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育児休暇を取る父親たち−カナダ在住の6組の夫婦の事例研究

マレーネ・リッチー、理学士/看護学修士

 2000年12月にカナダ政府は雇用保険被保険者が取得できる育児休暇を35週間に延ばした(雇用保険は強制保険であり雇用者間で施行され、カナダ政府が負担する)。育児休暇は夫婦2人で35週間を分けて使うことができる。つまり、夫婦のどちらかが数週間休暇を取り、仕事に復帰した後は、他方のパートナーが残りの休暇を取るなどの選択ができる。育児休暇の受給資格を持つ母親はさらに、15週間の出産休暇を取ることができる。育児休暇の受給資格の取得には、雇用保険加入期間の直近52週で600時間以上働いている必要がある(自営の漁師が受給資格者になるには直近31週のうちに3,760ドルの収入を漁業で得ていることが必須用件)。個人事業主などの自営業者は育児休暇の受給取得資格はない。カナダ政府の雇用保険(Government of Canada, Employment of insurance :EI)の統計によると育児休暇を積極的に取得する父親・母親が増えてきている。

  2000年* 2002年 2004年
カナダ人口 30,770,000 - 31,946,300
出産休暇消化者数 49,372 53,974 56,648
育児休暇取消化者数 31,837 116,762 126,587
養子縁組休暇消化者数 361 1,368 1,632
カナダ総出産数 327,107 330,523 337,856
育児休暇消化率* 9.7% 35% 37%

*2000年7月1日から2001年6月30日までの1年間
*育児休暇消化率とは新生児の父親の推定育児休暇消化者率
*有資格者ではない父親が育児休暇を取ったデータはなし


 給付金は2週間の待機期間後に支給が開始される。この2週間の待機期間で得た収入、休暇手当、退職金は最初の給付金がおりる最初の3週間目に差し引かれる。基本給付率は雇用保険被保険者の平均賃金の55%で、1週間に413ドルを上限として支給される。給付金は課税所得とされ、連邦税、州税が給付金から差し引かれる。配偶者と受給資格者がすでに児童手当を受けており、その世帯収入が年間25,921ドル以下の低所得者ならば、より高額の給付金の受給資格が与えられる。

育児休暇を取得した父親のケース
ケース1:リサとマーティ
 30代半ばのリサと30代後半のマーティには、夫婦にとって初めての子どもである生後3.5ヶ月のリンディがいる。夫のマーティは塗装会社に勤務しており、育児休暇の受給資格者である。しかし、妻のリサはマッサージセラピストとして独立して働いているので育児休暇は適用されない。夫婦はカナダ南東部に位置するオンタリオ州の小さな町に住んでいる。彼らの家を訪ねると、マーティがコーヒーを淹れてくれ、寝室で母乳をあげているリンディと娘のリサに会ってみるよう勧めてくれた。部屋に入るとリンディはリサの腕の中で気持ちよさそうにしていた。「看護士に母乳のあげ方を教えてもらおうとしたけど、リンディはすぐにわかったみたい。」とリサはリンディが本能的に母乳がどこから出てくるのかわかっていたことをうれしそうに話してくれた。



 リサもマーティもお互い兄弟がいるが2人とも赤ん坊に接する機会はなかったので、子育てに備えるために出産準備セミナーを受けた。マーティは「最初は気が進まなかったけど、リサが受けるよう勧めたので受講したんだ。でも受けて良かったよ。4組の夫婦と知り合って一緒にセミナーを受けたよ。」と話す。彼らは又、催眠出産セミナーも受けた。リサによると催眠出産セミナーはとても役にたったそうだ。リサは「出産と陣痛は合わせて12時間も続いて、その間、薬はなにも飲まなかったのよ。セミナーのおかげで怖くなかったわ。」と言う。出産時には、助産婦2人と看護士1人が指示を出しつつ、マーティがリサの片方の足を、看護士であるリサの母がもう片方の足を持ち出産を助けた。

 2人は家族全員が一緒に泊まれる部屋と設備がある病院を選んだ。その病室は両親と子どもに一台ずつベットが置いてあり、部屋の隣にはお風呂がある。マーティは初めての出産経験と出産後のことをこう語る。「興奮して眠れなかった。リサとリンディが呼吸しているか、ずっと聞いていたよ。それでリンディが生まれたらすぐに抱き上げたんだ。そのときリサは感動して震えていた。」

 マーティになぜ育児休暇を取ると決めたのか尋ねてみた。マーティはほほえみながら答えてくれた。「10,000ドルくらいかかるって聞いていたし、金銭面ではとても不安だったよ。でもリサが借金したとしても、大事なことだからって後押ししてくれたからかな。」一方、リサの場合、臨時で雇った派遣社員がリサの代わりに働いてくれているが、その間の収入はない。育児休暇中マーティには上限の補償額である週413ドルが支給され、税金を差し引いた額の355ドルを受け取っている。しかし、この支給額では住宅ローンや不動産税をまかなうことはできない。リサは「マーティは働いて50ドルまで稼げるけど彼の会社にはアルバイトの仕事はないのよ。」と言う。給付金がおりるまでの間も、とても苦労したようだ。行政の担当者が給付金の支給手続きは問題なく進んでいると確認してくれたにも関らず、実際に支給されるまでに、1ヶ月以上かかってしまったのだ。就業証明書の写しではなく原本を政府に提出しなくてはならなかったことがわかり、大変だったという。

