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アメリカの「対立から学ぶ教育」
アメリカの「対立から学ぶ教育」〜誰もがピースメーカーになれる教育実践

第3章、第4章では、幼児期および小学生のCR教育に実際に携わっている方々へのインタビューを紹介する。

第4章 小学生を対象としたCR教育
Tom Roderick
トム・ロドリック

ニューヨーク市にあるNPO、「モーニングサイドセンター〜社会的責任を教えるために」1 (www.morningsidecenter.org )事務局長。モーニングサイドセンターは、年間約80の学校にCR教育のプログラムを提供している。ロドリック氏は、アメリカの代表的なCR教育プログラム「創造的に対立を解決するプログラム(RCCP)」の共同制作者である。また、その分野で主導的な役割を果たすCASEL2と協力しながら、社会的感情的学習(Social and Emotional Learning/SEL)をニューヨーク市や州の内外で推進している。
1.一般的な質問

1)いつ、どのような経緯からCR教育にかかわり始めたのですか?

 1960年代にニューヨーク市の東ハーレム地域の小学校で教え始めたことが始まりです。1983年に、モーニングサイドセンター、その当時は「社会的責任のための教育者の会メトロポリタン(Educators for Social Responsibility/ESR Metro)」と呼ばれていましたが、そこで事務局長として働き始めました。この組織は核戦争の危険を懸念する教育者によって、私が働き始める数ヶ月前に設立されていました。私たちが最初に行なったことは、セントラルパークに教員を集めて軍拡競争に反対し、核兵器の生産をやめさせるために大きなデモ集会を行なうことでした。

 そして、私たちは、冷戦や核兵器に関わる問題について教育するプログラムを開発し始めました。私たちはひとつの解決策やひとつの意見を推進しようとしたのではなく、この問題に対して、オープンに話し合い、ディベートする必要性、そして創造的に考える必要があることを提案しました。

 しばらくすると、ニューヨーク市の教育局が教育者向けに核兵器競争に関する会議を開催しました。そこで私は当時ニューヨーク市の教育局で働いていた、リンダ・ランティエリ氏3と一緒にワークショップを行いました。その後、リンダと私は当時のブルックリン地区の教育長である、グラスマン氏に招かれました。彼は教育を通して世界平和に貢献することに関心があり、会議でワークショップを行ったリンダと私にその協力を求めてきました。私たちは喜んで引き受けました。私たちは、教員向けに様々な平和教育プログラムを紹介するワークショップを開き、教員達に何にもっとも関心があるかを尋ねました。すると、彼らが選んだのはCR教育でした。教員は、子どもたちが教室で仲間たちとうまくやっていくにはどう指導したらよいか、その方法に関心があったのです。

 これが、CR教育のプログラムを開発するきっかけでした。最初は「モデル平和教育プログラム」と呼んでいましたが、後に名前を変え「対立を創造的に解決するプログラム(Resolving Conflict Creatively Program/RCCP)」4としました。

2)CR教育の目的は何だと思いますか?

 ひとつは、子ども達が他の子ども達と仲良くする力をつけることでしょう。それは民主的な市民性を育むために不可欠な要素です。二つ目は、子ども達がよりよい生活を送れるようになることを手助けすること、つまり、友人や家族と仲良くし、地域でもよい人間関係をもてるようになることです。そして3つ目は、世界によりよい変化を起こすために、具体的な力を備えさせていくことであると思います。

3)CR教育と暴力防止教育(violence prevention education)、いじめ対策教育(anti-bullying education)、そして平和教育(peace education)の違いは何だと思いますか?

 CR教育は暴力防止教育の範疇を超えています。暴力防止教育は特にリスクの高い若者に行なうことに意味があります。つまり、暴力をいつも目にしている子ども、暴力の恐怖のなかで生活している子ども、暴力に手を染めたり、逮捕される危険性を持っている子どもに対してです。しかし、対立解決のスキルは全ての子ども達にとって必要なものです。銃を持ったり、誰かを殴ったりすることを考えたことのない子どもも含めてです。これらの力は全ての若者が他者とより良い関係を築き、より生産的に、より幸せになることを助けるものです。私は、人々に対立解決のスキルを伝えることは社会にも影響すると思っています。民主主義は人々が一緒に活動し、違いを尊重し、違う文化を持つ人々を尊重することで成り立っています。だから、もし民主的な社会をつくろうとするのであれば、CR教育は全ての人の教育に組み込まれるべきだと思います。

