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Vol. 22, No. 5, May 2006
彼はなぜ私に話しかけてこないのか?コミュニケーション能力の不足を克服できるように少年を支援する

彼はなぜ私に話しかけてこないのか?コミュニケーション能力の不足を克服できるように少年を支援する

アダム・J・コックス 博士

生まれたばかりの我が子を初めて抱いたとき、息子は私の目をじっと見つめて、その小さな手で私の指を握りしめた。まるで奇跡のように思えたが、数限りない親が経験することである。これから生涯続く親子のコミュニケーションが始まった瞬間だ。息子が生まれて間もない頃、私達夫婦は特に注意深く彼の言っていることに耳を傾けた。息子の発する言葉によって、彼の精神や社会性の発達状態がわかると信じていたからだ。家族は、コミュニケーションを通して、人生のご褒美とも言える、深い相互関係を形成していく。

しかし、コミュニケーションに消極的で、周囲の人と関係を築いていこうとしない少年達のことを私達はどう考えればよいのだろう?

5歳のジェレミーは、小柄で活発、茶目っ気のある表情を浮かべている黒髪の男の子である。スーパーヒーローとレースカーのドライバーが大好きだ。元気が良く、やる気もある。しかし、幼稚園にはなかなか適応できずにいる。担任の先生の話に集中できず、グループ活動にも参加したがらない。入園して1ヶ月も経たないうちに、クラスメートを3回突き飛ばした。先生が、その理由を尋ねると、「僕が悪いんじゃない。」と、反抗的に繰り返すだけだ。彼の両親が同じ質問をしても、父親曰く、「ムッとした顔」で黙り込むだけだという。

アーロンは、痩せていて、並はずれた才能を持つ、真面目な8歳の少年である。空想科学小説(サイエンス・フィクション)を読み漁っていて、天文学に関する事や「サイボーグ」のパーツについての専門用語に詳しいため、父親は、彼のことを「小さな教授」と呼んでいる。これらは長所と言えるものの、アーロンは自分の世界に入り込んでしまうことがよくある。両親は、彼が他の人々のことを気に留めているのか、また、周りの人々も彼のことを気に留めてくれているのかと気になっている。アーロンから友達に話しかけることはほとんど無く、自分は皆から嫌われていると言う。悲しみと怒りの違いについて説明してと話しかけると、戸惑った表情を浮かべた。「彼は『透明人間』みたいなんです。何を考えているかは話してくれるのですが、気持ちは伝わってこないのです。」と、母親は言う。

背が高く、がっしりとした体つきの11歳の男の子、モーガンは、ファンタジー・コンピューターゲームに夢中である。特に、他の誰かとプレーすることができるとなると熱中する。しかし、彼の両親は、モーガンがゲームにのめり込むと、友達に彼のゲームのやり方を押し付けようと「命令し」始めるので、他の子供達は家に来たがらないと心配している。友達が嫌がったり退屈したりすると、モーガンは無性にイライラし始める。時々、ゲームの物語の中のキャラクターと友達の区別がつかず、感情をあらわにすることがある。母親でさえも、時々彼のことを少し怖く感じることがあると認めている。

このような少年達に対し懸念を感じ得ないものであるし、何かしら対策を考えていく必要があるだろう。精神科の医師の多くは、上記のような行動について、アスペルガー症候群などの症状と見るかもしれない。しかし、いたる所で多くの少年達に同様な行動がみられるようになった今、そうした説明は正しいといえるだろうか?少年達が抱えている社会的コミュニケーションの問題を、発達上の視点あるいは社会的な視点から、より良く理解することはできないだろうか?

