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小林登文庫


育つ育てるふれあいの子育て
第2章「胎児期からの子育て-生まれた赤ちゃんはすでに1歳-3」

妊娠を喜ばないと胎児にどんな影響がでるか

 漠然とした常識のひとつに、女性は赤ちゃんを生めば、誰でも自然に赤ちゃんをかわいいと思うようになり、よいお母さんになる、というのがあるのではないでしょうか。
 しかし、必ずしもそうではないというのがわかってきました。たしかに、妊娠すると母性愛に関係するホルモンのようなものの分泌が高まり、おなかの赤ちゃんをかわいがろうという気持ちにさせるプログラムが働きますが、それだけですべてが解決されるというわけではありません。母親の生活環境や、夫などの人間関係による気持ちのもち方が強く影響してくることを忘れないでもらいたいのです。
 胎児は、たとえば母親がおなかがすいてくると、さかんに口を動かします。妊娠後期になると、よく観察される事実です。おなかがすくと、母親の血中の血糖値がさがります。血液の糖分は胎盤をとおり臍帯をとおして胎児の血管に流れこみますので、胎児もまた低い血糖値でおなかがすいたという信号をうけとるのです。
 すでに触れたように、母親が悲しみにくれると胎児の動きは鈍くなり、嬉しい気持ちになると活発になるという事実も含めて、胎児と母親は心も体も強いきずなで結ばれています。そのきずなが強いだけに、もし母親が「私は子どもなんかほしくないのに、いやだなあ」とか「この子はほしくなかった。できれば中絶したかったのに、今となってはもう遅い……」などという気持ちを抱きつづけているとしたら、そのことから胎児がなにかを敏感に感じとらないはずはないと、思えてならないのです。
 前にも紹介したT・バーニー博士たちはつぎのような例をあげています。ある女の子は、健康な状態で生まれたのにもかかわらず、母親がおっぱいをのまそうとしても、顔をそむけて乳首に吸いつかなかったのです。
 そういう状態がつづいたので、やむなく粉ミルクを与えていたのですが、教授はふと思いついて、べつの母親にお願いしておっぱいをのませてみようとしたのです。驚いたことに、その女の子はこばむどころか、あらんかぎりの力でおっぱいをのみはじめたというのでした。
 それをみた教授は、ほんとうの母親に「あなたは妊娠を望んでいたか」と単刀直入にたずねたところ、「自分は妊娠を望まず、夫が子どもをほしいというので、いやいや生んでしまった」という答えが返ってきたというのです。
 バーニー博士は、このようなケースを紹介したあと、「生まれる前から、母親が『きずな』をもってくれなかったために、(その女児も)自分の母親に対して『きずな』を求めることを拒否したのだった。つまり、胎内にいるときに母親が自分を拒否していることを知っていたから、生後4日とたっていないのに、なんとかして母親から自分の身を守ろうとしたのだった」と結論づけています。
 バーニー博士のように、明快に因果関係を説明しきれるかどうかは、今後の研究を俟ちたいところではあっても、生まれたばかりの赤ちゃんが母親のおっぱいをこばむという不自然で信じられないような事件を理解するには、妊娠中のそういった母親の気持ちのあり方を度外視することはできないでしょう。少なくとも、原因のひとつではあるような気がします。
 また、私たち小児科医はそういうことにならないように、母親を指導する責任があるのです。育児相談も分娩前からはじめる必要があり、それが最近は盛んになっています。

希望しない妊娠は生まれてからも「きずな」ができにくい

 第3章以下でくわしく触れますが、こういう母親と子どものきずなを考えるうえで、ヒントになるのが、乳幼児に対する母親の虐待という問題です。従来から、この問題はアメリカで深刻なテーマとなっていました。
 わかりやすい数字をあげると、アメリカでは、小児白血病の10倍くらいの数の患者が親の虐待がもとになった外傷、骨折、出血などで小児医療の現場での治療をうけていると推計されています。幸いにして日本ではそこまで多くはなく、白血病の10分の1くらいと試算されますが、しかし残念ながら、その数は少しずつふえているのです。特に最近はその傾向が強いのです。
 厚生省の研究班で20年ほど前に私たちが調べた小児医療の現場でみたケース250例ばかりを分析してみますと、その背景に、母親があまり希望しない妊娠の場合が多いということがわかりました。いやいやながら生んでしまった母親ほど、子どもをいじめるわけです。
 もちろん、正式に結婚しないで生んでしまったケースとか、難産や妊娠中毒症にかかって出産後すぐに赤ちゃんをかまう余裕がなかったとか、未熟児のためにインキュベーター(保育器)に入っていて、なかなか抱く機会がなかったとか、あるいは双児、三つ児として生まれたので、母親の手がまわりきらずに、深い愛情をもてなかったとか、さまざまな要因があります。
 しかしそういう特殊なケースをべつにすれば、一般的にいえることは、やはり望まない妊娠のために、おなかのなかにいるときから、子どもとのきずながうまくつくれなかったというケースが多いのです。
 こういう話は、非常に特殊なできごとのように思われる人もいると思いますが、必ずしもそうではありません。胎児のあいだは、好むと好まざるとにかかわらず、母と子は密着していますが、いったん生まれたあとの接し方を間違えると、子どもにはさまざまな障害がでてくる場合が少なくないのです。
 これも第3章以下でくわしく述べたいと思いますが、最近社会的問題になっている、いじめ、校内暴力、家庭内暴力、あるいは子どもに多い心身症(体はどこも悪くないのに、頭痛や下痢、吐き気などの症状がひんばんにおこる)とか、はては登校拒否にいたるまで、これらは出産後の母親の赤ちゃんに対する対応とも関係する可能性があるのではないかと考えられます。それ程明らかでないにしても、それから立ち直るには、良い親子関係は絶対であることは間違いありません。すなわち、赤ちゃんのときに優しさの体験がない、基本的信頼や共感の心をつくり上げる機会を失した、とかが原因となっているのです。もちろん、そんなに簡単に説明できないという考えもあります。ある立場からみれば、誤った子育てがもたらした側面もあるのですが、それは、妊娠中に母親が赤ちゃんに対してどんな気持ちで接してきたかという問題の延長でもあるのです。


このシリーズは「育つ育てるふれあいの子育て」(小林登著・風濤社 2000年発行)の原稿を加筆、修正したものです。



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掲載:2002/02/22