 リサは3週間のうちに職場に復帰するのでマーティがこれから数ヶ月間、育児を全面的に引き受けることになる。マーティは彼の一日をこう語る。「リンディは8時半から9時半の間に起きる。リンディがせきこんでるのが聞こえるんだ。彼女はうつぶせになって寝ているから僕が仰向きにしてあげるんだ。リンディは笑うんだよ。僕がリンディのおむつを取り替えてる間にリサがトイレに行く。リンディが母乳を飲んでる間に、僕がリサの朝食を作る。やることは山のようにあるとは覚悟してたけど全然時間が足りないね。」リサはリンディの授乳を終えてベッドに寝かせて歌をうたってあげている。リサは「彼女も歌うのよ」と教えてくれた。たしかにリンディもリズムにのってつぶやいているようだ。マーティが来てオムツを替えようとするとリンディはお父さんの声に反応して、マーティの方を振り向き大きく笑った。

ケース2:ジャンとイアン
 ジャンとイアンには生後3ヶ月の息子、ジェイミーがいる。イアンは40代前半でジャンは30代前半である。ジェイミーは初めての子どもで、ふたりとも子育ての経験はない。イアンは鋳型士としてゼネラルモーターズ社の社員で、育児保険の受給資格者である。一方、ジャンは経理の仕事を辞め、息子が就学するまで育児に専念するそうだ。3人はオンタリオ州にある小さな町のオシャワに住んでいる。イアンはオシャワ総合病院で22時間続いたジェイミーの出産の時、分娩室に入れてもらい出産に立ち会ったが、途中で帰宅しなければいけなくなったので用を済ました後、病院に再び戻ったのだ、と電話越しに教えてくれた。「とても驚いたよ。いろんな思いが頭をよぎったね。でも出産も問題なく終わり、みんな無事でほっとしたよ。」とイアンは出産について答えてくれた。イアンは「妊娠3、4ヶ月目あたりに育児休暇を取ると決めた。友達も家族も協力的だった。年配の友人も若かったときにチャンスがあったらなあって言っていたよ。」と話してくれた。

 金銭面について質問するとイアンは、カナダ政府が支給する週413ドルの給付金に加えて彼の会社が3ヶ月間、彼の給料の90%を支給してくれているのだ、と答えてくれた。「3ヶ月経てば職場に復帰するよ」とイアンは言う。「何か驚いたことはあった?」と尋ねると「赤ん坊を育てるのにこんな時間がかかるなんて知らなかったよ。」と答えた。「どんな育児に参加しているの?」と尋ねると「あらゆる面で。つまりミルクをあげたり、おしめを替えたり、お風呂にいれてあげたり。ジャンは2ヶ月は母乳をあげて、今はふたりで粉ミルクを作ってあげてる。ジャンが夜通しでジェイミーの面倒を見て、朝方になると僕が交代してジェイミーを見てあげてる。その4、5時間の間にジャンが寝るんだよ。すっかりジェイミーとも分かり合えたよ。」という答えが帰ってきた。ここでジャンが電話に出て「ジェイミーの性格は父親ゆずりなの。顔もそっくり。」と話してくれた。電話越しでも彼らが喜び満足していることが伝わってくる。

ケース3:ダナとジム
 ダナとジムは私をアパートに招待し、マタオを紹介してくれた。マタオはふたりにとって初めての子で生後22ヶ月、今では歩いたり、ダンスをしたり、喋ったりしている。マタオは子ども用のイスに座っていたが、いやいやイスから下ろされると、今度は私のそばに来ておもちゃのギターを見せてくれた。ダナとジムはふたりとも30代で子どもには慣れているようだ。ダナは子どもの頃にベビーシッターの経験があり、ジムは家族の子どもたちのためによく遊んであげていた。ジムは看護助手でオンタリオ州立リハビリテーション病院に勤務しており、育児休暇の受給資格者だ。ダナは請負の仕事をしているので、育児休暇は適用されない。ジムの勤め先の病院は政府の給付金に加えて3ヶ月間彼の給料の93%を支給している。十分な額である。3ヶ月の育児休暇後、ジムは復職している。

