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アメリカの「対立から学ぶ教育」
アメリカの「対立から学ぶ教育」〜誰もがピースメーカーになれる教育実践

本章ではCR教育が具体的にどのようなアプローチで行われているのか、それがどのような成果を挙げているのかについて報告する。

第2章 CR教育の実践とアプローチ
1.CR教育の実践

 以下は、ニューヨーク市内の公立小学校で筆者が実際に目にしたCR教育の光景である。それぞれ、後に述べる4つのアプローチに対応するように提示した。


1)CR教育の時間を作って行う

 小学3年生の週に1回行われるCR教育の時間。研修を受けた教師が「アサーティブネス(Assertiveness)」について教えている。「はっきりと、嫌みっぽくなく」意見を伝える練習を様々な事例を使って行なっている。例えば、友達に貸したペンが返ってこないとき、自分の容姿についてからかわれたとき、どのようにアサーティブに意見を伝えるか、をペアやグループで練習している。昨年からプログラムを行っている子どもたちは、ロールプレイには慣れたもの。場面設定を想像しながら、役割になりきっている。

2)ピア・ミディエーション

 昼休みの校庭では胸に「ミディエイター」と書かれた青いTシャツを着た4年生の生徒二人組が、ボールの取り合いで泣いている2年生の生徒の前に立っている。彼女たちは「なにが起きたか、教えてくれる?」と、対立する二人の意見を聞きだし、それぞれの気持ちを認めてあげている。気持ちをお互い出し合えたところで、これからどうすればよいか、を二人に問い、「順番にボールを回すこと」という解決策を引き出している。

3)教科や学活の時間に学ぶ

 小学5年生の「国語」の時間。「コロンブスのアメリカ発見」について本を読みながら、その中に出てくる「対立」について、意見交換をしている。生徒たちはグループになって先住民族の人々の気持ちを想像する。「もし、私が、先住民族だったら」「もし、私がコロンブスだったら」などを考え、違う解決の方法があったかを話し合っている。この内容は次の歴史の時間にも話し合うことになっている。さらに毎朝行われるサークル・タイム(学活の時間)は生徒主導で行われ、「他者の気持ちになること」をテーマに話し合っている。教室の壁には「対立の概念」「アクティブ・リスニング」「よいコミュニケーション」などと書かれたポスターが貼ってある。

4)学校がCR教育実践の場

 小学1年生と小学2年生の教室には、「ピース・コーナー」と「ピース・ヘルパー」の制度がある。「ピース・コーナー」とは、教室の隅に作られたスペースで、けんかや問題が起こったとき、そこに行って話し合いをしたり、気持ちが落ち着かないとき、静かに本を読んだりする場所である。ピース・ヘルパーは教室の中で問題が起こったとき、先生に助けを求めたり、問題を起こしたりした子どもたちをピース・コーナーに連れて行く役割を果たす。「ピア・ミディエイター」には4年生以上しかなれないが、低学年の生徒からも「学校で何か役に立つことがしたい」という意見が多く出てきたため、新しくつくられた制度である。
 この学校はそのほか、ランチ・クラブやガールズ・クラブ、ボーイズ・クラブがあり、問題を抱える子どもと、ピア・ミディエイターが一緒に問題を解決したり、話し合う場がたくさんある。教師はもちろん、ランチスタッフやカウンセラー、警備員までもCR教育の研修を受けているので廊下で怒鳴る人はいない。みんなが「生徒の問題は生徒が解決できる」という自信をもっている。

校庭で活躍するピア・ミディエイター(奥の二人)

校庭で活躍するピア・ミディエイター(奥の二人)

2.CR教育のアプローチ

 CR教育のアプローチを厳密に分けることは難しいが、それぞれのアプローチが何を目的としているか、を考える際には有効である。『CR教育ハンドブック(The Handbook of Conflict Resolution Education)』によると、以下の4つに分類できる(Bodine, R. & Crawford, D., 1998)。上記の例と対応してみる。

(1)プロセス・カリキュラム・アプローチ(CR教育の時間を作って行う)
特定の時間に基礎的な内容を教える。特別コースとして、カリキュラム、毎日または毎週のレッスンプランとして行なう。
(2)ミディエーション・プログラム・アプローチ(ピア・ミディエーション)
何人かの選ばれた生徒に対してミディエーションの技術を教える。
(3)平和な教室づくりアプローチ(教科や学活の時間に学ぶ)
教室全体のアプローチで、教科カリキュラムとともに、教室運営の方法にもCR教育の要素が取り込まれている。
(4)平和的な学校づくりアプローチ(学校がCR教育実践の場)
学校全体のアプローチで教室運営とともに学校のシステムに組み込まれている。全てのスタッフがCR教育について学んでいる。

下記に各アプローチを説明する(Bodine, R. & Crawford, D., 1998)。

1)プロセス・カリキュラム・アプローチ

 限られた期間に定期的にレッスンを行うもの。研修を受けた教師が、子どもたちに、学校や家、地域で普段起こる「対立」や「問題」に対してどのように解決するかについて教える。多くがロールプレイやシミュレーション、グループでのディスカッションなど、協力的な学習活動を通して行われる。カリキュラムの一部は既存のカリキュラムに統合されて行われるが、大部分は特別カリキュラムとして行われる。

