ZOO PROJECT:動物園における参加型音声ガイドシステム |
大橋裕太郎 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科
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概要
携帯電話やipodなど、通信や記録を目的としたパーソナルメディアは驚くほどのスピードで普及し、今や小学生でも携帯電話を持っているのが当たり前になりつつあります。こうしたモバイルやユビキタスと呼ばれる技術を使った新たな取り組みとして、教育分野での利用が注目されています。モバイルやユビキタスなメディアを利用することで、これまであまり十分に活用されてこなかった場所や時間を利用し、これまでにはできなかった学習体験を支援できると期待されています。
私たち研究グループは、新しい学習の場として動物園に着目し、参加型の音声ガイドシステムの運用を行いました。このシステムは、小学生が飼育体験を行い、体験を通して分かったことや感じたことを自分たちで音声にまとめ、その後Web上で配信したり音声ガイドとして利用したりするものです。音声ガイド利用者は携帯電話を使ってインターネット経由で自分の声を記録することもできます。井の頭自然文化園において子どもたちを対象とした音声ガイド制作と音声ガイドの無料貸し出しを行いました。参加者に対して行ったアンケートからは、高い満足度を得ることができました。
1. キッズリポーターシステムの概要
本研究で提案するのは「キッズリポーターシステム」というもので、子どもたちが主体になって動物園の音声ガイドを作っていくものです。子どもたちは飼育体験を通して気づいたことや分かったことを、テレビのリポーターのように音声で他の人に伝えます。現在、こどもたちが作った音声をインターネット上で配信したり、園内の音声ガイドなどに利用したりしています。音声ガイド利用者からも情報を発信できるように、Voice Trackbackシステムという仕組みも開発しました。これは、音声ガイドを聞いた人が携帯電話を使ってインターネット経由で自分の声を記録することができる仕組みです。Voice Trackbackシステムはインターネット電話のSkypeを利用し、音声データをmp3形式でサーバ上に記録します。携帯電話を使うことができるので、利用者は気軽にどこからでも参加することが可能です。
サマースクールや環境学習などの体験型学習は、体験が一度きりになってしまったり、感動を他の人と共有するのが難しいなどの問題点があります。自分の体験を音声リポートという形に残すことで、後で振り返ったり、他の人に自分の考えを伝えたりすることができるようになります。情報を音声に限定しているので、ガイドにばかり気を取られてしまうということもありません。
2 井の頭自然文化園での運用
2.1. 音声ガイドの作成
7月27,28日の2日間にわたって小学校5,6年生19名を対象とした飼育体験サマースクールを開催し、その最後に音声ガイドの作成を行いました。2日間のスケジュールは以下のようになりました。
表1. 第1日目スケジュール
09:15 |
集合 |
09:35 |
開校式 |
09:55 |
スタッフ自己紹介・参加者自己紹介 |
10:15 |
文化園探検 動物園の舞台裏・ゾウの餌やり見学、飼育体験するかもしれない動物めぐり |
12:00 |
昼食 |
12:45 |
担当動物発表 |
13:00 |
ワークシートを使った動物観察 |
14:00 |
飼育係登場 調べる動物の概要を飼育係が紹介(音声ガイドの参考になるように) |
15:10 |
解散 |
表2. 第2日目スケジュール
08:30 |
集合 飼育係へ引き渡し |
08:45 |
飼育作業を体験 |
11:30 |
昼食 |
12:30 |
解説パネル作成(1名1種を担当) 音声ガイド内容検討・練習 |
14:00 |
音声ガイド録音(班ごとに行動する) |
15:00 |
解散 |
1日目は、はじめに事務所や飼料室、動物病院など普段では見ることのできない園内の施設を回り、その後動物解説員の方の解説を聞きながら園内を散策しました。もともと動物が大好きな参加者の子どもたちは、普段は見ることのできないところを見たり体験したりしながら散策を楽しみました。どの参加者も飼育員や解説員の方の解説に真剣に耳を傾けていました。散策が終わったあとは参加者を5つの班に分け、1人が1種類の動物を担当するように分担を決めました。その後、ワークシートを使って担当の動物の行動を観察し、スケッチなどを行いました。
