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crn設立10周年記念国際シンポジウム
子ども学から見た少子化社会−東アジアの子どもたち−
   
2007年2月3日(土)10:00〜16:30
会場 ウ・タント国際会議場(国連大学ビル)
主催 チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)
共催 (株)ベネッセ次世代育成研究所、 (株)ベネッセコーポレーション
後援 厚生労働省、中国大使館、韓国大使館、日本子ども学会、日本赤ちゃん学会
 
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講演要旨
子ども―「人間の未来」のモデル
大江健三郎

 私は、自分の作家生活でただひとつのものとなるはずですが、『二百年の子供』(中公文庫)という、子どもたちのためのファンタジーを書きました。その過程で、私は自分が、ほかのいかなる小説においてよりも、人間の世界についての自分の考え方を、総合的に表現したい、とねがっていることを自覚しました。
 日本の近代化の「前」と「後」を二百年にわたって、子どもたち三人が(知的障害を持っている兄と、妹と弟)タイムトラヴェルする、という手法です。もちろん子どもたちは、「現在」を生きています。
 この作品を書きながら、小説家の自分に欠落していることを私があらためて認めたのは、「人文・社会科学による文化的な視点」こそ不十分ながら持っているのであれ、「自然科学の生物学的な視点」を生かす力です。そして「さまざまな専門家の情報交換」の場にまぎれこんで、学習する機会があれば、と繰り返し夢みたものです。
 私がいま「子ども学」の新しい創始者たちの前に立って、小説家としてお話しすることを思いついたのは、自分らには「教師」としてでなく「生徒」として受けとめる態度が、「職業の習慣」というべきものであり、「生徒」がどう考えるかということは、「教師」たちに興味を抱いていただける場合がある、と知っているからです。
  私の永年の友であり、師であった文化理論家エドワード・サイードは(数年前に白血病で亡くなりましたが)、晩年、困難を深めるその社会的環境にかかわらず、その周囲の者たちに、「意志的な楽観主義」の印象をきざみつけて去って行きました。
 私が、さきの小説を、子どもたちの中心において「人間の未来」について想像力を働かせる……そのようにして書くことで、たどりついているものも「意志的な楽観主義」であるように思います。それをいかにリアリスチックなものにとらえ直し、現実に未来を生きる人びとにつたえたいか?その希求をお話しすることになると考えています。(作家)



中国の「脳科学と教育」― 子どもの認知発達に関する研究
中国東南大学 学習科学研究センター名誉所長 韋ト

 近年ますます発達し、繁栄を続ける人類社会は、非常に多くの機会に溢れているものの、課題や危険も多い。このような状況の中、子どもの教育は極めて重要な意味を持つ。教育は、これからの人類社会を担う子どもにとって、未来への架け橋となるものであるからだ。
 教育政策・方法の確立には、教育を科学的に研究することが求められる。科学技術の発展のため、今日の教育は、かつて哲学、心理学及び認知科学から学んでいたように、発展著しい脳科学の研究から有用な知識を得ることができる。我々は脳科学の研究成果を応用した「実践により学ぶ」という科学教育実験プロジェクトを5年に渡って実施している。このプロジェクトは、中国の幼稚園と小学校において、子どもたちの自発的な問いかけに基づいた、探求型学習・教育の促進を目的とするものである。本稿は我々が脳科学に基づいて実施した児童科学教育研究及び実施の構想、実践と最初に収めた成果の一部を紹介する。実証性教育研究は教育政策の策定と実践に重要な役割を果たしていることが示されている。
 脳科学の研究により、子どもが将来幸せで成功に満ちた人生を送れるかどうかを示す最適な指標は、子どものIQではなく、社会感情能力であることが明らかになった。人生の初期に受ける教育は、子どもの社会感情能力の発達にとって特に重要である。また、一人っ子の子ども達は、成長過程で特殊な環境と社会の劇的な変化にさらされており、社会的能力の発達には、厳しい問題が課されている。しかし残念ながら、現在の教育現場と家庭はそれを軽視し、関心の重点は学業成績、それも試験の点数に置かれており、この状況を変えていくことが急務となっている。
 中国の実情を鑑み、「実践により学ぶ」科学教育実験プロジェクトの「標準学習内容」の中で、社会感情能力に関わる学習内容を提示した。この社会感情能力は、特に学習過程における子どもの共感と自尊心の育成を重視している。



