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Vol. 19, No. 7, July 2003
1. テレビと映像メディアが脳の発達に与える影響

テレビと映像メディアが脳の発達に与える影響

メアリー・G・バーク医学博士

 過去10年間にわたり、テレビ、ビデオ、コンピュータ・ゲーム、テレビ・ゲームといった映像メディア(Visual electronic media, 以下VEM)が子供の行動に影響を与えるということが数々の研究で実証されている。最も顕著にあらわれた研究結果は、メディアにさらされている時間と暴力性は関連があるということである(Bushman and Anderson 2001)。映像メディアはまた、肥満や大量消費にも関連があるとされている(Villani 2001)。最も確証性の高い研究のなかには、小・中学生の男の子達を対象に行った事例/対照研究があり、これらの研究によると、あらゆる状況においてVEMにさらされている時間が少なければ少ないほど子供達の攻撃性は弱まることが予見できると証明されている(Robinsonその他 2001)。

 最近では、2、3才の子供達の6人に1人は自分の部屋にテレビを持っている。就学前の子供がテレビの前で過ごす時間は1日に平均4時間以上である(Jordan and Woodard 2001)。その上、平均的なアメリカの子供は1週間に40時間も映像メディアにさらされているのだ(Bushman and Anderson 2001)! この驚愕すべき行動の変化は50年ほど前から起こり始めた。また、精神病の障害に陥りやすい予備軍の特徴についての研究も行われた。前出の研究をはじめ、多くの研究は、VEMに過剰にさらされると、行動が堕落していくという因果関係を立証している。神経系の発達メカニズムの根底にあるのは何か?それをもっと深く探るために、私が実際に担当した事例を用いて説明する。これは、過剰にメディアにさらされたことが原因で精神障害になった、あるいは精神障害が悪化した数ある事例のうちの一つである。

ケーススタディー

 チャールズは6才の少年で、明らかに衝動的攻撃性を持っており、しかも罪悪感がなく、その症状は深刻で、在学に支障をきたすという理由で学校から照会を受け診察に来た。事前の検査では注意欠陥/多動性障害(ADHD)と診断され、感覚統合障害の可能性もあった。友達は少なく、就学前の時期も含めて毎日3、4時間テレビを見ていた。それでも一般向け番組しか見ていないのだと母親は慌てて付け加える。テレビを見ていれば息子は機嫌が良いし、テレビを取り上げた時の息子の怒りや落胆に耐えられないと母親は感じている。

 遊戯室でチャールズは母親との険悪な関係をあらわにした。そこに置いてあったあらゆる種類の動物のぬいぐるみやおもちゃに興味を示したが、映像や動いているものが無かったこと、例えば、ライオンはただのライオンであって、『ライオン・キング』に登場する「シンバ」や「スカー」ではないといったようなことにがっかりした。チャールズは宇宙飛行士やエイリアンの人形を選び、『スター・ウォーズ』に出てくる「ジャー・ジャー・ビンクス」や「ジェダイ」といった言葉を何度も口にしながら戦闘シーンを展開させる。私も一緒に遊ぼうとするのを彼は嫌がらなかったが、自分のやっていることに私をうまく参加させることが出来ずにいるようで、遊びはあまり進展しなかった。チャールズは感情表すことがなく、楽しいという気持ちが特に欠如しているようだ。運動神経もやや遅れをとっている。

 この事例から重要な疑問が出て来る。自分で話を作り出す力や自由に遊ぶ力が減少したのは、チャールズがメディアの中の物語に没頭しすぎたことが原因なのか?表象的な思考の発達は認知系統や情緒系統の発達にきわめて重要である。親がいない時に、チャールズが自分の力で問題解決をし、あらゆるストレスの要因のなかで自分をコントロールできるようにするのは、行動力より想像力なのだ。

 チャールズは私と一緒に遊戯療法による治療に入り、両親には6ヶ月にわたって彼が画面にかじりつく時間を週4時間に減らしてもらった。すると、チャールズの表象的な遊びは開花し、豊かで想像的なテーマ、そして喜びの感情を含む強い情緒や柔軟性に満ちあふれた。この力によって、彼は生活の中のあらゆるストレスに対処する方法を新たに身につけることができ、攻撃的な行動がみるみるうちに減っていった。


