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Vol. 21, No. 8, August 2005
1. 子どもと薬物療法についての考察

子どもと薬物療法についての考察

グレゴリー・K・フリッツ医学博士、編集長

 本号は小児科患者の精神障害治療の薬物療法のみに焦点を当てたという点で、いつもの「The Letter」と異なっている。読者の大部分は医師ではないし、子どもや青少年を対象とする精神科医の読者はそれよりも更に少ないだろう。それなのに、何ゆえ読者の大部分が処方することもない精神活性剤に注目するのか。子どもの精神衛生領域での薬物投与が当たり前に行われているからである。何百万人もの子どもや若者に対し、問題症状や感情をコントロールするために興奮剤、抗不安薬、抗うつ剤、抗精神病薬、気分安定剤、てんかん薬が単独あるいは組み合わせて処方されている。

 マネージド・ケア会社(保険会社)は、精神科医が幼児期精神障害に薬物を処方しない場合、症例の重篤度や治療の妥当性を問題視する。心理学者やソーシャル・ワーカーなどの医師ではない精神衛生専門家は薬物の必要性について意見を求められ、往々にして副作用をモニターすることを期待される。また、製薬業界は広告のスポンサーとなって患者に直接訴え、現実的であろうとなかろうと、子どもの病気を治すために患者の両親が投薬にかける期待を増幅させている。つまり、たとえ我々精神科医が精神活性物質の使用を控えたいと考えても、そうすることは不可能に近い。

 精神医学の治療におけるこの刺激的な最新領域との関わりを精神科医が避けたいと思う理由は何だろうか。「分子レベルの不具合が生じない限り、精神衛生が損なわれることはない」というのが、精神医学でここ数十年と言い伝えられてきた説である。しかし、脳の様々な部分ではたらく神経伝達物質、そのレセプター(受容体)、それをコントロールする遺伝子やニューロンの機能が発見され始め、精神医学の問題の根源にはたらく、または病理を維持するメカニズムに介入する化学物質、つまり医薬品を創り出す可能性を広げたのはつい最近のことである。

 問題は、臨床医学がこうした可能性に追いついていないことである。子どもに投与される殆どの薬物の広範囲の効能について、実証的証拠が得られていない。その結果、現実に医療の現場でなされていることのあまりに多くが、良かれと思う気持ちや事例報告、それに「とにかく何かしてください」という患者や親の圧力に押されての主観的な印象にのみ基づく処方となっている。もし3種類の投薬で効果が見られなかったら、4種類目を加えるということが日常的に行われている。薬物は混じりあって複雑となり、副作用や薬の相互作用の可能性が倍増する。私の経験では、4番目や5番目に使った薬によってすべてがうまくいったことなど殆どない。

 患者のほぼ全員が急死していた子どもの急性リンパ性白血病は、過去30年の間にその大部分が治癒可能となった。この進歩の大部分は、殆どの患者が小児ガングループ(Pediatric Oncology Group)のような、全国規模の共同研究に組み込まれ、全国の子ども病院に組織的に送り込まれた結果として成し遂げられたものである。高い治療効果をあげた新規の化学療法薬の投薬計画が、それまでに有効性が確認されている標準的治療と比較された。子どもたちが快方に向うと、この新しい治療計画が標準治療計画となり、さらに次の新しい治療薬が試されたのである。小児科医らがケース・バイ・ケースで各自がよいと思う治療計画を立てるのを止めたため、比較検討される治療数は急速に増えていった。緩やかではあるが確実に生存数が増え、やがて勝利が見られた。

 数ある精神疾患の一つ、幼児性双極性障害をあげてみても、個々の医師の裁量による自由な、FDAが認可していない薬物処方が行われており、がん治療に対するこの組織的なアプローチとは対照的である。

 私の好む古いことわざの一つに、「金槌を手にすると、何でも釘に見える」というのがあり、鋭く多くを言い当てていると思う。これは、マネージド・ケア会社の強い後押しで治療を神経精神薬理学のみに向けている精神科医が何人もいる現在の状況に当てはまる。すべての分野の精神衛生専門家が患者に対して最善のケアを提供するには、幅広いバックグラウンドと金槌以外の道具も一杯詰まった「道具箱」が必要なのである。

 分子生物学やゲノム遺伝学などから得られた信じがたいほど刺激的だが、まだほんの少ししか分かっていない発見を直ちに診療の場に用いようとする熱意は抑える必要があると私は思う。発達中の脳に対して新薬を試してみるときは、保守的かつ組織的にすすめる必要がある。行動問題は様々な症状、程度で起こる。どの症例にも対応できる治療の基本体系を確立していくことが長い目で見た場合最も効果的であろう。精神衛生に携わる人々もこの事実を認めていかなくてはならない。


The Brown University Child and Adolescent Behavior Letter, August 2005
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