2日目の前半は飼育体験に当てられました。参加者は班ごとに分かれ、飼育員や実習生と共に行動し、動物の餌やりや掃除など動物の飼育を体験しました。そして最後に、2日間のまとめとして解説パネルの作成とリポートのための原稿作りを行い、音声でリポートを行いました。これまでほとんど体験したことのない音声でのリポートに子どもたちは四苦八苦していましたが、友達同士で教えあい、互いに参考にしながら進めることで徐々に原稿を完成させていきました。みんな何度も録音を繰り返し、やっとのことでリポートを完成させました。リポートには素朴な疑問や素直な考えが反映され、とてもユニークなものに仕上がりました。中には、子どもが作ったものとは思えないくらい上手にリポートしている子も見られました。
図1, 2 動物の観察と音声でのリポートの様子
参加者が作成した解説パネルは、夏休み期間中それぞれの動物の前に掲示されました。パネルには参加者の絵や文章などの解説のほか、Voice Trackbackシステムを利用するための電話番号と、その結果を携帯電話で見るためのアドレスをQRコードとして掲載してあります。QRコードに対応した携帯電話であれば、Web上に送信した自分の声をすぐに確認することができます。
2.2. 音声ガイドの貸し出しとWeb上での公開
後日、音声ガイドをipodに収録し、同園で8月4日から10日にかけて無料貸し出しを実施しました。42組の親子連れやグループが参加し、好評を得ました。特にお子さんからの反響が大きいようでした。
図3, 4 ipodの音声ガイドを利用する来園者
本プロジェクトの紹介サイト(http://inokashira-zoo.jp)では、園内の地図と連動した音声ガイドを公開しています(図5)。この地図はFlashで作成したアニメーションになっていて、マウスを動物のアイコンに乗せるだけでこどもたちの解説を聞くことができるようになっています。Voice Trackbackシステムでは、声の登録があると図6のように時系列順に音声が並びます。再生ボタンを押すと声を聞くことができます。
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図5 Web上の音声ガイド |
図6 Voice Trackbackシステム |
ipodの貸し出し終了後も音声ガイドを利用できるように、携帯電話を使って音声ガイドを聞くことができるWebサイトも構築しました。携帯電話用音声ガイドでは、サイト内のリンクを選択することでそれぞれの動物の解説を聞くことができます。現在はVodafoneの上位機種向けになっていますが、今後他のキャリアにも対応したサイト作りを進めていく予定です。プロジェクト紹介URL内のhttp://inokashira-zoo/mobileから利用することができます(PCからは音声を聞くことができません)。
3. アンケートによる調査
今回の実証実験では、サマースクール参加者、音声ガイド参加者の大人と子ども(18歳以下を対象)の3つのグループに分け、教育的効果や娯楽性、操作性などを調査するアンケートを行いました。サマースクール参加者からは17枚、音声ガイド利用者の大人からは25枚、音声ガイド利用者のこどもからは35枚の回答が集まりました。
3.1. サマースクール参加者の結果
2日間のスケジュール終了後、サマースクール参加者に対して、飼育体験と音声ガイド作成に関するアンケート調査を行いました。質問は以下の5分類に分かれ、それぞれ2問ずつ合計10問の質問項目を設けました。回答は5段階評価としました。質問内容は表3、結果は図7の通りです。
表3. サマースクール参加者に対する質問内容
分類 |
番号 |
質問内容 |
理解度 |
Q1 |
飼育体験をしたことで動物に対する興味が深まりましたか? |
Q2 |
リポートをしたことで動物に対する興味が深まりましたか? |
娯楽性 |
Q3 |
飼育体験は楽しかったですか? |
Q4 |
リポートは楽しかったですか? |
協調性 |
Q5 |
他の人といっしょに飼育体験をしたことは良かったですか? |
Q6 |
他の人といっしょにリポートをしたことは良かったですか? |
操作性 |
Q7 |
録音の道具は使いやすかったですか? |
Q8 |