 CR教育はいじめ対策教育とも異なります。CR教育は、繰り返しになりますが、全ての子ども達が持つべきスキルや態度をより幅広く身につけるためのものだからです。さらに、CR教育は、事前に行なう対策であり、問題が起こった後に対応策(この場合はいじめに対して)として行うものではないからです。

 「平和教育」という言葉はとても幅が広く、人によって違うことを意味するでしょう。ベティ・リアドン氏5は、平和教育とは人権に関わる教育である、といっています。そうなると、CR教育は平和教育の一側面であると言えます。CR教育は主として個人同士の対立を扱いますが、平和教育は国家間の対立を扱います。つまり、暴力防止教育やいじめ対策教育がCR教育の一側面であり、CR教育は平和教育の一側面であるといえます。


4)「ピア・ミディエーションプログラム」の成功のポイントは何でしょう?

 私たちはいつも学校にRCCP(Resolving Conflict Creatively Program)のような、教室を拠点としたプログラムを最初に行なうように伝えています。そうすることで、学校にいる全ての教員と子どもたちがCR教育やミディエーションについて理解し、感じをつかむことができるからです。そして、徐々に学校の文化を変えていくこと、教員にプログラムに関心を持ってもらうことができます。さらに、学校全体が準備ができていて、対立解決プログラムを支援する状況にあるかを確かめた上で進めていく必要があります。なぜなら、もし学校が教室のプログラムを積極的に支援できなければ、ピア・ミディエーションプログラムは成功しないからです。例えば、学校にはスタッフデベロッパー(プログラムを提供するスタッフ)の訪問スケジュールを管理する人やミディエーターになる生徒を集められる教師が必要です。理解しなければならないのは、「ピア・ミディエーションプログラム」は規律の乱れの問題を解決する魔法の杖ではなく、新たに力を注いでいかなくてはならない別のプログラムであるということです。


2.カリキュラム開発について

1)CR教育を小学生に教える場合、もっとも重要なことは何でしょう?

 小学生だけではなくもっと年上の生徒や大人にとっても重要なひとつのことは「ウィン−ウィン解決法」という考え方です。もし、対立が起こった状況で、あなた自身が、何が必要かを理解し相手側の話をよく聞くことができれば、相手が何を必要としているか把握することができます。そして、しばしば、とても創造的な方法で、両者がほしいものを手に入れる方法を見つけ出すことができます。これをおこなうためには、相手の言い分によく耳を傾けながら、自分の意見もアサーティブに伝え、感情とうまく向き合うスキルを持っていなければなりません。優れた「ウィン−ウィン交渉者」になるには、他者の視点を本当に理解することができなければなりません。そして、その相手と共に、創造的な解決方法を考え出すことができなければなりません。

 私たちが行なっていることの多くは、「ウィン−ウィン交渉者」になるための基礎力をつけることです。聞く力、アサーティブネス、創造的に考える力です。私はこの3つがカリキュラムの中でもっとも重要なことだと考えています。

2)CR教育のカリキュラムを開発していてもっとも楽しいことは何ですか?

 教員や子どもたちがこれを理解し、自分のものにしたときに、もっとも達成感があります。この仕事は終わりがなく魅力的で、創造的な仕事です。この活動の旅が終わることはありません。常によりよい方法を考えようとし、その道程でたくさんの素晴らしい人々に出会います。人々の人間関係を改善し、よりよい関係を作り上げ、友情を育むことを手助けすることは素晴らしいと思います。

3)CR教育のカリキュラム開発の中で、もっとも難しいことは何ですか?

 この領域に人々の関心を向けることです。この10年間、米国の教育制度は、統一テストの点数を上げることに取り付かれてきました。その結果、教育の中核であるべきものが外に追いやられてしまっています。他者を尊重することや、子ども達に希望や責任の感覚を育むことの価値やスキルに対しては関心が低くなっています。政策決定者に対して、CR教育プログラムに、より多くの予算や時間を配分し、重点をおくように説得するのは大きな挑戦です。

4)最近のカリキュラムは以前のものと比べどのように変化しましたか?

