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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第7章「父親の役割――まず父子相互作用で子育てにのめり込ませよう−2」


父と子のきずな、父子相互作用

 母と子のきずなの成立は、母子相互作用で説明されていますが、父と子のきずなは一体どのような仕組みでできるのでしょうか、父子相互作用というものがあるのでしょうか。
 これに対する、説得力あるデータにもとづく説明はほとんどありませんでした。父親に研究室に来ていただいて研究をすることが、現在の社会体制のなかでは、なかなか困難だからという理由もあったと思います。
 最近になって、父と子のきずなも同じである、父子相互作用もあるんだという考えがでてきたのです。すなわち、なるべく早い時期からわが子にふれあわせれば、父親も相互作用によって、父性愛がめざめ、子育てにのめり込むようになるというのです。
 考えてみれば、母親はわが子を胎内に宿しますので、母子相互作用は妊娠中からはじまり、それは40週もつづくのです。胎動を感じて、わが子への愛情が芽生えるのはその代表でしょう。そして、分娩直後から、わが子を抱き、母乳をのませ、いろいろと子育てをすることで、母子相互作用は早期から長期にわたってつづくので、母性愛の確立も早く強くなるのです。
 これに反して、父親の場合は、社会文化が父子相互作用をさせないでいるのです。妻が妊娠したからといって、また、今日はお産だからといって、仕事を休み、妻のもとにいき、直接または間接的にも父子相互作用の機会をもつことがなかったのです。たとえば、お産に立ち合うということすら、例外的な処置であったわけです。医療側も原則として禁止していましたし、女性自身が希望しないこともあった、というのが実情だったのです。ですから、父子相互作用がはじまるのは、早くて分娩後、母子が産院から帰ってきたころ、おそくなればキャッチボールのできる幼児からということになるわけです。
 母親と同じように、父子相互作用を胎児期からはじめれば、父親も充分に母親的になれるのです。たとえば、赤ちゃんが生まれる前からの育児相談に立ち合わせるとか、超音波モニターで胎児のわが子をみせるとか、おなかのなかのわが子に語りかけさせるとか、胎動を感じさせるとか、分娩に立ち合わせるとか、分娩直後のわが子を抱かせるとか、家に帰れば積極的に育児に参加させるとか、このようにして父子相互作用をできるかぎり早くからはじめるのです。そうすれば、父親もかぎりなく母親的になると言うのです。
 しかし、このようにすれば、父親は完全に母親的になるものでしょうか。私には、性染色体のバリヤーを越えるほど、父子相互作用が強いとは言えないのではないかと思っています。まだまだ、データ不足のように思えます。
 また、相互作用によってできる母と子のきずなと父と子のきずなとは、全く同じ質のものでしょうか。父子相互作用で父と子のきずなができて、父親が子育てに夢中になることを「エングロスメント」とよびます。「のめり込み」という意味です。私は、これに対して、母親が子育てに夢中になることを、「アブソープション」「すい込まれ」とよびたいと思うのです。男女の心の違い、恋愛感情での違いと同じように、私なりにそれをあらわしたいと思うからです。
 しかし、それにしても、遺伝子、とくに性染色体のなかにある遺伝子によって規定される違いが、社会・文化、とくに行動をふくめての環境因子によって、性差のバリヤーを越えることができるかも知れない、あるいは相当程度できるということは、極めて重要なことであります。
 父親にも、母親と同じように、子育てのプログラムがあることは確かに否定できません。哺乳動物の40%の種で、雄が子育てすることが報告されています。ラットの雄に、生まれたばかりの仔ラットを側におくと、始めはかみついたり、けとばしたりしますが、次々と生まれたばかりの仔ラットを身近におくと、この雄ラットは子育てを始めるという実験報告さえもあります。ですから、人間の男性も子育てのプログラムを持っているに違いありません。しかし、女性よりもそのプログラムにスイッチを入れにくいのかも知れません。
 社会が大きく変わろうとしている現在、こういった考え方で、父親をかぎりなく母親に近づけて、子育てを一緒にするようにしなければならないときに来ているのです。そのためには、父子相互作用の機会を豊かにするようにするとともに、社会の在り方、週休2日制、父親の育児休業など、いろいろと考えなければならない問題があります。社会全体を、もっと女性が妊娠・分娩・育児をしやすい女性指向型にして、その中での父親のやり方を考えなければならないのではないでしょうか。

子どもが自立するときが父親の出番になる

 生後2日から4日の赤ちゃんと、母親・父親の3人を病院の1室におくと、どういう行動をとるかという研究が、アメリカで行なわれたことがあります。それによると、父親のほうが母親よりもはるかに長い時間、何回にもわたって抱くというおもしろい結果がでています。父親と赤ちゃんの2人だけのときよりも、抱く回数も時間も長いのです。
 しかし、くわしく観察すると、父親は母親より多く話しかけ、赤ちゃんをさわるのに対し、ほほえみかける回数や時間は母親のほうが圧倒的に多いというのです。
 こういう研究の結果、父親がそばにいるときは、母と子の相互作用は抑えられる傾向があることがわかりました。保母さんなどの保育の専門家による施設保育がおこなわれると、母子相互作用に影響する場合もあるのです。それとも関連することですが、ラマーズ法のように陣痛から出産まで父親が立ち合うようなケースでは、母子の心のきずなというよりも、父子の心のきずな(愛着=アタッチメント)のほうが強くなるとの報告もアメリカにあります。
 もうひとつ重要なことは、赤ちゃんは生まれながらにして、母親と父親を区別する力をそなえているということです。母親には優しさを求め、あまえますが、父親にはあそびを求め、活発な対応を期待するというのです。この立場からも、子育てには、父親も母親も必要なのです。
 さて、日本では、女性の社会進出がめざましいとはいっても、まだまだ父親が外で働き、母親が家で育児に専念するといった形式が一般的です。父親が出産に立ち合うケースがふえているとはいっても、アメリカのように最初から父子の心のきずなのほうが強くなるということになるのかどうかはわかりません。そこにはやはり、日米の生活スタイルの差、広くいえば文化の差というものがあらわれてくるのではないでしょうか。
 私の考えでは、どちらかというと、赤ちゃんとのきずなは、母親が先につくったほうがよいと思います。少なくとも2、3カ月は母子相互作用に専念させ、父親はそれがうまくいくようにサポートするといったやり方がよいのではないかと考えています。
 母子相互作用のなかで、あるていどのきずなができあがったころ、こんどは父親も赤ちゃんとの人間的なやりとりに積極的に参加して、父子のきずなを深めていくのです。
 赤ちゃんに対する父親の役割というのは、妊娠・出産・授乳そのものの当事者ではないだけに、このように最初は控えめに、妻たる母親のサポート役に徹することで、子育てに関係していくところにあると思います。しかし、子育てに参加する意欲をたかめるためには、前にのべたように、できるだけ早期から父子相互作用の機会をもつべきであることは否定できません。
 そうして、母親とともに積極的に子育てに協力していくうちに、やがて子どもが自立しはじめる段階にいたって、遊びやしつけを介して社会で生きていく術を教えなければならないときにいたって、より重要な役割をはたすべく、父親がむしろ前面にでて十二分にその役どころを演じる必要があります。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。



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掲載:2004/07/09