声を録音するのはかんたんでしたか? |
可搬性 |
Q9 |
録音の道具は重かったですか? |
Q10 |
録音の道具の形と大きさはちょうど良かったですか? |
図7 アンケート結果
飼育体験の満足度を問う質問での評価が最も高く(Q1, Q3)、続いて可搬性についての質問(Q9, Q10)、リポートによる理解度の向上(Q2)、の順に続いています。まず飼育体験そのものが参加者にとって非常に有意義であり、リポートをしたことでより理解が深まったと推察できます。
また、質問項目ごとの関連性を調べるため、Spearmanの順位相関係数を使って質問項目ごとの相関係数を調べました。その結果、Q4(リポートは楽しかったですか?)とQ6(他の人といっしょにリポートをしたことはよかったですか?)の質問間での相関が特に高いことが分かりました。つまり、他の人と一緒にリポートをしたことでリポートが楽しく、結果的に動物に対する理解度が深まったと解釈できます。グループの中で協調的にリポートを行ったことが、動物への理解を特に深めたことが分かりました。
3.2. 音声ガイド利用者のアンケート結果
42組のグループが音声ガイドを利用し、18歳未満の子どもから35枚、大人からは25枚の回答が寄せられました。表4は大人に対して行ったアンケート用紙の質問項目です。(こどもに対しては若干言葉を分かりやすく表記した別用紙を使ってアンケートを行いました。)
表4. 音声ガイド利用者大人に対するアンケート項目
番号 |
質問内容 |
Q1 |
音声ガイドを聞いて動物のことがよくわかりましたか? |
Q2 |
音声ガイドを聞いて動物のことをもっと知りたくなりましたか? |
Q3 |
音声ガイドは楽しかったですか? |
Q4 |
お子さんや他の方にもこの音声ガイドを利用して欲しいと思いますか? |
Q5 |
自分も参加してみたい、もしくはお子さんにもリポートに参加して欲しいと思いますか? |
Q6 |
音声ガイドを使うのは簡単でしたか? |
図8 音声ガイド利用者大人のアンケート結果
図9 音声ガイド利用者こどものアンケート結果
大人の利用者では、操作性以外のすべての項目で、「とても良い」と「良い」を合わせた数が回答者全体の90%以上に達しました。一方で操作性に関する質問では他の質問と比較して高い評価を得られませんでした。初めてipodを利用する人にとっては若干操作が難しかったようです。この点は今後改善していく必要があるようです。全体としての満足度が高く、大人のユーザも十分楽しむことができる音声ガイドを提供することができました。
その他、自由記述欄に寄せられた感想からは、
・ 細かい説明を読むよりも簡単で楽しかった(20代女性)
・ 想像したよりも子どもたちの知識が多くて驚いた(20代女性)
・ 大人よりも子どもが音声ガイドを作るほうが動物を見る視点が近い分、理解しやすいのではないかと感じた。(30代男性)
などの意見を頂きました。
子どもの回答は大人に対して行ったものに比べてばらつきが見られました。「とても良い」の回答が多かったのはQ3(娯楽性)、Q1(理解度)、Q4(お勧め度)という結果になりました。子どもが作った音声ガイドを利用することで、同年代の児童は楽しみながら動物を観察することができ、動物に対する理解や興味を喚起できることが分かりました。
自由記述欄のコメントからは、
・ 動物に興味を持ちました。子どもの声もかわいかったです。(中学校2年女子)
・ すごくたのしかったです(小学校1年男子)
・ 動物の食べ物や、知らないような情報がたくさんあったので、勉強になりました。(小学校6年女子)
・ 動物の事がよく分かった。良い考えだと思う。(中学校2年男子)
などの意見を頂きました。
4. おわりに
今後の計画としては、ipodなどの音楽再生機器を持つユーザを対象としたポッドキャスティング配信や携帯電話用のWebサイトのリニューアルなどを進めていく予定です。
プロジェクト紹介ページ
http://inokashira-zoo.jp
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チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)は、
ベネッセ教育総合研究所の支援のもと運営されています。 |
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