 この10年で、「アサーティブネス」を教えることをより重視し始めました。「アサーティブネス」がいかに重要かに気づきました。「私メッセージ」の技術を習得するだけではなく、アサーティブネスに関する沢山の技術を学ぶ必要があるのです。

 RCCPを開発した後、新しいカリキュラムを構築しました。それは、RCCPを基にしましたが、様々な異なる点を含んでいます。4Rプログラム6Reading=読み、Writing=書き、Respect=尊重、Resolution=解決)といいます。RCCPは世界平和実現の願いからできたものなので、その系統的枠組みは平和と対立、そしてどのように対立に取り組むかでした。一方、4Rプログラムは、お互いを思いやるコミュニティを教室の中でどのように実現するかに重点が置かれています。もちろん、私たちは両方を学ばなければなりませんが、焦点が多少異なります。私たちはまた、4Rプログラムの学年別のカリキュラム、つまり幼稚園、1年生、2年生・・・と、それぞれの学年を対象とするガイドを作成しました。さらに、教員が国語や文学の時間に使えるように、文学作品を活用しています。この20年の間に、子ども向けの素晴らしい本がたくさん出版されました。4Rプログラムでは、文学作品を「対立」に関する話し合いのきっかけにしました。


3.今後について

1)次の目標は何ですか?

 以前よりずっと、「社会的感情的学習(SEL)」という言葉を自分達の活動を表現する際に使うようになりました。SELとは、子どもや大人が、自分自身の感情を理解し表現すること、他者と良い関係をつくること、適切な意思決定をすること、対立や生活の中で直面する他の問題に上手に対処すること、そして、自分達が属しているコミュニティ(教室から世界まで)をより良くする責任をもつことなどを学ぶ過程です。よって、対立解決はSELの一部ですが、SELは私たちの活動より広い範囲を示す言葉です。

 私たちの理想は、質の高い、持続的な社会的感情的学習が全ての子どもの教育に組み込まれることです。そして、私たちはそれを実現するために、様々な戦略を追究しています。一つは、学校に対するサービスを行なうこと。教員や子ども達に必要な技術を伝えることです。二つ目は研究に参加すること。私たちは大学の研究者たちと協力し、プログラムの影響力を調査し、より効果的にするにはどうすればよいかを学んでいます。そして三つ目は教育政策を変えるための活動です。私たちは政策決定者にSELを伝えるためのパイロットプロジェクトで活動しています。私たちはこのように三つのレベル−サービス、研究、政策−で活動しています。これによってより多くの学校やコミュニティがSELやCR教育に関わることができるようになることを目指しています。


参考文献
Roderick, T.and Phillips, M.(2001). The 4Rs (Reading, Writing, Respect, and Resolution), Teaching Guides for Grades K-5, Educators for Social Responsibility Metropolitan Area.
Roderick, T.and Lantieri, L. (Eds.). (1996) Resolving Conflict Creatively: A Teaching Guide for Grades Kindergarten through Six, Educators for Social Responsibility Metropolitan Area and the New York City Board of Education.


1 Morningside Center for Teaching Social Responsibility (http://www.morningsidecenter.org)。 社会的責任のための教育者の会 メトロポリタン(ESR Metro)は、2007年1月に名称を上記に変更した。
2 Collaborative for Academic, Social and Emotional Learning (http://www.casel.org)
3 Linda Lantieri、Project Renewal Tides center (http://projectrenewal-tidescebter.org) 所長。RCCP 共同制作者。New York City satellite office of CASEL, the Collaborative for Academic, Social and Emotional learning 所長。
4 Resolving Conflict Creatively Program/RCCP。RCCPは子どもたちが対立と文化的多様性を学ぶことを目的に1985年にNY市の教育局とMorningside Center (当時のESR Metro) が共同で開発したプログラム。現在もNY市の公立学校と、米国内の多くの地区で広く実践されている。
5 Betty A. Readon、コロンビア大学平和教育センターコンサルタント・名誉所長 (http://www.tc.columbia.edu/PeaceEd/) 。ベティ・リアドン氏は、平和教育の理論において主導的な立場に立ち、教材や教授法を構築したことで、世界的に有名である。
6 4Rプログラム (The 4Rs Program: Reading, Writing, Respect & Resolution) は、CR教育の要素を幼稚園児から小学5年生までの国語・言語のカリキュラムに統合したプログラムである。



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