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Vol. 19, No. 6, June 2003
1. かわいそうな子どもたち:うつ病と抗うつ剤について再考する

かわいそうな子どもたち:うつ病と抗うつ剤について再考する

医師 ジーン・ライト

 「知らないことによって問題が起きるのではない、実際は知らないのに知っていると思い込んでいることが問題を引き起こすのである。」−ウィル・ロジャーズ。

 ハロルド・S.コプレウスキー医師は最近本ニュースレターで思春期のうつ病を認識し、治療することの重要性にについて有意義な論文を寄せている。十代のうつについての認識不足と、その病的状態に関する彼の意見は時宜を得たものであり、真実そのものである。さらに、彼が診断のさまたげとなっている様々な事柄をあげ、十代の若者やその親と実用的な協力関係を確立したことは賞賛に値する。しかしながら、十代に処方される抗うつ剤についての証拠をめぐる現在の状況に対するの彼の意見は、厳密な検証をもってこたえるべき価値があるものと考える。

 コプレウスキー博士は、「抗うつ剤がティーンエージャーに効くことについての臨床上の証拠は数多い」と単に述べている。たしかに、児童と思春期専門精神科医の大多数はこれを信じ、コプレウスキー博士も自明だと考えたから文献の引用を必要としなかったのだろうと推測する。しかし本当にそうなのだろうか。

 コプレウスキー博士は三環系抗うつ剤(TCA*1)が効かないという証拠が豊富だった1990年以前の文献について参照していないと、私は確信する。子どもにTCAが効かないことについて適切な説明は今までなされたことはない。ジェンセンらはデータを調べ、いくつかの興味あふれる手がかりを要約した。1974年までには、対照研究の3分の1が実薬(*2)とプラセボ(*3)の間に有意な差がないことを示した。子どもを対象とした少数の厳密な試験では、成人を対象とした研究に比べて実薬への低い反応率、プラセボへの高い反応率を示した。その結果、臨床的に有意な違いは立証できなかった。私の知るかぎり、この奇妙な結果を調べたのはジェンセン論文のみである。彼らはこの結果を受けて方法論的または診断上の何かしらの可能性があることを提示した − すべて、将来の研究において研究者らが抗うつ剤に対する肯定的な結論を出すであろうと考えた際の検討事項として提示しているものである。

 彼らが考慮しなかったのは、抗うつ剤が子どもに効かないように見えるのは、実際に効かないからだという可能性である。この帰無仮説(*4)を一度も考えなかった理由は明らかである。ジェンセンと共同研究者らは他のみんなと同じく、大うつ病治療にTCAが有効であることは疑いなく立証されたものと信じていたからだ。

 SSRI(*5)時代の到来は、旧態依然としたいかがわしい新世代研究を生み出した。成人を対象とした大規模プラセボ対照研究と、子どもと十代を対象とした小規模オープン・ラベル研究が同時に行われた。研究者も臨床家も同じように、これらの患者のうつ病治療に、確立された効果的な治療法として、SSRIの使用をおしすすめたのである − 実験時のデータをはるかに上回る用量をもってである。

 キルシュとアントヌッチオは最近、SSRIの有効性についての通常の考えに反対する短い論評を発表した。これまでのところ、製薬会社自体がスポンサーとなった臨床実験の半数以上が薬とプラセボ間に有意な差異を見出せていない。そしてSSRIの効果に対し肯定的と考えられる研究の多くも、統計的には有意かも知れないが臨床上は無意味なわずかな差異を見出しているにすぎない。

 カレン・ワグナー博士は最近、十代のうつ病にSSRIを用いた二つの大規模研究について発表し、第三の報告を共著で発表した。その結果は興味深いものであり、解釈も同様であった。エムスリーらのフルオキセチン(*6)研究は、実薬に対する反応率が65%、プラセボに対する反応率が53%と報告した。フルオキセチンの寛解率は41%(プラセボは20%)である。シタロプラム(*7)研究は、この薬に対する反応率が36%、プラセボが24%であることを見出した。活性をもつ薬剤に対するこの反応率はそれまでに行われたTCA治験の多くで見られたプラセボ反応率よりも低い! それでいて、これら最新の研究は、「子どもや若者の大うつ病に対するSSRIの効力を確認する…… 増えつつある証拠」として歓迎されているのだ。

 文献を全体としてみた時、大うつ病の最初に行うべき治療として薬物療法は熱烈に支持されているようだ。しかしこの結論はデータのはるか先を行ってしまっているものであり、それでいながら、もっと幅広く考え始めないと我々の専門における常識となってしまう可能性がある。ピーター・クラマー博士が『Listening to Prozac〔プロザック(*8)に聴く〕』を1987年に出版して以来、我々はSSRIがまったく「障害」のない多くの人たちでわずかだが顕著なよい結果を示すのではないかとの疑問を持ち続けてきた。1980年代初めから精神興奮薬が多くの正常な子どもたちに非特異的なよい結果を示すことが知られている。私は、気分安定薬の攻撃性に対する効力が最近疑問視されているのは、一部にはこれらの薬が通常の怒りに対して非特異的効果を示すことに由来するのではないかと予測する。

 そのため現在、精神医学の分野では正常な人々でさえ気分がよくなる幾種類かの薬が初めて出現してきている。このため、我々の研究や診断カテゴリーも、新しくかつより精緻にするために変更を加えなければならないだろう。たとえば、今後の抗うつ剤研究はすべて、少なくとも二つの対照群を含めなければならない。プラセボ投与を受けるうつ状態の人たちと、実薬投与を受ける正常な(健康な)ボランティアの人たちである。「治療」群がこれら二つの対照群の成績を超え、統計的に有意で、臨床上意味がある処置であったと言える場合にのみ、薬に効力があると考えるべきである。このような研究が近年に出現する可能性は低い。

 私はまた、児童と青年期専門の臨床家が薬剤研究に対して相当な懐疑的態度をもってあたるべきであり、その理由は他にもあると信じる。子どものための新薬の安全性と有効性についてのデータは、成人用のものとくらべて常に遅れている。その一方で、十代のうつ病治療に心理療法を用いることを評価する確実なデータがすでに存在している〔たとえばCBT(*9)やIPT(*10)〕。 我々は臨床的に最善の知恵をつくして患者に接すべきである。つまり研究、実際の診療経験、より大きく全体を組み込む能力、これらの持てる力すべてにおいて最善を尽くすのが理想である。私は、この義務を果たすことが患者にとってより良い結果をもたらす「賢明な謙虚さ」につながるものであると信じる。この意味するところは、確固とした研究や信頼できる論証で支持されていない治療に対し特別扱いすることを避けるべきということである。SSRI抗うつ剤については、今だ実現していない。


訳注 1. TCA (tricyclic antidepressant)三環系抗うつ薬
2. active drug実薬、プラセボの反対。主薬を含む本当の薬
3. placeboプラセボ(偽薬)暗示効果をねらって薬剤として与えられる不活性な物質
4. null hypothesis 帰無仮説 二つのサンプルの差異は偶然によるもとする仮説
5. SSRI (selective serotonin reuptake inhibitor) 選択的セロトニン再取り込み阻害薬―抗うつ薬
6. fluoxetineフルオキセチン(セロトニン作動を促す抗うつ薬)
7. citalopramシタロプラム(セロトニン再取り込み阻害薬―抗うつ薬)
8. Prozac プロザック ® 米国イーライ・リリー社製フルオキセチンの商品名
9. CBT cognitive-behavior therapy認知行動療法
10. IPT interpersonal psychotherapy対個人精神療法


The Brown University Child and Adolescent Behavior Letter, June 2003
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