 マタオはトロント州のシナイ病院で生まれた。ジムは出産に立ち会い、へその尾を切った。ジムは顔に畏敬の念をうかべて、「一生で最高の日だったよ。うれしかったし、いい気分だった。赤ん坊はとても小さかった。」と語ってくれた。ジムの家族と友人たちは、彼が育児休暇を取ったことをどう考えているか尋ねてみると、彼は「いいね、ってみんな賛成だった。同僚の看護士達は育児休暇を取ることを勧めてくれたし、友人も1人取っていたしね。」と話す。育児についての質問には「ふたりで一緒にやっている。うまく協力して、平等にね。マタオが求めているものわかっている。ダナも僕も、父親と母親になる準備は出来ていたしね。」しかし、やるべきことはたくさんあり、驚いたようだ。ダナは一年間母乳をあげていた。「何か驚いたことは?」と聞いてみると、ジムはマタオが生後3週間目に尿路感染症にかかり、入院したことだと答えた。「本当に驚いたよ。とてもかわいがっていたのに、赤ん坊も病気にかかるって知るべきだったよ。」とジムは言う。とても心配だったようだが「マタオは絶対なおると信じていた」とジムは言った。ダナもうなずき賛成している。そのとき、マタオは私の手をとり彼のおもちゃを見せにつれていってくれた。

育児休暇を取得しなかった父親のケース
ケース4:キミヨとユウジ
 キミヨとユウジには帝王切開で出産した生後5ヶ月のケイがいる。ユウジは自営業を営み、キミヨは専業主婦をしているため、ふたりとも雇用保険に加入しておらず育児休暇を取得することはできない。ユウジの従業員達は彼がケイとキミヨがとできるだけ一緒に過ごせるようにと、長時間働いてくれたが、ユウジはそう長く仕事から離れることは出来ない。キミヨとケイが病院で入院していた5日間も、ユウジはなんとか従業員に指示を与えていた。もし祖母が日本から助けに来て、3歳になる長男のキショウの面倒を見て幼稚園の送り迎えをしなかったならば、もっと大変なことになっていただろう。

ケース5:ナディアとフランク
 ナディアとフランクの最初の子、ミカエルは生後2ヶ月だ。夫婦ふたりとも育児休暇の受給資格者である。建築現場の作業監督のフランクは「僕らのどちらかはミカエルとずっと一緒にいてあげたかったから、育児休暇を分け合う事はせず、ナディアが仕事に復帰するまでの1年間、育児に専念することにしたんだ。僕はミカエルのオムツを替えたり、お風呂に入れたりしているよ。夫婦ふたりで、1年の育児休暇を取れたらどんなにいいだろうけど、それは無理。僕は義父のところで働いているんだけど、彼はもう65歳を超えてるから、彼1人に任せることはできないんだよ。」と言う。

ケース6:キャサリンとリック
 キャサリンとリックの娘、コーデリアは生後9ヶ月である。新聞のコラムを担当しているリックとキャサリンは共に育児休暇の受給資格者だが、ふたりは夫婦のどちらかがコーデリアと1歳半の娘のアグネスと可能な限り長く一緒にいることを望み、キャサリンが1年間休暇を取り、リック自身は休暇を取らないと決めたと教えてくれた。「3、4ヶ月しか休暇を取らないで、残りの休暇を妻に取らせてあげている父親はたくさんいる。どちらにせよ、僕は家でもこなせる仕事が結構あるからね。」とリックはいう。リックはこのインタビューの後、育児を代わり、キャサリンのために自由な時間を作ってあげる予定のようだ。育児休暇は、休暇中の父親の職務は確保しなければならないと規定している。休暇中に他の職務に異動させられたり、昇進のチャンスを失ったりする父親もいるのか、とリックに尋ねてみたところ、彼は2、3ヶ月休むくらいなら問題はないだろうと考えているそうだ。。

要約
 カナダ政府の雇用保険(Government of Canada, Employment of insurance :EI)の統計から育児休暇を取る雇用保険被保険者の父親の数が増えていることがわかる。今回、紹介した6人の父親全員が育児休暇を望んでいた。育児休暇を取った父親達は赤ん坊の仕草から彼らの求めているものを読み取る力を養い、妻が求めているものなどにとても敏感になったことに対して自信と喜びを表している。一人一人の父親が父子間のきずな、夫婦間のきずなを深めることの重要性を強調し、彼らの担った役割に喜びと自信をもっているようであった。程度は様々だがインタビューした6人の父親の世帯収入は育児に伴い減少している。彼らの消化休暇日数は、夫婦間の育児休暇の分配の仕方、雇用者からの追加給付金の有無、貯蓄の使用などのいくつかの要素によって決まる金銭的な取り決め次第である。父親達、全員休暇中に他の計画に取り組もうと考えていたが、生まれたばかりの赤ん坊の世話はとても時間がかかることに驚いたようだ。職場復帰時に職務が変えられていたり、昇進の機会を逃したりすることに不安を抱いている父親はいなかった。おそらく3ヶ月以上休暇を取った父親は6人のうち1人しかいなかったからであろう。育児休暇を取らない理由は、(1)雇用保険に未加入であるため、(2)妻が育児休暇をすべて使えるようにするため、(3)長期間仕事を休めないため、のいずれかであった。


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