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crn設立10周年記念国際シンポジウム
子ども学から見た少子化社会−東アジアの子どもたち−
   
2007年2月3日(土)10:00〜16:30
会場 ウ・タント国際会議場(国連大学ビル)
主催 チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)
共催 (株)ベネッセ次世代育成研究所、 (株)ベネッセコーポレーション
後援 厚生労働省、中国大使館、韓国大使館、日本子ども学会、日本赤ちゃん学会
 
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講演録
中国の「一人っ子」研究のレビューと反省
周 念麗(Zhou Nianli)



T はじめに

 本日のプレゼンテーションのテーマは、「中国の一人っ子研究のレビューと反省」です。合計特殊出生率を見れば、日本も2005年は1.26で、韓国も1.08ですので、みんな「一人っ子」に近いですね。しかし、かつて中国の「一人っ子」が意味するものは、日本や韓国とは違っていました。日本や韓国は、親たちの自発的な行動からこうなったといえますが、中国は、1979年に国の政策として制限され、子どもを2人産みたくても叶わないという強制的なものでした。ところが、最近の5〜6年では、国による制限という外的要因ではなく、親たちの内的動機付けに変わってきております。それはなぜかというと、やはり子どもを育てるのは大変で、時間や労力がかかりすぎるということなのです。ですから、今、日本・韓国・中国に「一人っ子」、only childという共通の問題が生まれているわけですが、中国にとって「一人っ子」がどういう意味を持つのかについて、これからお話ししたいと思います。


U 中国における「一人っ子」研究の概要と結果

 1979年、つまり28年前に国の政策として宣言されてから、今や中国では、約6000万人が「一人っ子」であり、全世帯の35%が「一人っ子」家庭ということになります。でもこれは、大都市に限ってのことで、少数民族や農村の地域では、政策の実施が進んでいないところもあります。
 それに関連する研究ですが、<表1>をご覧いただきますと、最初は心理学や教育学による研究が主でしたが、その後社会学、人口学ほかの分野でも関心を示されるようになってきたことがおわかりかと思います。

<表1> 「一人っ子」研究に関する研究論文の件数
専門分野 論文数 全体を占める割合(%)
1−心理学 83 27.2
2−教育学 126 41.3
3−社会学 48 15.7
4−人口学 18 5.9
5−体育学 14 4.6
6−その他 16 5.2
合計 305 100.0


 上のグラフでは、1980年から現在までの、研究論文数の推移が示されており、ますます関心が高まってきていることがうかがわれます。そして、それらの「一人っ子」研究が、一体どんなところに焦点をあててなされているのかということを、以下にお話しいたします。

その1「一人っ子」は問題児なのか

 児童心理学者ホール(Hall)の有名な言葉に、「一人っ子であることは、すでにそれだけで病気である」というものがあります。1980〜81年の早期の研究、つまり、国の政策が実施された直後の研究ですが、その時は、「一人っ子」は確かに問題が多いという報告がなされました。まず、みんな気が弱いということです。また、フラストレーションが溜まっていて、挫折感を持ち、忍耐力が無く、わがまま、マイペース、特に怠け者、lazyであることが非常に目立つと報告されています。それに関しては、2つの要因に答えが求められます。

 第1の要因は栄養過剰です。いま、中国の大都市では、親たちが、普通のご飯ではなく、高タンパクのものや栄養サプリメントなどを子どもに食べさせているのです。また、大都市の子どもの両極端な発育不良の問題もあります。まず、20%が肥満児であること。これまで西洋だけの問題だった子どもの肥満が、中国でも起こっています。それから激痩せです。これは、たぶんアンバランスな栄養と運動不足によるものと思われます。
 第2の要因は、中国の親の関心が、学力と学歴に偏っているということです。5年前に私たちが行った調査で、親が子どもに対してどのような学歴を望んでいるかという質問をしたところ、95%の親が大学卒の学歴を望んでいて、その内75%はさらに博士号取得という高い期待を持っていることがわかりました。しかし、先ほど韋ト先生がおっしゃったSocial Emotion(社会的感情能力)という問題にはあまり関心がないようです。幼稚園から帰ってきた子どもにまず親が尋ねる事が2つあるのですが、1つは、どんな単語や算数の知識を学んできたか、何が出来るようになったかという学力についてのこと、もう1つは、栄養についてのことで、何を食べてきたかということでした。今日は楽しかったかというようなことは一切聞いていませんでした。

その2「一人っ子」はどのような共通の人格的特徴を持っているか

 これは「一人っ子」と非「一人っ子」を比較したもので、最初は1988年の研究ですが、吉林省長春市の1465名の小学生を対象に調査した結果では、家庭環境はほとんど変わらないにもかかわらず、「一人っ子」は非「一人っ子」より、人を助けたいという気持ちを強く持っている、つまり社会性がより高いということが示されました。次に、天津の大学の学部生を対象にした「一人っ子」と非「一人っ子」、73人と188人を比較した調査ですが、非「一人っ子」より、「一人っ子」のほうが内向性が低いという結果が出ています。また、非「一人っ子」より憂鬱などの不安尺度が低いということも、武漢大学の学生を被験者として調査した結果からわかりました。これらの調査結果をまとめてみると、「一人っ子」は、より安定的、外向的、向社会的であり、このことは、初期の研究と矛盾しています。

その3「一人っ子」の社会的発達は良好であるか

 「一人っ子」と非「一人っ子」は、まず全般的に差がないということが言えます。次に自己意識について、西安の小学生87名を被験者として調査した結果、またもや非「一人っ子」のほうが弱いという結果が出ました。先ほど韋先生が指摘された通りです。人と関わる動機と能力が「一人っ子」のほうがともに高いという結果は、南京と内モンゴルの中学生と小学生200〜600人を対象とした調査から得たものです。

