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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第4章「母と子のきずな―母子相互作用−3」


誕生直後からのスキンシップが大切

 これらの研究成果からいえることは、なるべく早くから赤ちゃんを抱っこして、豊かなスキンシップの機会をもったほうが、母子相互作用によって母親の愛情もより深まり、豊かな子育てができる。また子どもも母親により愛着をもち、スクスク育つということだと思います。
 スキンシップをとおした母子相互作用の機会を、誕生直後からもったほうが、母親の立場から考えても自然な子育てにつながるといえるでしょう。
 さらに先の4つのグループについては、1カ月後、1年後の追跡調査も行なわれました。
 1カ月後の調査は、おっぱいを赤ちゃんにのませるところを録画して、のませながら頭をなでたり、目と目をあわせたりする行動をどれくらいの回数行なうかを調べた研究です。その結果も、やはり、生まれてからできるだけ早く抱っこさせた母親ほど、そういう愛撫をする回数が多いということも明らかになりました。
 1年後の調査というのは、泣いている赤ちゃんをあやす行動を調べたものです。あやす時間でみると、抱っこする時期が早かった母親ほど、赤ちゃんが泣いているあいだじゅう、積極的にあやしつづける傾向があり、抱く時期が遅れたり、長いあいだ抱けなかった母親は、どちらかというと赤ちゃんが泣いてもあまり関心を示さなかったというデータもでています。
 もっとも1年後の調査では、生後すぐ抱く機会があり、その後もよくスキンシップをして、母子相互作用の機会の多かった母親のなかにも、赤ちゃんが泣いてもわりと淡々としていて、とくにきわだった関心を示さなかったという人も相当数います。
 それは、たとえば泣いていても、そのうち泣きやむといった気分的余裕があるのかもしれませんし、1年間の育児の経験が、必ずしもスキンシップのみにかたよらない独自の育児法を会得させたのかもしれません。
 ただ、この研究では、1年後に赤ちゃんを医師に診察してもらうとき、母親がどのくらい医師を助ける行動をとるかという観察データも示しています。それによると、早くから抱っこさせた母親ほど、なにくれとなく医師の診察がやりやすくなるように助ける行動が多いということがはっきりしています。
 医師を助ける行動というのは、赤ちゃんの衣服を脱がすとか、「いい子にしていましょうね」と話しかけるとか、お医者さんが赤ちゃんを診察しやすくする行為をさしています。
 私にも同じような経験があります。東大小児科で私が助手の頃お母さんは、診察の時、助ける行動を活発にとってくれましたが、それから20年程たった頃のお母さんは、まかせっきりで、立って見ているのです。わが子との一体感がないのです。
 このような観察・調査研究の積み重ねによって、母と子のスキンシップの重要性が子育ての中で強調されるようになりました。生まれた直後からのスキンシップは、子育ての自然の営みの原点であるという考え方が、あらためてクローズアップされてきたのです。
 ですから、たとえ未熟児で生まれても母親はインキュベーターのなかに手を入れてでも赤ちゃんをさわる。抱っこはできなくても、せめて指や掌でさわらせるという産科医が多くなりました。添い寝は窒息などの不測の事態が予測されるというので、これまでタブー視されてきたのですが、現在『母子手帳』につけて渡される指導書にも、添い寝もよろしいというふうに書くようになったのです。
 これは、私が20年も前に責任者としてやってきた厚生省の母子相互作用研究班が積極的に提言してきたことの反映といってもいいでしょう。
 抱っこ、オンブ、添い寝を自然にやるということの重要性は、これからますます意識されてくると思います。
 もちろん、すべてがオンブ、抱っこ、添い寝などのスキンシップできまるほど人間は単純ではありません。母親の性格、夫婦関係、家庭のいろいろな状況、教育レベルとか経済状態なども関係するでしょう。また母親が小さいときにどのように育てられたかも、意外に強く関係するようです。しかし、スキンシップを介する母子相互作用の重要性を否定することはできないのです。

