トップページ サイトマップ お問い合わせ
研究室 図書館 会議室 イベント情報 リンク集 運営事務局

 トップ 図書館 未来紀行


トロントの幼稚園−外国語を母語とする子どもを英語環境に迎え入れる

マレーネ・リッチー、理学士/看護学修士/インターナショナルエデュケーター
English


 カナダの都市トロントは、人種的・民族的構成が多様で、幼稚園の教師も外国語を話す子どもが英語を使う幼稚園の生活に自然にとけこんでいくよう指導する経験を積んでいる。トロントの教育委員会は、入園準備のためのパンフレットを24か国語で発行している。

2001年の人口調査
トロント周辺
都市部の住民
トロントの
住民
トロント内
移民の割合
トロント内
0-12歳児
外国生まれの
子ども
500万人 250万人 50% 378,925人 10人中4人

出生時における音を聴きとりあらゆる言語を学ぶ能力
 幼稚園は、子どもが言語能力を身につけるように導くことを目標の一つとする。「出生時の赤ちゃんはあらゆる言語のどんな音も聞き分けることができる。大人の日本人が混同しがちなLとRがその一例だ。バイリンガルの家庭で育てられる赤ちゃんは、言語のリズムによって2つの音を区別している。バイリンガルの子どもの語彙には、1つの意味に対して2つの異なる言語の単語が存在することが研究でわかった。たとえば、(共に家を意味する) house と maison は、子どもが最初に覚える50語に入っている。習得する言語が一つだけの子どもは、覚えた単語が50語の段階を優に超えるまで同義語を覚えようとはしない。」(ガイ)。子どもは言葉の単純な組み合わせを2歳で使いはじめ、5歳までには込み入った複雑な文を作るようになる。「急激な言語習得はこの時期の特徴だ。米国では、1言語のみ話す子どもは1日に3つずつ言葉を覚える。」(カン、コーナート)。「母語で適切な教育を受けている生徒は受けていない子どもよりもずっと早く英語に熟達する。」(コリアー)。「読み書きの力や学習能力は第一言語と第二言語との間で移行可能であることがわかった。」(カミンズ)。

安心感があると習得も早い
 トロント教育委員会の保育アドバイザー、カーティナ・ヒューズは語る。「子どもを迎えるにあたっては、親子を園の見学に招き、日頃慣れ親しんでいるものを持参させ、しばらくの間親に子どもといっしょに過ごしてもらってください。子どもが何が好きで何が嫌いかを見つけて、英語で保育が行われる幼稚園に馴染むのは子どもと親どちらにとっても難しいことを理解してください。」しかし、第二言語の習得は、英語の単語を語彙の中に単純に加えていくことではない。「子どもが一人の人間として安定した気持ちを保つには、第一言語を知っていることが必須です。」第一言語は本人の生まれた文化を伝え、自分が何者かという自覚をもたらす。「子どもに母語で本を読み聞かせたり、韻を踏んだ言葉を口ずさんだり歌を歌ったりするよう親にすすめてください。」

 ライアソン大学の「子ども教育学部」が教師の訓練施設として運営する「全日保育」では、キーワードになる単語を子どもの母語の発音通りに教師が書き取り、その発音で子どもに話しかける。英語と、たとえば中国語の両方に存在する単語の絵や写真を使用する。母語で録音されたお話や歌を流す。地図も使う。親に単語リストを渡して、子どものために訳してもらう。随時、他の部署から、子どもと同じ言語が話せる教職員を連れてくる。

 自分の母語に関心が向けられることによって、子どもは自分が尊重されているという気持を持つことができる。新しい文化の社会環境になじむため自分の文化と袂を分かつことを決意する子どもは多いが、その場合社会の中で弱い立場にある第一言語を忘れないようにするためにも役立つ。忘却を防ぐには、子どもが両方の言語で繰り返し練習することが必要であることが研究結果からもわかっている。「母語と英語いずれの言語も、その2つの言語を話す教師が幼稚園にいる場合、より早く習得される。」(グリーン)。親と教師が子どもに別の言語で話しかける場合、最も望ましいのは、それぞれ1つの言語を一貫して話すことである。

英語完全イマーションの実例
 3歳のヤオヤオは、カナダ人の母親の手を握って、トロントのユダヤ人コミュニティセンターの幼稚園にはねるように入ってきた。母親のジャネットは子ども用の椅子に座ってヤオヤオが上着を脱ぐのを手伝った。「行っちゃいや」ヤオヤオは母親の膝によじ登り首にしがみついた。「毎日来ているでしょう」ジャネットは言った。「お外に行きたいの?」(幼稚園の運動場を指す)「行きたくない」ヤオヤオは母親にしがみついたままだ。「毎日することは何?」母親は聞いた。ヤオヤオはにっこり笑った顔を母親に向けた。「お母さんが私にキスして私がお母さんにキスするの」キスのやり取りがすむと、ヤオヤオは母親の膝から滑り降りて立ったので、ジャネットは「あとでね」の言葉を残しさっと出ていくことができた。先生が「音楽教室に上がって行って歌ったら? 他の子と一緒に並んでね」と言うと、ヤオヤオは意気揚々とホールへ向かった。先生がドアを押さえている子どもたちを決めると、列は動き出し、ヤオヤオはクラスメートといっしょにスキップしながら出て行った。

