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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
プロローグ「愛と心のプログラム−4」

愛情の与え方に間違いはなかったか

 あなたの生んだ赤ちゃん、すなわち「新しい人間」が「育つ」、あるいはその新しい人間を「育てる」ということは、その新しい遺伝子の組合わせによる生存のプログラムに、順を追ってスイッチを入れ、それをうまく働かしていくことです。体をつくるにはまず必要なエネルギーと物質などを栄養として、心を育てるには、育てる人や生活環境から心の栄養として良い情報を赤ちゃんに与えなければなりません。
 受精卵からはじまった生命は、育つシナリオのなかで順を追ってスイッチを入れられた遺伝子の指令にもとづいて、細胞を分化させ、それを組みあわせて脳もふくめた体をつくり成長させるとともに、心を発達させるのです。そうして、脳をふくめた体としてのシステムが成長し、それを働かせるプログラムも発達するのです。
 体にとっての栄養はもちろんですが、心にとっての情報の重要性は、強調してもしきれるものではありません。したがって、生命の育つ環境、赤ちゃんの育つ環境は、それが子宮のなかであっても、外であっても、安らかに平和に整備されていなければなりません。とくに情報環境を整備することに、母親や父親はもちろん、医師や看護婦など子育てに直接関係している人びとも、また地域も社会も一致協力してあたらなければなりません。残念なことに、文明が高度に発達した豊かな現代において、情報環境の質の問題で、赤ちゃんが生まれながらにそなえている心と体のプログラムが、必ずしも手ぎわよくスムーズに発揮されているとはいえない現象がしばしばみうけられるからです。
 体の大きなわりにはひよわな体質の子ども、子どもにも多くみられる心身症やいじめや非行・暴力に走る子どもの増加など、可愛がられないために発育に障害のある幼児などが多くなり、小児科医の心はいたみます。ある意味で、心と体のプログラムに関係する遺伝子の構成はそんなに簡単に変わりませんから、育つ環境、あるいは育てる環境の問題といえるかも知れません。さらに現在、社会問題として大きくクローズアップされているいろいろな問題の遠因は、あんがい赤ちゃんのときからの「子育て」にも求められるのではないでしょうか、というのが私の考えです。赤ちゃんのときに、人間は信じられる存在である、生きていく生活を平和であると思える力、基本的信頼をまず作り上げなければならないからです。
 そしてその間違いの最大の原因をさぐるとすれば、人生の出発点における母親を中心とするふれあいの不足、あるいは愛情の与え方の誤りもあるのではないかとも考えられるのです。
 誤解しないでもらいたいのですが、私は母親を一方的に責めているのではありません。ほとんどのお母さんはちゃんと子育てにとり組んでいるのです。しかし、愛情というものが、体にとってのたんぱく質や脂肪やビタミンと同様に、子どもの心がスクスクと育つうえで欠かせない栄養(本質的には情報とみるべきでしょうが)である、という認識が、子育ての専門家にも親にもはっきりしていないという点が問題なのです。もちろん、「子どもの発育に愛情は不必要」と考えている人はひとりもいないことも事実でしょう。
 誰もが子どもが育つためには母親の愛、父親の愛が、周囲の人の愛が必要だと認めていることは間違いありません。そこで、情報としての、誰もが認める「母親の愛情」という栄養の与え方が今のようなやり方で正しいのか? という疑問を私はこのシリーズで投げかけてみたいのです。

赤ちゃんにとって真の愛情とはなんなのか

 清潔で病気に感染するおそれのない産院での出産は、たしかに赤ちゃんを感染症から救いました。しかし、感染をおそれるあまり、健康に生まれた赤ちゃんでも、生まれるとすぐ母親と切り離されて、この頃は多少少なくなりましたが、新生児室に移されて育てられている場合もまだまだあるのです。それではほんとうに母親の、大人の、赤ちゃんに対する真の愛情を与えることが出来るでしょうか? せっかく栄養たっぷりの母乳がでているのに、粉ミルクで育てて、赤ちゃんに対する愛情を与えることが出来るでしょうか? また添い寝は赤ちゃんを窒息させる心配があるからひとりで寝かせる――それでほんとうに愛情を与えることが出来るのでしょうか? たとえ赤ちゃんが泣いてもわめいても、自主性・自立性を育てるためにと、抱きあげてあやすことを我慢してしまうことは自然な愛情の発露といえるでしょうか? 女性の社会進出とひきかえに生後間もない赤ちゃんを保育園にあずける――それで母親の愛情を十分に与えるにはどうしたらよいのでしょうか? それを悪いことと言っているのではありません。赤ちゃんに充分愛情が与えられるように、育児休業制度を、国も社会ももっと強くみとめろと言いたいのです。
 このシリーズは、こういう問題意識をつねにもちながら書いたものです。生まれたばかりの赤ちゃんを母親と切り離して新生児室で育てようとしたのは、また赤ちゃんには粉ミルクで十分、むしろ母乳よりもすぐれているのだからと、粉ミルクを容認し推奨したのも、そして泣きだしたときすぐに抱くことは抱きぐせをつける、オンブや添い寝は非文明的な育児法であると指導してきたのも、ある意味で私たち小児科医だったのです。
 そして日本の母親たちは、それらに対して最初はとまどいつつも、生活上の必要性から、またある意味では育児を社会化し「外注」化するために、しだいにそれに共鳴し、したがってきました。その結果、気がついたときは、たとえば厚生省も小児科医もびっくりして、「これは少しおかしいぞ」と将来を憂えるくらいに、母乳で育てる母親が極端に少なくなってしまったのです。
 しかし、そうした事態が逆に、あらためて「子育てとはなにか」「母親の愛情(の与え方)と子育てとの関係はどうなっているのか」という、痛切にして深刻な反省を小児科医によびおこす結果となったのです。そしてその反省は、より科学的な視点に立った研究の成果をふまえつつ、これからの社会を考えた子育ての体制をつくり上げる必要があると考えるようになったのです。例えば、育児休業制度などを充実させ、それぞれの家庭のあり方ばかりではなく、社会で活躍する母親の立場も尊重し、赤ちゃんのことを考えた新しい育児や保育のやり方を工夫し発展させつつあるのです。
 このシリーズでは、私の勉強してきた子育てのあり方を、これから母親となる人のために伝えるとともに、赤ちゃんが長い進化の末にもちえた心と体のプログラムを自然に開花させる方法を読者とともに考えてみるためのものであります。また、21世紀の子育てに向けた一小児科医からのメッセージでもあるとうけとってもらいたいと思います。

このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。


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掲載:2001/06/22