トップページ サイトマップ お問い合わせ
研究室 図書館 会議室 イベント情報 リンク集 運営事務局


小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第1章「胎児はなんでも知っている-1」

妊娠4〜5週で心臓が打ちはじめ、12週で性別がわかる

 「ご妊娠です。おめでとう」と、産婦人科の先生から告げられたとき、女の人はいったいどんな気持ちを味わうのでしょうか。男である私には、想像もつかないほどの深い感慨がこみあげてくるのではないかと、ちょっとうらやましい気もします。
 ところで、「妊娠」とはっきりわかるのは、ふつうはどんなに早くても、最終月経から少なくとも6週はすぎています。月経の遅れが妊娠のいちばんわかりやすい最初のサインであって、それに気づいてはじめてお医者さんにみてもらうということになるからです。もちろん、お母さん自体がつかれやすいとか、イライラするとか、違和感を感ずるのはもっと早いし、妊娠診断テストの紙片で尿の反応をみれば月経がおくれて1週間程度でもわかります。
 ふつう妊娠に気づいたときには、赤ちゃんは子宮のなかでもう12ミリくらいに育っていることでしょう。もちろん、まだ完全な人の形にまで成長してはいないので、それは胎芽とよばれますが、その小さな生命は、すでに活発に動いているのです。それが、育ってやがて人間としての原型ができて胎児(妊娠9週をすぎると体がほぼできあがるので、そうよびます)となり、やがて赤ちゃんとなって生まれてくるのです。
 このように、妊娠をはじめて知るころの赤ちゃんはほんとうに小さな生命体です。しかし、そのときすでに心臓も脳も脊髄も、あるいは手足や耳の原型もできています。もっとも心臓はまだ4つの部屋に分かれていませんし、脳も神経細胞のかたまりのようなものですし、脊髄は2本の溝のあいだにある神経組織の柱だけという状態です。目は2つの小さな穴、手足はわずかな突起状のようなものにすぎませんが、「それらしきもの」はすでにできています。そして妊娠7、8週に入ると口らしきもの、生殖器らしきものさえできてくるのです。
 しかも、脳や心臓はそれなりに動いています。心臓や脳の原型ができるのは、妊娠4週目という早い時期です。そのころの赤ちゃんの身長は6ミリもありません。たとえが適切かどうかわかりませんが、ちょうどタツノオトシゴのような姿です。ふつうではまだ自分が妊娠しているかどうかわからない時期です。
 ところが、おなかのなかを超音波のモニターでみると、活発に体を動かし、その心臓らしきものが拍動しているのがブラウン管の画像ではっきりわかります。胎児ともよばれていない胎芽の段階で、すでに体を動かし、心臓はリズミカルに脈を打っているのです。すなわち、血液を循環させる心臓・血管システムの体のプログラムであり、心臓を拍動させる循環のプログラム(体のプログラムのひとつ)にはスイッチがちゃんと入っているのです。
 やがてこの小さな生命体は急速に成長していきます。だいたい1日1ミリくらいのスピードで身長が伸びていくと考えて間違いありません。妊娠10週になると、身長は約24ミリ、体重も19グラムほどになり、かたちも人間らしくなってきます。ですから、このころからの赤ちゃんを胎児とよぶのです。
 この時期、胃、肺、肝臓、腎臓などいわゆる五臓六腑の原型ができます。たんなる突起だった手足も水かきのようなものとなり、やがて手足の指や趾の骨ができ、5本ずつの指をもった手足になるのです。また、穴ぼこにすぎなかった耳には耳たぶが、口にはくちびるがついてきます。鼻も盛りあがってきます。胎盤、そしてそれをお母さんの子宮内壁につなげる臍帯(へその緒)ができあがります。胎盤も臍帯も受精卵が細胞分裂をくりかえし、胎芽、胎児が形づくられるうちに、そのまわりの組織からできるのです。そうして、妊娠12週(約3カ月)までに性器も男と女のものに分かれていきます。その段階が終ったころからを妊娠中期とよびます。本格的な胎児の時代を迎えるわけです。
 胎児はお母さんのおなかのなかでどんな生活をしているのでしょうか。なにしろ、外からははっきりみることのできない子宮のなかのできごとですから、すべてがわかっているわけではありません。しかし、超音波モニターでとらえたり、最近はあまりやりませんが羊水鏡で直接のぞいたり、いろいろな手段で胎児の動きがわかるようになりました。
 その動きから、胎児の心の動きも、おしはかることができると考えられています。こういう研究分野は胎児医学とよばれていますが、しばらくそれが明らかにしつつある胎児の生活ぶりをみていきましょう。おそらく、「おなかの赤ちゃんはそんなことまでするの!」とびっくりされることでしょう。