 ヤオヤオの母親は、昨年の夏中国に行ってヤオヤオを養子に迎えた。それまで、ヤオヤオは英語を全く話さない里親に中国語で育てられていた。トロントに着くとすぐ幼稚園に入学した。幼稚園の副園長で、ヤオヤオの受け持ちのソラヤ・ヤクビ先生は、入園当時のヤオヤオの様子を語る。「ヤオヤオのお母さんは、中国に迎えに行く前、テディベアを送っていました。ヤオヤオは最初ここへ来たとき、そのテディベアを肌身離さず持ち歩いていました。ここしばらくは見ていません。私はずっと一緒にいるよう指示されていました。子どもに安心感を持たせることが必要だからです。子どもに『この人は信頼できる』と思わせなければなりません。ヤオヤオは母語の中国語を話し、私も自分の母語である英語を話しました。ヤオヤオをたくさん笑わせました。ヤオヤオがここの場所を好きになると、言葉はどんどん出てきました。ヤオヤオはユーモアのセンスがあり好奇心も旺盛で、自信に満ち、何でもすぐに吸収するのが見てとれました。私たちは一対一での遊びを用意しました。最初、私はいつもいっしょにいました。きっと怖いだろうと思ったからです。おかあさんのジャネットは、ヤオヤオが知っている『喉がかわいた』や『おしっこ』などが書かれた英語のリストを私たちに渡しました。何度も同じ英語を繰り返して言わせるようなことはしませんでした。ヤオヤオが『外』と言ったときは、私は『まあ、あなたは外に行きたいのね。外に行きましょう。』と言うようにしました。ヤオヤオがすぐに繰り返して言わないときは、それはそれでよしとします。安心感を持たせるためです。ヤオヤオは本が好きです。物語の中に自分に似た子どもを見出しているのです。」

 シャーロットは、中国から養子に来たもう一人の3歳の女の子だ。幼稚園に着くと周りを見回していた。先生が「シャーロット、絵が描きたい?」と聞くと、絵を立てかける台のところに行ってエプロンをつけた。「シャーロットは私たちが言うことは全部理解していますが、話し始めるのはまだです。子どもたちが言葉を覚えるレベルは様々です。」と先生は説明した。

家庭では日本語、学校では英語を話す環境にいる子どもの事例
 3歳のキショウは、キュー・ビーチ・モンテッソリ幼稚園に通っている。私が訪ねると、きまってキショウは英語で私に話しかけ、おもちゃを見せてくれる。母親に向かうと今度は日本語で話しかける。しかし、私が園で一緒に過ごした日は、彼にとってあまりよい日ではなかった。母親が赤ちゃんの弟といっしょにほとんど夜通し起きていて、キショウもあまりよく眠れなかったのだ。このため、母親がキショウを車に座らせてシートベルトを締めると、キショウは日本語で抵抗し泣いた。道中、父親はお母さんにすぐまた会えるからとか、幼稚園の友達が待っているよ、などと日本語で言ってなだめようとした。園に着くと、父親に車から降ろしてもらったときはしぶしぶだったが、素直に先生のパムに手をひかれて子どもたちがいる部屋に入って行った。「通常、子どもたちは自分たちがしたい作業を棚から降ろしてすることになっています。」パムは説明した。しかし、その日パムはこう言った。「キショウ、今日はご機嫌斜めね。わかった。あなたは絵を描くのが好きよね。」パムがキショウを画架のところに連れていくと、キショウはエプロンをつけて色とりどりの丸を描いた。中国から養子に来たエマが、早速キショウの応援を始めた。「キショウ、すごく素敵。とても上手ね。」と言ってキショウの肩に腕をまわした。

 次に、キショウは数字パズルを番号順に並べる遊びに向かうと、床にマットをひろげて棚からパズルの箱を取り、マットの上に座って早速とりかかった。エマは、キショウが敷いたマットのそばに自分のマットを置いた。キショウが「4」と「5」のピースを合わせていると、エマが「1」を上にかかげ、「キショウ、これなーんだ。これは1。1から始めるのよ。」と言って正しい場所に置いた。「次は何? キショウ。」自分のマットのところにいなさいという先生の言葉に構わず、エマはマットから離れてキショウの体に腕をまわし、「1」を所定のところに置くように身振りで示した。キショウは落ち着いて小さなペグをパズルのピースの穴にはめた。「その通りよ、キショウ。」先生は励ました。「1、2。」キショウは英語で10まで数えながらペグをはめ込み終えた。

