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アメリカの「対立から学ぶ教育」
アメリカの「対立から学ぶ教育」〜誰もがピースメーカーになれる教育実践

第6章、第7章では、日本の平和教育、開発教育、社会教育などを専門とする方々に、アメリカの実践についての分析、CR教育の日本における可能性について寄稿していただいた。

第7章 アメリカの「対立から学ぶ教育(CR)」に学ぶ

立教大学教授 田中 治彦

 対立から学ぶ教育(以下CR教育)は米国特有の教育風土から発展してきた。それは、米国が誇りとしてきた「古きよき教育」が1970年代から徐々に崩壊したからである。古きよき教育とは1950〜60年代の映画やドラマに出てくる、アメリカの地方都市の郊外のハイスクールをイメージしてもらうとよい。自然に囲まれた広々したキャンパス、その中に教室で熱心に授業する先生。放課後はスポーツやダンスに汗をながすティーンエイジャーたち。こうした教育風景が崩れだしたのが1970年代である。授業の基盤である教室の安全やそれを保障する教師の権威が失われてきたのである。そして、一部の学校では生徒が持ち込む銃や麻薬、そして暴力にどのように対応するか、ということが深刻な問題となるのである。
 CR教育にはさまざまな源流がある。アメリカはもともと他民族国家であるので、民族・人種間の理解と融和をめざす多文化教育には長い伝統がある。そして、哲学者であり教育者であったジョン・デューイ以来の進歩主義教育の伝統があり、児童生徒を中心とした参加体験型の学習実践にも一世紀を超える歴史がある。これらの教育風土の上にCR教育は成立したと言うことができよう。
 CR教育は全米の公立学校の2割程度の学校にすでに導入されている。しかし、その取り組み方にはかなり幅がある。多くの場合はまず、子どもたちに対する数時間程度の学習活動としてCR教育を導入する。この場合、その効果は一過性のものであり、学校におけるいじめや対立を根本的に解消するものとはなりにくい。学校内の対立の多くの要因は実は学校の文化そのものにあるからである。学校の文化を作っているのは、生徒と教師であり、一方の当事者である教師の対応が変化しなければ、根本的な解決にはほど遠いのである。そこで、モーニングサイド・センターでは、生徒と同時に教師対象のCR教育を推奨している。しかも、数時間というような短期のプログラムではなく、少なくとも3か月、できれば年間を通したCR教育が望ましいとしている。
 CR教育を長期にわたって子どもと教師の双方に導入したような学校では、例えば次のような効果が見られる。「クラスの3分の1の子どもがけんかをする代わりに話すようになった。なぜそのような気持ちになるのかを説明するようになった。」そして教師自身も「以前は教室の問題は教師が解決しなければいけない、と思っていたが、今は子どもたちが解決できる、と思うようになって気が楽になった」というように、子どもへの信頼と教師側の余裕が感じられる。日本でもいじめの深刻な問題が起きるたびにそれは学校と教師の責任であるとされるために、教師に過度のストレスがかかっているケースが多い。本来、子ども自身が紛争や対立を解決する力を身につけること、そして学校自身が寛容な文化をもつことこそが大切なのである。
 対立や紛争という問題には、その原因が学校内部だけではなく、家庭や地域にあることも多い。CR教育を最も効果的に推進しようとすると、保護者をも巻き込む必要がある。実際、生徒、教師、保護者の三者に対してCR教育を導入している学校もある。これらの内、CR教育をすぐに受入れて実践するのは子どもたちである。教師や保護者は大人であるので、自らの態度を変容するためにはいささか時間と努力を要する。紛争において相手の立場に立って考えることや、仲裁する際のスキルなどを学んだ子どもたちが、家庭での両親の争いを仲裁して離婚を思いとどまらせた、というような事例もあるそうである。
 中村絵乃さんも筆者も長らく「開発教育」の推進に関ってきた。開発教育はもともと世界の貧困や南北間の格差の問題を扱う教育活動であり、日本では1980年頃に成立した教育活動である。開発教育は最近では、参加型の学びを手法として、世界の貧困や国際協力の問題のみならず、環境、人権、多文化共生など幅広い分野をカバーしている。一方、紛争解決学習は、学校内や地域での紛争の解決をめざすプログラムであり、平和教育や非暴力主義などいくつかの源流がある。前者は世界の大きな課題を扱う学習であり、後者は身近な紛争解決をめざす学習であるが、両者には世界の平和を身近な地域や学校から実現していこうという点で多くの共通点をもっている。
 日本において開発教育関係者は多くの参加型の教材を製作してきた。その中には「世界がもし100人の村だったら」というエッセー集をもとに制作された参加体験型の教材もある。あるいは「地球の仲間たち」のように、世界の子どもたちの生活の様子を写真とワークショップで理解するような教材もある。しかしながら、学校の現場ではこれらの教材が1時間あるいは数時間の授業のなかで単発で実践されることが多く、世界の現実の理解や多文化についての深い理解に至らないケースがほとんどである。米国でのCR教育の実践事例を見ていると、本質的な効果は長期にわたる実践が必要なことと、学校自身が全体として取り組む必要性を強く感じる。対立解決教育は日本で長らく問題となっている「いじめ」問題についても、その予防と解決に向けた新しい教育の視点を提供している。いじめ問題の解決に当たっては、とかく教師の指導性や学校の管理が問題にされてきた。CR教育の経験は、生徒自身が問題解決に参加することと、学校文化そのものを変えていくこと、そして親や地域をも巻き込むことが、いじめ問題解決に最も有効であることを教えてくれる。
 最後に、私自身が中村さんの紛争解決ワークショップを体験して気付いたことをひとつだけご紹介しよう。それは、「対立」ということは必ずしも悪いことばかりではない、ということである。というのは、何か新しいことを始めようとするときには、必ずそれに反対する人が出てくる。逆にいうと対立をおそれていては、何も新しいことを始められないということである。要は、相手の立場を考えた上で、双方が納得しながら対立関係を解消して、次の新たなステージにもっていくことが大切であることを学んだ。CR教育のワークショップを体験してみて、これが日本の教育に新しい風を吹きこむであろうことを予感した。



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