今年は「日本子ども学会」発足の年で、発起人の一人としてお役に立たねばならなかったはずなのですが、幸か不幸か、大学から1年間の研究休暇を与えられ、いまアメリカはコロラド州、ボウルダーBoulderにある行動遺伝学研究所Institute for Behavioral Genetics(IBG)に留学しております。そのため発起人会などの仕事をすべてさぼることになったわけですが、そのかわり、ということで「コロラド便り」を寄稿させていただくことになりました。
ところが行動遺伝学の確立は、同時に受難の始まりでもありました。行動遺伝学研究所設立の2年後、1969年に、知能の行動遺伝的研究をまとめたアーサー・ジェンセンの論文が、黒人と白人の知能指数の差に遺伝的な影響があると示唆したため、行動遺伝学は人種差別の学問として、世間から糾弾を受けることになったからです。このジェンセンの論文の中で、知能の人種差を説明するのに引用されたのが、行動遺伝学研究所の設立に尽力し、長い間その所長を務めたジョン・ディフリース(John C. DeFries) 博士のコメントでした。
いま私は、このディフリース博士の研究室のちょうど隣に研究室をいただいて、研究をしています。博士はとても親切で心配りのきく穏やかな紳士で、よく私の部屋をたずねてくれては、世間話や、時には食事に誘ってくださったりもします。秋になってロッキーのポプラが色づき始めたときには、近くにお持ちの山荘までドライヴに誘ってもいただき、たいへんお世話になっている先生です。(写真) その授業は明快で一点の曇りもなく、彼と盟友であり数年前になくなったフルカー(David W. Fulker)博士の二人で築き上げたDF極値分析という統計手法の説明の時は、それを二人で着想したときのこぼれ話なども交えて、私がそれまでよく理解できなかった疑問点がすっきり解消されました。
こうした街を挙げての、大人まで巻き込んだアメリカのハロウィーンをかいま見て、このような経験は子どもの成長にとって、実はとても大きな意味があるのではないかと考えさせられました。子どもたちは、この日だけは見ず知らずの大人の人に“Trick or treat?”(お菓子をくれないといたずらするぞ)といいながらアプローチするという役を与えられます。子どもにとってそういう見ず知らずの大人は、はじめは脅威の対象かもしれません。ところがどこでも大好きなお菓子をくれます。それは一面儀礼的かもしれませんが、しかしこうした経験が、自分たちがコミュニティーの中の主役になること、そして「あ、僕たち/私たちはこの社会に受け入れられているんだな」ということを知る原体験になることでしょう。
対人関係という点でもう一つ印象的なのは、子どものしつけです。どこの国でも、子どもたちは大声を上げて走り回ります。スーパーの中でもそうです。ただ私が驚いたのは、近くのスーパーでそうやって友だちとじゃれ合って走ってきた小学校高学年くらいの子どもが、私とぶつかりそうになると、しっかりと"I am sorry."と謝ったきてくれたことでした。私たち夫婦には子どもがおりませんが、こちらで知り合った日本人夫婦でお子さんを幼稚園に通わせている方にうかがうと、一般的にアメリカの子どもの時のしつけは厳しく、それも「だめっ」と頭ごなしにしかるのではなく、この場合にはなぜそういうことをしてはいけないのかということを、論理的に説き伏せるようなやり方をするそうです。
このように日本人の私たちの行動様式まで一時的に変容させてしまうようなアメリカ文化の対人関係の敷居の低さというのは、日本人のそれと根本的にちがうのでしょうか。決してそうではなさそうだ、と考えさせられる話を、前回の最後にご紹介したケンプ子どもセンターKempe Children's Center*1(写真, ホームページはこちら)でインタビューさせていただいたドナルド・ブロス博士Dr. Donald C. Brossからうかがいました。
ケンプ子どもセンターの主要な仕事は、虐待/ネグレクト(養育放棄)児童の救出とその発育支援です。センターの前身は1962年に児童虐待の事実を世に被殴打児症候群(battered child syndrome)として知らしめた小児科医として日本でも知られるヘンリー・ケンプ博士Dr. C. Henry Kempeが1972年に設立した国立児童虐待ネグレクト予防処遇センター(The National Center for the Prevention and Treatment of Child Abuse and Neglect)でした。このセンターは昨年(2002年)7月、第14回国際児童虐待防止協会(ISPCAN:The International Society for the Prevention of Child Abuse and Neglect)の国際大会*2を主催しました。
このような普遍的と思われる遺伝的に独立の3つの次元があるとすれば、それはきっと進化を通じて獲得されてきたもので、そこから生まれる人間のパーソナリティの個人差もきっと進化的な意味があるのではないかと考え、それを進化心理学の大御所であるトゥービー博士Dr. John Toobyとコスミデス博士Dr. Leda Cosmedesの前でお話しさせていただきました。(写真*4)