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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第4章「母と子のきずな―母子相互作用−2」


母親にもスキンシップのプログラムがある

 母子相互作用の大切さを提唱したクラウス博士がこんな実験をしたことがあります。生まれたばかりの赤ちゃんを母親のそばにそっとおき、母親が赤ちゃんに対してどんなしぐさをするか、隠しカメラで撮影して記録し、それを分析するという研究です。
 この実験からいろいろなことがたしかめられました。
 まず、最初の3分間の母親のしぐさをみていると、その半分くらいの時間は指先で赤ちゃんをさわっています。そして、しばらくすると掌でさわりはじめるというのです。
 さわる場所をみていると、最初は赤ちゃんの手足、つぎに胴体へと移っていきます。指先で手足をさわりながら、だんだん掌で赤ちゃんの胴体をさわりはじめます。それにつづいて抱っこして乳首をふくませようとするというのです。
 これは、少なくともお母さんには、さわる(スキンシップする)プログラムがあるように、私にはみえます。赤ちゃんによって、母親のそのプログラムにスイッチが入るといえるのです。ですから、恐らくなにも教えられなくても、赤ちゃんにさわるのではないでしょうか。
 さて、ここで一言申し上げますが、スキンシップという英語はありません。英語では「触る」「触れる」のタッチ(touch)なのです。スキンシップという言葉は、40年近くも前に、わが国の特に小児科学や心理学の分野で現れたことばです。アメリカの国際会議でタッチングの重要性を論じた時、何らかの理由でそれをスキンシップと呼んでわが国で紹介した学者がいたのが理由のようです。最近「抱きしめる」「抱き合う」という意味で、ハグ(hug)という言葉も使われ始めています。また、タッチング・ケアといって、マッサージのように、未熟児や赤ちゃんに実施して、成長・発達が良いという考えが、新生児学、未熟児学、看護学に出て来ているのです。
 スキンシップとして重要な役割を果たすのは抱っこですが、これにも興味深い法則があります。右きき、左ききに関係なく9割以上の母親が体の左側に赤ちゃんを抱くのです。なぜ左側に抱くのかという理由を推測させる研究もあります。
 コロンビア大学の心理学者ソーク博士の古い論文に、母親の心臓の音をテープにとって赤ちゃんに1日数分間、数週間にわたって聞かせてみたところ、聞かせなかった赤ちゃんよりも体重の増加率が高いという実証的なレポートがあります。それは泣く時間が短くよく眠るからだというのです。
 左側に抱くと、赤ちゃんの耳がちょうど母親の心臓の位置におかれます。じっさい、ほんとうに心音が赤ちゃんに聞こえるのかどうかはわかりませんが、赤ちゃんの体全体に、なんとなく心臓のリズムというか、そういうものが伝わってくる可能性は否定できないのではないでしょうか。
 そういうことを、母親というものは人類の長い進歩の歴史のなかで学んでしまったので、抱くときは自然に左側に抱くのだと考えていいと思います。

未熟児はさわってもらう回数が少ない

 さて、赤ちゃんと母親のスキンシップについての実験や研究について、もう少し紹介してみましょう。
 最初は、未熟児の母親と成熟児の母親がはじめて赤ちゃんと面会したとき、それぞれどのくらい赤ちゃんにさわるだろうか、両者に違いがあるだろうかといった研究のデータです。もちろん、インキュベータ(保育器)の外に出ても問題ない未熟児です。
 未熟児の母親のケースを見てみると、1回目、2回日、3回目と面会のたびにさわる回数がふえています。しかし、なかなか抱っこまでいかない。指先や掌で、手足や胴体をさわるていどにとどまっています。
 ところが、成熟児の母親になると、最初の面会で抱っこまで進んでしまうということがわかりました。そればかりか、未熟児の母親にくらべてさわっている時間が非常に長いこともはっきりしました。未熟児の母親は、多少とも未熟児を生んでしまったという自責の念があったりして、あまりにもみじめなわが子の姿をみて、子育てのプログラムが作動しないのでしょう。
 さきほど、母親に虐待される子どもは、未熟児で生まれてきたケースが非常に多いと述べましたが、このデータが示すように、成熟児として生まれた赤ちゃんにくらべて、赤ちゃんの時代から圧倒的にさわってもらう回数も時間も少ないのです。その上、インキュベータに入ってしまえば、全くさわることが出来なくなるのは当然です。
 さらに、@生まれてすぐに抱っこさせた母親と赤ちゃんA12時間後にはじめて抱っこさせた母親と赤ちゃんB36時間後にはじめて抱っこさせた母親と赤ちゃんC36時間たってもまったく抱っこさせなかった母親と赤ちゃんという4つのグループにわけて、どのグループの母親が積極的に赤ちゃんをさわったり、あやしたりするかを調べた研究もあります。
 これは、母親が「顔と顔をあわせる」「目と目をあわせる」「なでる」「ほほえむ」といった母親らしい行動を何回するか、回数に応じて点数をつけていったものです。
 その点数を比較すると、@の生まれてすぐに抱っこさせたケースがもっとも高く、抱っこさせる時間が遅れるほど低くなっていきます。それほどはっきりと数字にあらわれるというのも、一種の驚きではないでしょうか。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。



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掲載:2002/12/13