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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第6章「母乳哺育のすすめ・・お母さんのオッパイは自然のおくりもの−5」


母乳は新生児の免疫力を高めている

 赤ちゃんを生んではじめてでてくる母乳(初乳)には、特別の成分が含まれているという話を常識として知っている人は多いと思います。事実そのとおりで、ふつうの母乳にくらべてたんぱく質が多く、脂肪と糖が少ないのです。それ以上に注目されるのは、IgA(アイ・ジー・エーまたは免疫グロブリン・エーと読む)という分泌型グロブリンが非常に多いということです。それが、感染症にかかりやすい新生児の免疫力を高めているのです。イナバの白うさぎにも、これが有効だったのかもしれませんね。
 赤ちゃんは、胎内にいるとき母親からさまざまな免疫抗体を胎盤を介してうけとっています。母親がそれまでに体験した感染症に対抗できるすべての免疫抗体をうけとっているのです。だから、基本的には、赤ちゃんは生まれながらにして、母親のもっているさまざまなばい菌やウイルスに抵抗できる免疫をそなえているのです。
 そのうえ、母乳のなかには分泌型IgAがあるのです。
 昔、妊娠中に、抗体が赤ちゃんに移行することがあまり知られていなかったころ、周産期(妊娠29週から分娩後4週)には、抵抗力の弱い赤ちゃんを守る手だてを講じなければならないと考えられていました。したがって、ほとんどの産院で、特別に清潔な分娩室をそなえ、生まれると母親に抱っこさせる余裕も与えず、清潔な新生児室へ移してしまうのも、こうした生まれたばかりの赤ちゃんの免疫機構が未熟であるということを重視したからです。
 そういうやりかたもあって、たしかに新生児の感染症は激減しましたが、その一方では、本書で強調しているような母と子のふれあいの機会を少なくしたという結果にもなりました。
 話をIgAにもどしますが、初乳というのは、自然が、あるいは人類進化の歴史が用意してくれた、赤ちゃんを感染症から守るための特別な母乳と考えてよいでしょう。それほど、初乳にはIgAがとくに多いのです。
 赤ちゃんが初乳をのむと、初乳中のIgAの抗体が消化管の粘膜にべったりと塗られて、消化管感染症を予防すると考えられています。もちろん、こうした免疫抗体は初乳だけでなく、濃度は低くなるものの母乳がでているかぎりふくまれているものです。濃度は低くなっても、赤ちゃんがのむ母乳の量がふえるので、一日にとる量はほとんど変わりません。
 そして、不思議なことに、赤ちゃんが乳首をふくんで母乳をすっているかぎり、母親の唾液のなかのIgAの値は高く保たれているのです。したがって、母乳中のIgAも多いと考えられるのです。赤ちゃんにすいとられるからといって、母親の免疫グロブリンが減るということはありません。
 ところが、人工乳で育てている母親の唾液中のIgAは、赤ちゃんが生まれて数日間は高い値を示しますが、やがて減ってしまいます。吸啜刺激がなにか重要なようです。母乳哺育を続けているお母さんの唾液の中のIgAは高い濃度で維持されることがわかったのです。母親の体のしくみのなかに、必要であればIgAを増産するプログラムがセットされているわけです。
 生まれたばかりの赤ちゃんを守る母乳の成分はIgAばかりではありません。そのほかにラクトフェリンという殺菌因子とか、ばい菌をとりこんで殺す細胞とか、ばい菌が粘膜に付着するのを阻止する因子(糖質の一種)とか、いろいろなものがあるのです。そのうえみのがせないのは、ビフィズスファクターとよばれるものが、母乳にふくまれているということです。その働きは、腸のなかで、悪い菌が外から入らないようにする赤ちゃんの常在細菌をふやすのです。常在細菌のことをフローラといいますが、必ずしも腸のなかだけにいるとはかぎりません。
 しかし、腸管、とくに大腸のフローラは、ビフィズス菌、大腸菌、腸球菌、乳酸菌、バクテロイデスなどからなり、消化、吸収、ビタミンB・ビタミンKの合成、さらに抗生物質やホルモンに似た物質も合成するなどの重要な役をはたしています。実験で、このフローラがない状態で動物を育ててみようとしても、いろいろなことがおこって生きていけないことがたしかめられています。
 母乳哺育している赤ちゃんの出血、特に脳内出血と大腸フローラによるビタミンK合成との関係は少々重要です。ミルクにくらべて母乳中にはビタミンKが少ないからです。生まれたばかりの赤ちゃんが大腸のフローラでビタミンKを合成できるようになるのに時間がかかるからです。ですから母乳哺育するお母さんは、ビタミンKの多い食品、特にキャベツとか納豆を多めにとることがすすめられています。必要なとき、生まれたばかりの赤ちゃんにビタミンKを投与します。
 母乳に含まれるビフィズスファクターという成分は、そのように重要な働きをするフローラを絶やさないようにコントロールしているのです。重要なことは、ラクトフェリンという殺菌因子は、ビフィズスファクターでふえるビフィズス菌には作用しないのです。自然は大変よくできていますね。