何世代も前に比べれば、今の少年達は、事象や方法に関する語彙が豊富で、様々な場面で人に接する機会にも恵まれているかもしれない。しかし、少年達は、これまでに例を見ないほどコミュニケーションに支障をきたしている。単純に言えば、社会が人々により高いコミュニケーション能力を求めてきているのに対し、少年達のコミュニケーション能力の発達がそのスピードに追いついていないのだ。このずれが、コミュニケーション能力の格差を際立たせるものであり、進化のギャップ、つまり、多くの少年が現在有している社会生活能力と、21世紀の社会における人間関係や仕事、引いては娯楽に対して問題なく加われるのに必要とされる能力とのギャップとなっているのだ。

神経学的な違い
男の子は女の子と比較し、およそ4〜5人対1人の割合で多く、学習障害、注意欠陥多動性障害(ADHD)、自閉症、あるいは、これらに類似した症候群など、広範囲の神経発達障害をかかえている。興味深いことに、これらの症候群の全てが、コミュニケーションに関する何らかの問題にかかわっている。このことについては諸説あるが、脳の構造の違い、胎児期におけるテストステロン(男性ホルモン)の影響、社会における性別のあり方や教えられ方などの質的な違い、および電子メディアへの過度の曝露などが原因として指摘されている。どの説にも、一理あるかもしれないが、決定的な答えとして広く一般に受け入れられている説は一つとしてない。これらの症候群のいくつかは、遺伝と強く関係していると言う科学者もいるが、原因については、引き続き議論されている。

コミュニケーションは脳内活動の複雑な組み合わせによるものである。コミュニケーションを受け取る場合、視覚的刺激を感知する能力は、聞こえる内容と全く同じくらい重要である。表情や手の動きなどのボディー・ランゲージが、人々の気持ちや意志を理解するのにどれだけ役立っているかを考えて欲しい。実際、脳は、耳から入る情報よりも目から入る大量の情報を、はるかに効率的に処理する。(例えば、運転している時、信号や標識、自分を追い越していく車、歩行者などに注意を向けながら、同時に速度計や燃料計にも注意を払うことができる。しかし、2人の人が同時に話しかけてきたら、たぶん混乱するかイライラするだろう。) 少年達が社会的コミュニケーションを効果的に行うためには、聞こえるものと見えるものを関連付けることが必要である。

一般に、言語を処理する際に、脳のずっと広い範囲を使う女の子の方が、コミュニケーションが上手である。脳の画像研究によると、男の子が専ら左脳を使って言語を処理するのに対し、女の子は両方の脳をより効果的に使うことができる。また、右脳と左脳の間で情報を交換し合う橋のような役割をする“脳梁”が、女の子のものの方が一貫して太く球状になっている。橋の幅が広いほどスムーズに車が流れるように、女の子の脳梁は、より効率的に情報を交換することができるのである。

男の子の右脳は、ゲームなどの様々な空間的作業においてはよく働くが、対人コミュニケーションとなると、その働きは著しく鈍い。その結果として、男の子は、社会的交流や感情移入に極めて重要な非言語的手がかりの多くを見逃していることになるのだ。

しかし、すべての男の子の右脳の働きが悪いと言っているのではない。ただ、研究が繰り返し示しているように、男の子は女の子に比べ、言語処理の際に使う脳の範囲が狭いので、特に社会的コミュニケーションでは不利なところがある。また、男の子は、問題を解決するときに、左脳を使う、つまり系統的に考える傾向がある。系統だった思考は、目的志向の問題を解決しようとするときには役立つと思われるが、社会的な認識やコミュニケーションを高めるための、より微妙な情報を認識しづらくする傾向がある。

例えば、友達が自分の飼っていた犬が先週死んだとあなたに言ったとする。あなたの左脳は事実を聞く。友人は犬を飼っていた。それが死んだ。先週のことだった。一方、あなたの右脳は、その友人の顔の表情や微妙な声の変化、ボディー・ランゲージなどの重要な情報を察知する。こうした右脳での知覚と左脳で処理された事実内容が脳梁によって結びつけられることによって、友人が言ったことに意味付けがなされ、より理解が深まる。このような状況で、友人に対して適切な反応をするために、右脳での認識がいかに大切であるか想像できる。