妊娠10週で胎児は刺激に反応する

 妊娠中期(12週をすぎたころ)に入ると、胎児の体の一部が骨盤の外にでるようになり、お母さんのおなかが少しふくれてきます。そのころ、聴診器をおなかにあてると、赤ちゃんの心音、ドッドッという心臓のリズムを耳できけるようになります。心電図もとれるようになるのです。
 胎児は胎盤の力で、母親の血液から酸素、栄養物をうけとり、そこから臍帯(へその緒)をとおして自分の血液のなかにとりこみ、みずからの心臓の力で体のすみずみまで、それらを送りとどけているわけです。同時に、体内の不要物や炭酸ガスを胎盤を介して母親の血液のなかに送りだしています。血液が直接出入りするわけではありませんが、母親と胎児は文字どおり胎盤とへその緒でしっかりと結ばれているのです。
 最近は禁煙運動がさかんですが、若い女性のあいだではかえってタバコをすう人が多くなったとききます。それは大変気がかりです。胎児の心電図を測りながら、母親にタバコをすわせてみると、拍動のリズムがすぐに変わることがわかります。喫煙は体に軽い酸欠状態を起こしますが、それが臍帯をとおして直ちにおなかの赤ちゃんに影響を及ぼすのです。さぞや苦しくて、いやな思いをしているのではないでしょうか。
 これまでに胎児の行動を具体的に記録したものとしては、妊娠10週前後のものがもっとも早いものとされています。ちょうど胎芽の時代が終って胎児になりたてのころです。この時期、特殊な方法で口のまわりを刺激すると、首や体を反対の方向に曲げてしまいます。こういう運動あるいは行動を反射運動(自分の意志ではない自動的な体の動き)あるいは反射行動といいますが、もっとも早く敏感に反応するのは口とその周囲です。さらに何週間かたつと、口への刺激に対しては口を閉じたりします。顔や手や足の皮膚に刺激を与えると体全体を動かして反応します。手のひらを軽くこすってやると指を曲げさえするのです。
 こうした胎児期の反射行動は、骨や筋肉や神経を組み合わせたシステムとそれを動かす体のプログラムの原型ができていることばかりでなく、神経系の発達がいかに早いかを示しています。
 受精後わずか20日目ごろに形成される神経板は約150万個そこそこの神経細胞(神経芽細胞とよびます)でつくられます。神経板は左右の両端がたてにふくらみ、互いにくっついて神経管となり、先の一方が大脳に、残りが脊髄になっていくのです。
 妊娠7週ごろ、つまり、ほとんどの母親が「妊娠したのでは?」と気づくころには、ほぼ脳の原型はできています。つまり終脳・間脳・中脳・後脳・髄脳の5つに分かれているのです。
 次の8週目から約10週間の時間をかけて、最初の神経細胞は大型の神経細胞(ニューロン)に分化し、突起をだして他のニューロンとシナップス(接合部)をつくり、ネットワークを形成します。神経細胞はおそろしい勢いで分裂をくりかえし増殖します。この10週間で150億個から200億個にも達するのです。
 こうして終脳は大脳皮質をつくり、間脳は分化して視床や視床下部をつくります。さらに、中脳はその下がふくらんで小脳をつくり、後脳は延髄に、髄脳は脊髄へと発達していきます。
 こうした変化のすべては、妊娠40週間のうちの、20週以内におこっているのです。

このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。



Copyright (c) 1996-, Child Research Net, All rights reserved.
このホームページに掲載のイラスト・写真・音声・文章・その他の
コンテンツの無断転載を禁じます。

利用規約 プライバシーポリシー お問い合わせ
チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)は、
ベネッセ教育総合研究所の支援のもと運営されています。
 
掲載:2001/07/27