赤ちゃんは五感全部で母親の愛情にこたえる

 母子相互作用といえば、ことばそのものは難しい感じがしますが、要するに生まれた直後からのスキンシップを中心とする赤ちゃんへの働きかけ(合図行動)と、それに対する赤ちゃんの反応行動のやりとりによって母と子のきずなができるという考えです。母親は赤ちゃんに働きかければ働きかけるほど、赤ちゃんをかわいいと思うようになり、愛情が深まるのです。勿論、赤ちゃんの反応行動は、赤ちゃんの母親にむけての合図行動でもあるわけです。合図行動と反応行動はそれぞれ表裏の関係にあることは明らかです。
 というのは、赤ちゃんは、母親のそういう働きかけに対して目でみつめかえしたり、笑ったり、強く抱きついたり、手足を動かしたりして必ずこたえてくれるからです。ことばは理解できなくても赤ちゃんには誕生直後から、そういう愛撫、働きかけにこたえるだけの能力が生まれながらにプログラムされているのです。そのことについては、第3章でくわしくお話した通りです。
 こうした、母親と赤ちゃんのあいだに相互にとりかわされる合図行動(シグナル行動)と反応行動(レスポンス行動)のやりとりによって、心のきずなができて、母親は子育てに大きな喜びと生きがいを感じ、また、赤ちゃんはスクスクと育ち、母親に対して愛着を深めていくのです。母親の育児行動には、このように合図行動と反応行動の二つの側面があり、子どもとのやりとりによって母と子のきずなは日々強まり、太くなっていくのです。このように、母と子がお互いに影響しあうことを母子相互作用とよぶのだと理解してもらいたいと思います。
 母親の赤ちゃんに対するシグナル(合図)の行動にはさまざまなものがあります。「抱っこする」「なでる」「頬ずりする」「オンブする」「あやす」「目をみつめる」「語りかける」「ほほえみかける」「子守歌をうたう」「イナイイナイバーをする」「お乳をあげる」「おしめをかえる」「高い高いをする」「遊ぶ」などなど、いくらでもバリエーションがあります。
 そういう行動が自然に出るのは、母親が赤ちゃんの心を読みとる力が必要であり、それはわが子への愛情によって自然に育つものです。
 これに対して、赤ちゃんもレスポンス(反応)するでしょう。「笑う」「泣く」「クーイング・喃語」(ウーとかアーといった赤ちゃんことばのおしゃべり)「手足や体を動かす」などがあげられます。赤ちゃんはひとくちにいえば触覚・聴覚・視覚・嗅覚・味覚の五感を総動員して反応しようとしているのです。
 もちろん、赤ちゃんはおなかがすいた、おしめがぬれたで泣きますが、それも重要なシグナルで、お母さんがおっぱいをあげる、おしめをかえるはレスポンスです。ですから、母も子も合図行動と反応行動のパターンは同じで表裏の関係になるのです。
 こうした母親のシグナルと赤ちゃんのレスポンスのなかで、触覚による相互作用ほど大切なものはありません。文字どおりの肌のふれあい、すなわちスキンシップを介しての相互作用は、自分の子ども、自分の母親をお互いにたしかめあい、認めあえる最初の手段だからです。
 分娩方式のひとつに、妊娠中から夫の協力のもとに呼吸法を体得させ、夫の立ち会いのもとに安産に導くラマーズ法というのがありますが、このやり方では赤ちゃんが生まれたら、裸のまま、まず母親に抱かせる方法をとっているのも、こうした触覚による相互作用、スキンシップを重視するからです。
 さきほど紹介したように、母親が赤ちゃんをどのくらいのあいだ抱くことができなかったかによって、その後の母親の愛撫の回数や時間に差が生まれるといった実証的なデータは、相互作用の立場からみると、大変重要なものと思うのです。赤ちゃんのほうは、母親の胎内で育った体験から、生まれたあと母親に抱かれることによって、かつての子宮の内壁のなめらかな感触を思いだし、大いなる安心を得るのではないでしょうか。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。




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掲載:2003/01/17