ここで認識すべき重要なことは、家や教室での男の子と女の子の違いは、これまで述べたように、学習やコミュニケーションに対する両者の異なったアプローチに起因するものであるが、多くは成長の度合い、性格、興味、やる気などの尺度によって捉えられてしまっているという現状だ。あらゆる物に触れ、指先からの感覚を通して学ぼうとする少年を知っているだろうか?馴染みのない場所の位置を把握しようと周囲を探索して、すぐに迷子になってしまう少年を知っているだろうか?多分、そのような少年達は、動きや触覚などの運動感覚によって新しい情報を処理して学んでいるのだ。彼らは、オートバイの全てのパーツについて説明することができるかもしれないが、自分がどうして辛いのか表現できなかったり、友達がイライラしていても気付かなかったり、4年生や5年生の授業の課題に見られる抽象的な内容が分からなかったりする。このような少年達の長所や短所がきちんと認識されていないため、彼らは誤解を受けることがよくある。少年達がコミュニケーション格差を克服できるよう支援するには、その障害の潜在的原因とそのために被る不利益を正しく理解することが第一歩である。

心理的要因
少年達がコミュニケーションを取りたがらない原因として、神経学的な違いの他に、恥ずかしさや社会不安などの心理的な要因も挙げられるだろう。

もう一つの潜在的原因としては、不安神経症に間違われやすい没頭という状態である。非常に頭のいい少年は、自分の考えで頭が一杯になり、我を忘れて没頭するため、他人を無視することがある。(これは、優越心からくる自己中心的な症状とは正反対なものである。)また、一般の少年達と同じくらい感情豊かなのに、それを表現する言葉を知らなかったり、実践的なコミュニケーションの仕方がわからなかったりする少年達もいる。気持ちをコントロールしたり、怒りを表現したりする手段として、黙り込んでしまう場合もある。自分の好きなようにしていたい気持ちが強い少年や、指示されるのが嫌いな少年、あるいは、弱さを見せたくないと思っている少年達も、表現性コミュニケーションを避ける。

男の子だからしょうがない?
男の子はコミュニケーションが苦手だということが、生物学的な違いによるもの、あるいは、社会的影響力によって形成されてしまうものだとしたら、その現状を私達はそのまま受け入れるべきだろうか?「男の子だからしょうがない。」と言って、彼らの学習面、社会面、感情面の発達に対する期待を低く下げるべきなのだろうか?

長所に目を向け潜在力を伸ばす方法、弱い部分を克服して何かを達成したいと思っている彼らの気持ちを尊重する方法で少年達を支援することができたら、少年たちはそれに応え、コミュニケーションや人間関係を築くことができるようになるだろう。親や教師もその変化にすぐに気づくこととなると思う。

コミュニケーションのとり方を教えることによって、少年達は人への接し方や人間関係の形成の仕方を学ぶことができる。それは生涯を通して精神的な強さを支えるものとなる。少年たちのコミュニケーションを助け、認めていくことができたら、少年たちは自分を表現することができるようになり、情緒面の健康に対しても大きな後押しとなる。そのための効果的な方法を論じるには、紙面の制約があって難しいが、願わくは、少年達が直面している問題や、皆が手を携えて支援すべき機会などについて、少年と関わっている人々は更に学んでいただきたい。

自閉症スペクトラム障害のような深刻で複雑な症候群の男の子であっても、よく練られた戦略的な指導があれば、上手くやっていけるだろう。少年時代に社会的コミュニケーション力を身につけさせることは、学業や仕事で成功する、健全な人間関係を築く、地域社会で主導的役割を担う、こうしたことの可能性を高め、生涯にわたる恩恵となる。


The Brown University Child and Adolescent Behavior Letter, May 2006
Reproduced with permission of John Wiley & Sons, Inc.
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