パネルディスカッション
「子どもの成育環境としての少子化社会を考える〜日中韓の研究を中心に〜」
コーディネーター 榊原洋一(お茶の水女子大学教授)
李根(梨花女子大学教授)

 出生率の低下は様々な要因によるもので、働く女性の増加、晩婚化、核家族の増加といった社会環境の変化と密接に関係している。このような変化と子どもの成長発達に与える影響とを分けて考えることはできない。
 ワーキングマザーと一人っ子の子どもたちは、祖父母との関係が薄くなり、夫の協力は得られず、さまざまな困難に直面している。母親たちは、もっと子どもたちをかまいたい、最善の教育と物質的環境を与えたいと望んでいるが、これらは一方で金銭的心理的な負担にもつながっている。このような状況のなか、仕事を持つ女性たちは結婚や出産に踏み切ることをためらうようになっている。子どものときから、彼女たちは両親と過ごす時間や子ども同士のふれあいのなかで社会性を身に付ける機会が少なく、代わりに、とても幼いときから猛烈な競争に放り込まれて勉強してきたのだから。
 子どもたちがどのように成長発達するのか、いまの親たちの子育て環境から推測することは難しいが、子どもたちが幸せに育つよう、常に子どもたちに目を向け、力になることが大人たちの責任であると考える。
 このような考えのもと、パネリストの先生方と協力をし、パネルディスカッションを進行します。前半はパネリストの先生方からの話題提供を中心に、後半はディスカッションを中心に、子どもの成育環境としての少子化社会について考えたい。



朴正漢(テグ・カトリック大学教授)

 韓国において、合計特殊出生率(TFR。以下出生率)は1970年の4.53から1985年の1.67へと急速に低下し、その後1995年までこの水準が続いたが、1997年の通貨危機以後出生率は再び下がり始め、2005年には過去最低の1.08まで落ち込んだ。
 出生率低下の原因は、晩婚化と既婚女性の出産率の低下である。これらの背景には、女性の高学歴化と経済活動の活発化、結婚や子どもを産むことに対する価値観の変化、増え続ける子育て費用と教育費、失業と不安定な就業形態の増加、乳児死亡率の低下などがある。
 晩婚化と既婚女性の出産率の低下により、30代以上で子どもを産む割合が増えると同時に、生まれてくる赤ちゃんが多胎児、あるいは低体重児である割合が増えている。多胎児の増加は、体外受精のような生殖技術の助けを以前よりも受けるようになったこととの関連が考えられるが、低体重児が増えているのはなぜか。
 私の研究チームが調査した1995年から2002年までのデータによると、低体重児出生数増加の背景の54.3%は多胎児が増えていることにあり、45.7%は第1子ならびに第2子以降の出産年齢の高齢化にあることがわかった。また、若いときにやせすぎや太りすぎなど体重管理が適切でなかった女性は低体重児を産む割合が高いこともわかった。そのほかに、大気汚染との関係を示す研究もある。
 少子化社会の現象の一つとして低体重児の出生の増加がある。本シンポジウムでは、この対策のほか、自身が委員として参加している「高齢化社会・人口政策大統領諮問委員会」での議論や韓国での少子化対策の動向についても紹介したい。



周念麗(華東師範大学副教授)

 1979年に中国には2つ大きな転換があった。一つは「改革開放」の政策が実施され、もう一つは「一人っ子」の政策が実施された。この2つの政策が共に中国に大きな影響を与えたと思われる。「一人っ子」政策が実施されてから、現在約6千万人は「一人っ子」であり、35%以上が「一人っ子」世帯である。このような膨大な人数だけでも注目され、「一人っ子」に関連する問題には大きな関心を寄せられているが、中国ではこの28年間に、「一人っ子」に焦点を当てた研究論文が305本にも達した。これらの研究を踏まえて、本稿は「少子化」社会である中国の教育現状を考察する。