論文評論

 ここで、脳の発達について書かれた最新の論文をいくつか簡潔に評論し、テレビと子供についての研究が意味するものについて論じていきたい。端的に言うと、ここで扱う論文は、以下の内容を実証する研究を総合的にとらえたものである。
  1. 幼児期の脳の発達は、それをとりまく環境、特に人々の状況に応じた接し方によって最大限に発達する。
  2. 状況に応じた接し方は子供が成長しようとする力にかなった時、もっとも意味のあるものになる。
  3. 状況に応じた親の反応には、子供が効果的に意義のある交流ができるように複数の感覚を一つに統合する力がある。
  4. 子供にとって、ある種の環境からの刺激は生得的にストレスとなっていることがある。その主なものでは、警戒、怒り、無関心などをあらわす顔の表情である。また他にも過剰な騒音や一貫性のない事柄なども挙げられる。
  5. 幼い子供は物事をうまくいかせるために親の力を借りようとする。親の反応は子供の聴覚、触覚、嗅覚を通してはもちろん、顔の表情を通して視覚的に捉えられる。
  6. 幼少期の子供にはこれらの感覚器からの情報を表象的思考と行動による反応を使って展開させ、統合するための複合的な機会が必要である。ダニエル・シーゲル (Daniel Siegel) の著書 “The Developing Mind (1999年)” によると、こうした活動は主に脳の眼窩前頭皮質という部分で行われる。
  7. 親と子供が経験を共有することで、互いに調和し合い、子供は共同主観的な経験を味わう。このことが心を育て、他人のこころの原理や感情移入の原理、あるいは自我の統一感の基盤になる。ジーゲルによると、この経験には特に右脳の前頭葉前部皮質が使われる。これら脳の神経回路の発達にとって最も顕著な時期は幼児期から幼少期にかけてだが、その発達は一生をかけて行われるということが証明されている。
 実は脳外科医でなくてもVEMがこの発達の経過にどんな影響を及ぼしているかを知ることができるのだ! VEMは無条件に飛び込んで来るので、人間の活力を促す作用はない。そこには2つの感覚、視覚と聴覚しか関わっていない。しかも、聴覚は子供にとって明らかに二次的な興味でしかない。VEMから受ける感覚は刺激が大きく、騒々しい。急激に変化したり、誇張された表情で成り立っている。

 VEMに接している間、子供はしばしば独りであり、怖い場面が出てきても親の方を振り返り慰めを求めることもない。画面の前にいる時間が長ければ長いほど子供は共同主観性を味わう機会が少なくなる。その共同主観的な経験の欠如が子供から感情移入や人間関係を形成する力を失わせていくのである。


VEMと幼い脳

 ここで、チャールズの事例に戻ってVEMが彼にどのような影響を与えているのかについてもう一度考えてみることにする。チャールズは画面を見ている間、ものすごい早さで次々に変わる顔の表情を常に浴びせられており、それは彼のあらゆる感情に刺激を与える。しかし、その刺激に対する彼自身の反応は次に起こることに何の影響も与えない。テレビの登場人物は決して彼に対して状況的な反応をすることはない。このことがVEMにさらされすぎたチャールズの情緒の発達を鈍くしているという問題を浮き彫りにしている。

 潜在的に、物事の進行にしたがって蓄えられていく記憶は、意識的な学習をしなくても自然に蓄積されていく。そしてそれによって人との関係の持ち方を習得していくのだ。(シーゲル)。ジョン・ボールビーが、かかわりについての「内的作業モデル」と名付けたそのような記憶は、保護者との状況に応じたかかわり合いの中で最大限に確立されるのが好ましい。こうした共同主観的な瞬間のなかで、チャールズは親に理解されたと感じ、感情移入を学ぶ。道徳的行為を行うための下地は感情移入から生まれるものであり、これもまた潜在的に確立される。しかし、もしもチャールズが受ける大部分の刺激の源がVEMからの映像のみだとしたら、彼の関係をつかさどる神経構造はけっしてつながり合うことはない。