母親の「よい」ばい菌を与えて赤ちゃんを守る

 母乳哺育と間接的に関係しているので、このフローラの問題について、もう少し補足しておきましょう。
 母親の皮膚、口腔、鼻腔、上気道、産道には、直接病気の原因となるばい菌はいないとしても多種多様なばい菌がすんでいます。それらのばい菌は病気をおこすのではなく、母親の人間としての営みを助けています。だから、そういうばい菌をひろくフローラとよぶのです。しかし、免疫力の弱い新生児にとっては、それらのフローラも場合によっては病気のもとになるばい菌がまじっていることがあります。だから、母親の体は、厳密な細菌学の立場からすれば「汚染されている」ということになります。しかし、新生児を汚染から守るために、お母さんのおなかのなかで、胎盤をとおして、お母さんの免疫抗体、主としてIgAをもらうのです。そのうえ、母乳のなかには分泌型IgAがあるのです。
 産室や分娩室を清潔にした院内分娩は、たしかに新生児の感染症を減らすことに役立ったわけですが、まったく消失したわけではありません。新生児におこる黄色ブドウ球菌の皮膚感染症に代表されるように、多くの問題を引きおこしています。
 新生児をすばやく清潔な新生児室に入れたとしても、無菌状態になるわけではありません。ブドウ球菌も、分娩後もまもなく、他のフローラを構成する細菌とともに新生児の鼻腔や臍帯にすみつくといわれています。
 一般に、大人の20〜40%は鼻腔にブドウ球菌をもっていますから、新生児室に入れられてからも感染しないともかぎりません。こわいのは、病院で働いている人のもっているブドウ球菌で、そうした人は薬に強くなっているものです。新聞で問題になっている、いわゆるMRSA(メチリン耐性黄色ブドウ球菌)もその代表です。ですから、医療関係者は細かく注意しているのです。そうなると、母親とのふれあいが短く不充分な新生児は、フローラを十分にもらいそこね、みずからフローラを確立する前に、ブドウ球菌をはじめさまざまなばい菌に汚染されるということにもなります。
 分娩すると、母親の体からただちに「よい」ばい菌は接触によってあっという間に赤ちゃんに移り、皮膚、鼻腔・消化管などにすみつき、増殖し、やがてフローラをつくり、悪いばい菌の侵入を防ぐのです。それは、赤ちゃんの皮膚のみならず、それぞれ菌の種類はことなりますが、口腔・腸管など体のあらゆる部分で行なわれているという事実は重要です。
 母乳哺育は、免疫グロブリンやビフィズスファクターをお乳とともに赤ちゃんに乳首から直接与えて、腸内フローラをつくるお手伝いをするばかりか、その肌のふれあいをとおして母親のもっている「よい」ばい菌をも移すことができます。
 病院で問題になっているブドウ球菌感染症は、かなり衛生状態が悪い自宅分娩の赤ちゃんにはほとんどみられない事実、そして上述のようにフローラのでき方の手際よさを考えると、赤ちゃんの生体防衛のみなおしも必要ではないかとさえ考えられているのです。
 こうみてくると、たとえミルクにビフィズスファクターが加えられ、かぎりなく母乳に近づけてあるとはいっても、母乳哺育という育児スタイルにはとうていおよばないことがわかります。その上、いろいろ試みているものの、ミルクの技術は、感染防御に大切な免疫グロブリンを加えるところまでは進んでいないということも、指摘しておきたいと思います。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。


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掲載:2004/02/13