2)ミディエーション・プログラム・アプローチ

 ミディエーションとは、ミディエイターが、対立する人々の間に立ち、中立の立場で、双方が交渉して同意できるように支援することである。ミディエーションの過程では、対立する当事者双方が問題解決に取り組めるような環境を作ることが必要である。ミディエイターはその交渉の場の進行には責任を持つが、結果に対しては当事者が責任を持つ。ミディエイターは、裁判官ではないので、結果を判断することも、同意を求めることもなく、解決策を押し付けることもしない。つまり、解決策や結果は、常に対立する当事者が決めることで、ミディエイターはその支援をするのみである。
 「ピア・ミディエーション」はアメリカの学校で行われるCR教育のなかで、もっとも多く取り入れられているプログラムである。多くの場合、約20名の選ばれた生徒たち(ニューヨーク市だと通常4年生以上)が10〜18時間の研修を受けて、ミディエイターとなる。研修では、多様性や文化の尊重、アクティブ・リスニング(積極的に話を聞く)、オープンクエスチョン、などのコミュニケーションの方法、そして、ミディエーションのステップを何度も繰り返し練習する。必ず2人組みになって、校庭やカフェテリアなど、「対立」が起きやすいところで、観察する。実践はすぐにはできないので、トレーナーが随時同行し、アドバイスをしたり、「行ってごらん」と背中を押してあげる。その後も何度かフォローアップの研修を行う。
 子どもたちが子どもたちの問題を解決する手助けをすることは、いくつかのメリットがある。大人の手間が省けるだけでなく、同じ立場の子どもの前では、大人に評価されることなく、素直に意見が言えたり、話を聞いてもらえたりする。そしてピア・ミディエーションでもっとも恩恵をこうむるのは、ミディエイター自身である。多くの研究結果でも、ミディエイターになることで、自信がついたり、自尊心が高まる子どもが増えたことが報告されている。一部の生徒だけでなく、一定の学年になったら、全員が参加できるようなプログラムが求められている。

3)平和な教室づくりアプローチ

 平和な教室作りのアプローチはホリスティック(全体的)な教室のCR教育プログラムでCR教育をカリキュラムや教室マネジメントに統合していくものである。さらに、協力学習、参加型学習の手法を用いて、子どもたち同士の学びを促進している。このアプローチでは、子どもたちは自分の行動に責任を持ち、他者や周りの環境との関係性を理解する。オハイオ州の「紛争解決と対立マネジメント・オハイオ委員会」 1 では学校の全ての教科に「CR教育」を取り入れることを推進している。
 たとえば、美術では「コントラスト・視点・感情・偏見などは美術を学ぶ過程でより深めることの出来る概念である」、また外国語では「全ての言語はさまざまな対立への取り組みの概念を学ぶ最高の場所である」などの説明がされている。また、「子どもたちによる対立に対する創造的な取り組み(CCRC)」 2 、では、協力、コミュニケーション、アファメーション(肯定)そして、対立解決の4つを重要な概念としてカリキュラムに盛り込んでいる。

4)平和な学校づくりアプローチ

 平和な学校づくりアプローチは、学校運営の全ての側面にCR教育を統合していくものである。学校運営に関わる全てのメンバーがCR教育の概念と技術を理解し、活用することが求められる。平和な学校の環境には思いやり・誠実さ・協力・多様性が尊重されていると考えられる。平和な学校づくりのプログラムは包括的な学校全体のプログラムである。
 平和な学校づくりアプローチは他の3つのアプローチとも関連している。そして学校にかかわる全ての人にCR教育の研修を行う。つまりCR教育が教室の中だけでなく、学校運営全てに反映されるのである。このアプローチのもっとも重要なところは教育者が一貫した態度を見せていくことで、大人同士の関係も見直していくことである。

 国内でもっとも広く、もっとも長く実践されているCR教育プログラムのひとつである「対立を創造的に解決するプログラム(RCCP)」 3 は、学校がプログラム実践をする前に、その学校理事会や学校運営側のスタッフに、「長期的展望を持ち、学校を変えるという覚悟を持つよう」に説得するところから始まる。そして教員の指導に力を入れ、何度も教室を訪れてモデルレッスンをしたり、アドバイスを行う。学校の運営スタッフや両親向けの研修も行い、学校全体の文化にCR教育を反映させるようにきめ細かい支援を行う。
 実際に1994-1996年に、生徒11,160人に対して行われた調査では、RCCPを受けた生徒は受けなかった生徒より、暴力的な態度が減少し、停学などの件数も減少し、さらに、数学のテストの結果も上がったという結果が出た 4 。もし、これが事実だとすると、前章で挙げたCR教育の目的の1)から3)は達成できていることになる。

以上のように、アプローチごとにCR教育のあり方を整理した。これは4)がもっともよくて1)が劣っているという分類ではない、全てのアプローチに意義がある。そしてできるところから始めていくことが必要であろう。

次章では、CR教育のカリキュラムを開発し、実践している方のインタビューをもとに、CR教育の実際を報告する。

1 Ohio Commission on Dispute Resolution and Conflict management http://www.disputeresolution.ohio.gov/index.htm
2 団体名Creative Response to Conflict, プログラム名Children’s Creative Response to Conflict http://www.planet-rockland.org/conflict/
3 Resolving Conflict Creatively Program http://www.esrnational.org/about-rccp.html
4 Edited by Joseph E. Zins, Rofer P. Weissberg, and Margaret C. Wang, Building Academic Success on Social and Emotional learning: What does the research say? Teachers College Press, 2004, pp.151-169

参考文献
Bodine, R. & Crawford, D. (1998). The Handbook of Conflict Resolution Education〜A Guide to building Quality Programs in Schools. San Francisco, National Institute For Dispute Resolution.
Kreidler, W.J. (1997).Conflict Resolution in the Middle School. Educations for Social Responsibility.
Ray, P. (1996).Resolving Conflict Creatively A Teaching Guide for Grades Kindergarten Through Six. New York, ESR Metro & The Board of Education of the City of New York.


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