 ここで出てくる新たな疑問は、チャールズの視覚系統が過剰に刺激されたことで、その年頃に発達すべき他の系統、例えば、感覚運動系統や自己調整系統の発達が犠牲になったのではないかということである。幼い子どもが楽しむべき統合的な活動、例えば、何かに反応して、ばんと叩いてみたり、組み立ててみたり、また肌触りや動き、バランス、匂いを試したりすることがおろそかになっているのではないか。このことがチャールズの潜在的な学習能力や運動障害を悪化させていると考えられる。

 最後に、チャールズをはじめ他の子供に対しても、機嫌をとるためにVEMを利用することで、手を差し伸べて育てる部分と子供が自ら達成する部分を親が正確に見極めることをできなくしているということについて述べる。もしチャールズがテレビを見て嫌なことを忘れようとしても、親は彼がどれだけ不安なのか全くわからないだろう(そして、彼もまた不安をコントロールすることを教えてくれるお手本となる人を持つことはない)。親にとって彼は自立しているように見えるので、子供の成長に必要とされている“試練”を通してチャールズの自立を促すという方法を学ぶことがない。したがって、チャールズが何かをやり遂げるという経験はますます制限され、それに伴って彼の自信も揺らいでくる。

 VEMを過剰に使うことで脳に直接影響を与えているということを示唆する証拠が他にもあるだろうか?その答えは神経学の分野にあり、ピック病と比較されている。これは一種の痴呆病で、脳の前頭側頭部分の退化が感情移入を弱めていき、反道徳的な行動を増やしていく。シーゲル等が述べているように、それに関わる脳の部分、つまり、前頭葉前部皮質、眼窩前頭皮質、側頭葉がまさに自己調整や社会との関わりの発達をつかさどっている。ピック病の患者は衰退していく束の間のあいだ、視覚的想像力が旺盛になったり、視覚内容に気をとられたりする傾向がある。

 つまり、VEMに関する問題点は視覚系を過剰に刺激することで他の系統を犠牲にするということだ。顕著な顔の表情を見分けるという子供が生まれながらにして持つ能力に反して、VEMはチャールズに必要な自己調整力を身につけるための社会との関わりを奪う。VEMはチャールズを興奮させるが、彼は興奮の適切な抑制の仕方を知らず、イメージを引き出したり、頭の中で問題解決をする力を鈍くする。自立性の発達を妨害し、チャールズの両親に対し、自分達がチャールズを育てる部分とチャールズが自ら達成する部分について正しく理解することを妨害する。そして、チャールズ自身にとってもその2つの違いがわからなくなってくる。


被害を避ける

 VEMにさらされると必ず行動上の症状を引き起こすのだろうか?それは明らかに違う。症状を和らげるために理論的、経験的に実証されている要素とは、節度をもってVEMを利用すること、家族での活動、親の同調と状況反応、そして、達成感を味わえるような様々な活動の範囲を広げることなどが挙げられている。(幼い子供向けの活動内容については、米国小児科学会から発行されている “The American Academy of Pediatrics’ Media Matters, Work Packet for Clinicians” の中に紹介されている。(電話番号:847-228-5005、ホームページアドレス:www.aap.org)また、VEMにさらされたことによって起こった行動変化と精神的な進行は元に戻すことができるという良い報告もある(Robinson)。精神科医として、家族に施す治療として最も経済的で、他からの介入が最も少なく、最もリスクの少ない方法は、テレビを消して子供と一緒に遊ぶことである。VEMは家の中において、あまりにもあたりまえの存在になっているので、メディアへの頼り過ぎと子供の行動の問題を減らすためには、親を教育するだけで解決できることがほとんどである。

 親がその治療を受け入れないという特殊な場合があるが、それは親自身がテレビから離れられないという問題を暗示している。アメリカではテレビ世代が3世代になった。親が自分の子供時代に無制限にメディアにさらされすぎていたと考えれば納得がいく。もしかすると、彼ら自身が自分の子供達からの要求に耳を傾けられないのかもしれない。

 このようにメディアに頼るのは、もともとに問題があるということを表しているのか、それとも二次的なものなのか?私はその両方だと思う。VEMに接している時間が増え、社会との関わりを避けることは、鬱病、様々な不安障害、特定の精神障害など、現代における様々な精神病の一つの特徴である。しかし、VEMは単に精神的に弱い人に対してもある種の中毒的な影響を及ぼし、社会的活動において堕落させる。


The Brown University Child and Adolescent Behavior Letter, July 2003
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