その4「一人っ子」を持つ家庭は育児により多い問題があるのか

 「一人っ子」は溺愛されているとよく言われます。ところが、驚くべきことに、親子関係は、より相互作用が多く、親密な関係を保つという結果が出ています。これは、大都市──湖北省の3つの都市と、広東省の深セン市の調査結果ですが、家庭の雰囲気もより温かく、親の学力・子どもに対する期待ともにやや高いということも、最初の頃の研究結果と矛盾している点です。そして、その矛盾に対して私たちはなぜ?と疑問を持たざるを得ないのです。
 また、中国では、中国語で「超産・遊撃隊員」という全く別の大きな問題も抱えています。まず「超産」ですが、それは2人以上の子どもを産むことを指します。大都市では特別な理由がない限り、もし2人の子どもを産めば、高額の罰金を支払うか、職を失うかという大きな罰が待っています。また、中国にはいまだに男尊女卑の慣習が残っており、1人目、2人目ともに女の子だったら、3人目にどうしても男の子が欲しいということになって、次の子どもを産むために、大都市を点々と渡り歩くことになります。これが「遊撃隊員」で、上海から武漢へ、武漢から南京へというように逃げて行き、ゲリラ的に引っ越しを繰り返すのです。私の友達にも1人こういう環境で育った人がいますが、彼女は長女ですけれども、下の3人はみな「妹」ということで、悲惨[ゝゝ]な物語になっております。このような子どもたちは、まず物理的環境が不安定、経済的にも問題があるというわけで、韋先生のおっしゃった精神的な面での脳の発達への影響、例えば不安や劣等感といった見えない影響が潜んでいるのではないかと危惧されます。
 さて、「一人っ子」と非「一人っ子」を比較してわかったことは、私の考えでは、単に人数の問題ではなく、子どもが1人であろうと2人であろうと、少子化社会においては、親子関係の問題が非常に大きいということです。午前中、また先ほどの先生方の発表では、生理学、脳科学の面から子どもの習性や、胎内環境という問題についてお話になりましたが、私は、親子関係学という立場からお話をさせていただこうと思います。


V 親子関係から見る「一人っ子」

 私は1998年に日本から帰国しましたが、それ以後もずっと発達心理学者の藤永保先生をはじめ、日本の先生方のご指導のもとに色々な研究を続けて参りました。養育者自身が持っている問題は一体どこにあるかというと、まず、愛情の矛盾と過剰です。親は子どもを溺愛して、物質的に子どもの欲求を出来るだけ満たそうとしますが、一方で、学習知識の吸収には非常に厳しくて、少しでも勉強しないと子どもを殴ったりたたいたりします。日本の先生方によく、「中国では子どもの虐待はあまり聞かないですね」などと尋ねられるのですが、実はそうではないのです。
 次に、親の子どもへの期待関心が学歴に偏っているという問題、さらに、教育領域の狭さと学習量の過重の問題があります。つまり、social competence、社会的な能力はあまり重視されず、知識、すなわち、IQだけが重視されるということ、そして教育方法が乏しいということです。
 例えば、勉強させるために、85点取ったらおもちゃを買ってあげようとか、95点だったらそれがゲームソフトになるというような非常に単純な発想しかない場合が多い。また、親自身の自己制御能力(self regulation)が欠如しているという問題もあります。子どもが大学に合格出来なかったことで母親が自殺してしまったケースもあるようです。
 ではそういう親子関係について、子どもの方はどのように認識しているかという問題です。これは、あくまでもsingle case、1つの例としてなのですが、次の2つの絵をご覧いただきたいと思います。4歳児と5歳児の描いた絵です。
 まず1つ目は、「我が家」という題名で描いてもらった絵ですが、これを見て私たちは非常に驚きました。部屋はきちんと描いて、番号までつけてあるのに、このような細かい図の中で唯一足りないものは人間、誰も描かれていなかったのです。私は、この子にとってhouseというのは、homeとかfamilyではなくて、ただの物理的な部屋にすぎないのかということに驚いてしまいました。

【子どもが持っている「我が家」のイメージ】

 もう1つの絵は、「私は悲しい」ということを絵で自由に表現してもらったものです。
 とにかく涙だけが強調されていて、もうぼろぼろこぼれ落ちて、空の白い雲さえ青く塗って憂鬱な色にしてしまった、そんな絵でした。親たちは子どものためと一生懸命に言っていますが、あまりにも経済的、学力的なものだけに注意を向けるなら、子どもにとって、親子の感情の銀行には、預金はゼロです。経済的には預金が百万元、一千万元あったとしても、子どもの心は悲しみで一杯といっても言い過ぎではないと思います。もちろん、子ども自身に関わる問題もあります。その中には、気質的な問題など生まれつきのものもありますが、愛着、つまりattachmentの問題、生存能力、特に感情制御の問題があり、emotion regulationという能力が著しく欠けていることがわかっております。

【悲しみを表す子どもの絵】

 そういう中から私たちは、教育者として、母親、父親として一体何を反省しなければならないのか。私は、一人っ子とか、二人っ子とか、そういうことは問題ではなく、子どもが、その貴重な幼年期、少年期の時期に一番ふさわしい感情をいかに身につけていくかということ、彼らが自分たちにふさわしい靴を履いて着実に歩いてゆくこと、充実した人生を歩んでゆくのを見守ってあげることが、私たち大人にとって最も大切なのではないかと考えております。

   
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