◆研究の概要
 1980年以来、さまざまな領域から「一人っ子」に関する研究がなされた。そのなかで、最も多かったのが教育学の領域(126本)、次に心理学の領域(83本)であり、この両方を合わせて総研究数の69%を占める。その他、社会学や人口学、体育などの分野でなされた研究もあった。
 研究の流れに2つの特徴がある。第1は、経年的に「一人っ子」に対する関心が高まっており、第2には、研究の対象年齢も「一人っ子」の成長に伴って上昇していることである。

◆主な研究課題及び結果
 多くの研究が「一人っ子」と非「一人っ子」と比較したものであった。それら研究の焦点及び結果をまとめて見ると、次のようなものになる。
 1: 「一人っ子」は問題児であるのか。
  結果=「一人っ子」のほとんどは気が弱く、我がままで、怠けている
 2: 「一人っ子」はどのような共通する人格的な特徴を持っているのか。
  結果=非「一人っ子」より向社会的で内向性が低い。また、強迫性、憂鬱性、恐怖感などの得点が低い
 3: 「一人っ子」の社会的発達が良好であるのか。
  結果=集団性が高く、対人交流の動機と能力がより高い
 4: 「一人っ子」を持つ家庭は育児により多い問題があるのか。
  結果=より親密な親子関係を持ち、育児期待が高く、民主的であって、拒絶型などは少ない

◆それらの研究に関する考察
 従って、中国の非「一人っ子」の問題も大きい。特別な立場に立たされている彼らが精神状態が不安定で、劣等感を持つなどの研究結果もある。このような現状を見、中国では全般的に子どもの教育を考えるべきである。養育者に子どもへの期待や教育方法と内容に関連する問題と、子ども自身に備わっている生存能力や感情制御などの問題があると示唆が得られている。
 各々の子どもに最も相応しい靴を履かせ、各々の人生の道を歩ませようと提案する。



原田正文(大阪人間科学大学教授)

 日本では1995年以来、国をあげて子育て支援・次世代育成支援に取り組んでいる。しかし、「育児と仕事の両立支援」という色彩が強く、子どもの心身の健全な発達を保障するという視点が抜け落ちているように感じる。
 私はこの度、1980年生まれの子どもを対象とした大規模な子育て実態調査「大阪レポート」と同じ質問文を使用した子育て実態調査「兵庫レポート」を実施し、冊子『子育ての変貌と次世代育成支援 ― 兵庫レポートにみる子育て現場と子ども虐待予防』として名古屋大学出版会から上梓した。
 子どもが心身ともに健全に育つためには、一定の環境が必要である。「大阪レポート」においても、このような子育てでは子どもは育たないのではないか、と大きな危惧を抱いたが、今回の調査「兵庫レポート」では、「大阪レポート」から20数年しか経過していないにもかかわらず、子育て現場は私の想像をはるかに超えて悪化していた。
 現代日本の育児における問題のひとつは、親が乳幼児を知らないことである。にもかかわらず、母子カプセル状態で孤立した育児をしている母親が3人に1人にも達している。また、今回の調査では、育児における母親の精神的ストレスが非常に高まっていることが判明した。そのような中で体罰も多用されており、どこで痛ましい子ども虐待が起こっても不思議でない状況が広がっている。
 私は十数年来、子育て支援の市民活動にたずさわってきた。その中で、「親が、親としての役割を果せるように、親を支援する」「親を育てることにより、子どもを育てる」ことの必要性を痛感している。これらの課題をも含め、現在の閉塞した子育て状況を打開する取り組みとして、カナダの親支援プログラム“Nobody’s Perfect(完璧な親なんていない)”に取り組みはじめている。以上のような日本の状況を実態調査のデータを使い報告したい。

   
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