パズルで遊ぶキショウ
パズルで遊ぶキショウ

 園長のジョアン・ウォルダーが、キショウの園での日々を語る。「わたしたちが子どもたちの名札を並べると、子どもたちは名前の読み方を覚え、名札を箱の中に入れます。今、出席をとっているところです。年長の児童 (4歳) がお手本になります。私たちは身ぶりでコミュニケーションをはかり、ものに名前をつけ、簡単な言葉で話すようにします。キショウがトングを使っていると、『開きなさい』と言って実演し、言葉を身振りと結び付けます。最初は服や体に関係する言葉から始めます。キショウは全て理解しています。話すときは、普通英語と日本語の単語を混ぜて使っています。キショウは自分が持っているコミュニケーションスキルを全部使います。同じものに興味がある子といっしょにいたがり、4歳の子と同じくらい上手に人と接するようになってきました。」

 ガイはバイリンガルの子を持つ親の言葉を引用する。「英語は世界的に支配的な言語になりつつあるが、母語も使えるという強みは後の人生においても重要な意味を持っている。親が子どもにあげることのできる贈り物だ。」ヒダシによると「対立する文化価値は、適切に扱われ活用されると、知識をひろめ、世の中に対する様々な見方への理解を促す基盤になるのではないか。」

要約
 トロントの幼稚園の先生たちは、英語以外の言語を話す子どもたちを受け入れて導く経験を積んでいる。子どもは、生まれつき音を聞きとり、どんな言語も覚える能力がある。安心感を持つと、習得も容易になる。絵やテディベアなどの家から持ってきたものや、先生が一対一で向き合うことは、入園当初、園の生活に慣れる手助けとなる。言葉を吸収する速度は子どもによって様々だ。自分の考えを表現する前にコミュニケーションを理解する。繰り返しが必要だ。子どもは仲間をお手本に真似る。研究によると、子どもは自分の母語が流暢な場合、英語の吸収もより速く、読み書きや学習能力は言語間で移行可能である。子どもが母語の力を保持することは、自分が尊重されていると感じさせるために必須だ。子どもが第一言語に別れを告げ、新しい文化の中に入っていかなければならないと感じた場合、親は、精神的つながりを保つため、また、子どもが自分の国の文化を理解し尊重するのを助け、第一言語を忘れてしまうのを防ぐために、子どもに母語で話しかけ、読み聞かせることが奨励される。2つの言語を使うことは、知識を広げ、異なる文化を理解する方法の一つである。


 オンタリオ州は、Day Nursery法に基づき、保育施設 (通常全日) や幼稚園 (通常半日)、個人の家庭での託児施設や単発のプログラムに認可を与えているが、各自治体がサービスの管理に責任を負っている。毎年視察が実施されている。保育施設の中には、州と市が協同でおよそ8対2の割合で予算を負担し合っているところもある。私設の認可施設もあり、親は託児料として毎月子ども一人当たり500〜800ドル払っている。トロントの子どもの約61%、およそ18万人の親が仕事をしている間の保育を必要としているが、そのうち13万人分の空きが不足している。つまり、認可された幼稚園に通える子どもは通園を希望する子どもの約28%、5万人しかいないというのが現状だ。一部の親には保育料助成金を受けられる規定もあるが、低所得家庭の子ども全員に行き渡るだけの予算はない。オンタリオ州政府は保育を向上させ、拡張するための5年計画をたてている。



参考文献
Guy, Christine Fischer (2005). Bilingual Baby. Baby & Toddler: Autumn/Winter 2005
Stebih, Irena (2003). Language Minority Children Walk in Two Worlds. Canadian Children: Fall 2003, Vol. 28, Issue 2; pg. 24-30.
Kan, Pui Fong & Kohnert, Kathryn (2005). Preschoolers Learning Hmong and English: Lexical-Semantic Skills in L1 and L2. Journal of Speech, Language, and Hearing Research. Rockville: Apr. 2005. Vol. 48, Issue 2; pg. 372- 384,
Collier, V.P. (1989). The Role of Primary Language Development in Promoting Educational Success for Language Minority Students. Los Angeles, CA, Evaluation, Dissemination and Assessment Center. pg. 3-50.
Cummins, J. (1991) Language Processing in Bilingual Children. Cambridge, U.K., Cambridge University Press. pg. 70-89.
Green, Elise Jepson (1997). Guidelines for Serving Linguistically and Culturally Diverse Young Children. Early Childhood Education Journal: 1997, Vol. 24, pg 1-47.
Hidasi, Judasi (2005). Child within an Internationalizing Environment. CRN: Sept. 2, 2005.
City of Toronto: Children's Services - Child Care Service Plan for 2005-2009
Early Childhood Care and Education in Canada, Provinces and Territories, 1998.


ページトップへ

Copyright (c) 1996-, Child Research Net, All rights reserved.
このホームページに掲載のイラスト・写真・音声・文章・その他の
コンテンツの無断転載を禁じます。

利用規約 プライバシーポリシー お問い合わせ
ベネッセコーポレーション チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)は、
ベネッセ教育総合研究所の支援のもと運営されています。