府の提案する市民教育の内容案を見ることができる。

教育省の市民教育のサイト(Department for Education and Employment)
http://www.dfes.gov.uk/citizenship
教師用、生徒用、保護者や学校運営委員用のページに情報が分かれている。

「11−16歳の市民教育の視察評価(自己評価ガイド付き)(Ofsted 'Inspecting Citizenship 11 - 16 with guidance on self-evaluation' )
http://www.ofsted.gov.uk/publications/docs/2920.pdf
教員が生徒のどのような発展に注目するべきかなどの政府からの提案や、市民教育実践例などがPDFファイルで掲載されている。

QCA(職業資格・カリキュラム開発機構)市民教育:評価、記録、報告のガイダンス (Citizenship at key stages 1-4: Guidance on assessment, recording and reporting)
http://www.qca.org.uk/ca/subjects/citizenship/guidance_assessment.asp


参考文献
Association for Citizenship Teaching (2002) Assessment.
http://www.teachingcitizenship.org.uk/assessment.php?tittle=Assessment

Alexander, T. (2001) Citizenship Schools: A practical guide to education for citizenship and personal development. London: Campaign for Learning. ISBN: 1 903107 05 9

Rowe, D. (2001) Assessing Citizenship. in Citizenship Foundation Newsletter, Autumn 2001, p13. London: Citizenship Foundation.

Kerr, D. (1999) Re-examining citizenship education in England. Slough: NFER.

Klein, R. (2001) Citizens by right: Citizenship education in primary schools. Stoke on Trent and Sterling: Trentham Books and Save the Children. ISBN: 1 85856 220 1

Oxfam (1997) A Curriculum for Global Citizenship. Oxford: Oxfam.

Weeden, P., Winter, J. and Broadfoot, P. (2002) Assessment: what's in it for schools? London and New York: RoutledgeFalmer. ISBN: 0 415 23591 X

日本ボランティア学習協会編 (2000)英国の「市民教育」Citizenship Education in UK.東京:日本ボランティア学習協会(JVLS)

B.D.シャクリー、N.バーバー、R.アンブロース、S.ハンズフォード著 田中耕治監訳(1997)ポートフォリオをデザインする:教育評価への新しい挑戦、東京:ミネルヴァ書房、ISBN: 4-623-03487-9



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