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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第5章「人生の出発点における優しさの体験―2」

睡眠中に成長ホルモンが分泌される

 睡眠というのは、今ではレム睡眠とノン・レム睡眠の2つに分けられることが生理学的に知られています。レム睡眠というのは動睡眠ともいわれていることからもわかるように、体を動かしながらねむることです。目は軽く開いていることが多く、眼球も早く動いています。
 レムというのはラピツド(R)・アイ(E)・ムーブメント(M)の頭文字をとったよび方(REM)で、文字どおり迅速に眼球が動いているねむりのことなのです。動いているのは目だけではなく、笑ったような表情になったり、口を動かしたり、体全体を動かしたりするのです。朝おきてみると、子どもがふとんをけとばしていたり、体の向きが逆になっていたなどということがよくありますが、これはレム睡眠中の「しわざ」といってよいでしょう。
 これに対して、ノン・レム睡眠とはレム睡眠の逆で、したがって静睡眠とよばれますが、文字どおり目を閉じて体を動かすこともなく、すやすやとねむっている平穏なねむりのことです。子どもも大人も(生まれたばかりの赤ちゃんをのぞいて)この2つの睡眠パターンを一晩のうちに何回かくりかえしています。
 成長ホルモンの分泌のメカニズムはいろいろありますが、この、レム睡眠からノン・レム睡眠に移って間もなく、ピュッ、ピュッと分泌されることがわかっています。より専門的にいえば、ノン・レム睡眠移行後間もない高圧徐波という特別な波型の脳波を示すときに分泌されます。そのことは、血中の成長ホルモンの濃度が急激に上昇することでたしかめられます。
 つまり、レム睡眠とノン・レム睡眠の規則正しいくりかえしが行なわれないと、成長ホルモンが分泌される条件が整いません。安らかなねむりは、大人にとってももちろん大切なことですが、成長期の赤ちゃんや子どもにとっては、とりわけ大切であることがおわかりいただけたと思います。
 それには、子どもの心が安定していることが第一です。生まれたばかりの赤ちゃんは、1日16〜17時間ねむっています。しかし、4カ月もたつと14〜15時間、6〜8カ月で13〜14時間としだいに睡眠時間は少なくなっていきます。
 反対に一度にねむりつづけることのできる時間は長くなります。生後1カ月では5〜6時間、4カ月になると8〜9時間にもなります。重要なことは、3〜4カ月で夜のねむりと昼のねむりに分けられていき、だんだん夜型に移っていくということです。
 胎児時代はおそらく母親のねむりのパターンにあわせて睡眠をとっていたと思われます。その生体のリズムが、出生によって中断され、生まれてからの赤ちゃんはもちろん、母親の生活リズムに支配されますが、今度は自力で、一から生体のリズムをつくりあげていかなければなりません。その確立の過程で、ねむりのパターンも変化していくと考えられます。と同時に、たしかなねむりのパターンをつくりあげながら、成長ホルモンの分泌をうながし、成長もしていくのです。
 勿論、子どもの心が安定していなければ、成長ホルモンの分泌ばかりではありません。消化器の機能や、代謝にも影響します。したがって、発育に必要な栄養をとり込む力も低下するのです。ですから成長がおくれるのです。
 赤ちゃんのかわいい寝顔の裏で行なわれているこのような偉大な営みを思うにつけ、赤ちゃんの心を安定させ、安眠に導くような心づかいが、どれほど重要なことか、あらためて思い知らされます。
 赤ちゃんは、数百万年という長い人類の進化の歴史によって、人類が獲得した遺伝子による心と体のプログラムを使って発育しようとしているのです。そのプログラムがスムーズに働くよう邪魔しないことが、子育てでもっとも大切なことだと思います。特に、心のプログラムに留意すべきです。

情緒的環境のよしあしはIQまで変える

 どうしても子どもが好きになれない母親のもとにいる子が、家にいるあいだは身長、体重の発育がストップし、病院に入ってくると情緒的環境がよくなり、夜も正常な睡眠パターンをとれるようになって、身長も伸び、体重もふえる、というの前回で述べました。
 子どもが育つのに、成長ホルモンの分泌が重要ですが、体の成長には栄養摂取などたくさんの体のプログラムが関係します。身体の成長ばかりでなく、心の発達に関係する心のプログラムをひろくまとめて、「発育のプログラム」としてまとめることも出来ます。心と体のプログラムにチューニングされて、発育のプログラムは機能すると考えればよいと思います。
 順調に伸びたのは体だけではありません。心のプログラムについて考えてみましょう。親のもとにいたときのIQ(知能指数)は50くらいだったのですが、施設に入ったら93まで伸びたのです。
 IQというのは、マネるとか、学ぶとか、あるいは考えるといった、人間の知能に関係のあるさまざまな心のプログラムを総合した、もう一ランク上のプログラムの評価と考えてよいでしょう。高度の精神機能のプログラムです。情緒的な環境のよしあしは、そういうプログラムの作動にも深くかかわっていると考えられます。心の発達のプログラムがよく機能するといえます。
 もうひとつ、男と女の二卵性双生児のケースを紹介しましょう。母親ならどちらもかわいいはずですが、この母親は男の子が憎くてたまらなかったのです。父親によく似ているというのがその理由で、母親はよくいじめていたのです。父親はアルコール中毒で、女遊びのクセがあるという事情があったらしいのですが、スケープゴートになって母親にいじめられた男の子は、背も伸びないし、体重もふえないという状態がつづいたのでした。
 こういうぐあいに、母親(あるいは施設などで母親役をする人)の愛情が不足していたり、精神的圧迫を加えられたり、ときには肉体的にいためつけられたりして、成長がとまる例を母性剥奪小人症とか母性剥奪症候群とよびます。成長がとまるだけでなく、指を口につっこむ、たべ物を反すうする、手足が硬直する、首をやたらに動かす、寝ている時余り頭をうごかすのでそのうしろの毛がおちる、頭を壁にぶつける、徘徊するといったさまざまな症状やいろいろな異常行動もあらわれるので、症候群とよぶのです。
 こういう子どもは、親から離して病院や施設につれてきて情緒的環境をよくしてあげると、すなわち優しく世話されるようになると、間もなく順調に体も成長し、心も発達してきます。その点に着目して、また一方では、母親にだけ責任を押しつけるべきではないという考え方で、母性をかえて、最近では情緒剥奪小人症とか情緒剥奪症候群とよぶことが多くなりました。これには、世話をする人の優しさが子どもの発育をよくする事実が関係しています。
 この子どものIQの変化をみ、家庭から施設に移って、その職員にやさしく世話されるとIQはどんどんよくなり120までも上ったのです。優しさが、心のプログラムを回転させ、それによって体のプログラムも円滑に作動して、それによってチューニングされる発育のプログラムがよく機能して子どもの体は成長すると共に、心も発達すると説明できます。子どもの心と体のプログラムがフル回転すれば、子どもは生きる喜びで一杯(joie de vivre)になるのです。それが子どもにとって重要なのです。
 お母さんの優しい心が子育てにどれくらい重要かということを、頭のなかで常識的にはわかっている母親は多いと思います。しかし、さきに紹介したような極端な「母性愛不足」「情緒不足」が、子どもにどんな悪影響を与えるかということを知れば、その大切さ、重要さをあらためて納得してもらえるのではなかろうかと考えます。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。




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掲載:2003/05/09